第111話 自信と信頼「関係」~言葉の形~  Bパート

文字数 6,486文字


「おい! そこの変態。こっちをジロジロ見てんじゃねーよ。さっさとどっか行けって」
 それに対して優希君の時とは全く違う邪険な雰囲気を隠さずに言い放つ女生徒。
「どっか行くのは良いけど、その時は先生を呼んで来ても?」
 対してメガネの一言すらにも言い返すことが出来ない女子グループの面々。
 結局迷うそぶりを一つ見せた後
「早速男頼りかよ。どんだけ男好きなんだっつうの」
 メガネの一言で私の襟をつかんでいた手を離し、私に失礼極まりない一言を落として、そのまま立ち去って行く。
「岡本さんから手を出さなかったのは良かったと思うけど、あんな乱暴な言い方は良くないな。せっかく僕の名前がさっきも出てたから待ってたのに、女は男を頼らないと」
 頼んでもいないのに勝手に待っていただの、もっと男を頼れだの、ちょっと世間とずれすぎなんじゃないかと思う。
「私、メガネの事なんて好きでも何でもないって言うかどっちかって言うと嫌いだし、私に関わらないでくれる?」
 本来こんなキツイい方なんてするもんじゃないし、これだと相手の事を考えて喋っているとも思えない。
 だけれどこのメガネにはセクハラまがいの事もされているし、優希君との喧嘩の原因にもなっている。
 だからこれ以上のトラブルが起こらないように、ここで一度はっきりと自分の意志を伝えた方が良いと思ってキツめの言葉を口にする。
「それに私みたいな乱暴な女は嫌なんでしょ? だったら他を当たって」
 私が男子特有の嫌な視線を感じながらきっぱりと断りを口にしたところで、
「ちょっと愛先ぱ――!!」
 この放課後に入って中途半端な時間になってから、中条さんが私の教室に入って来る。


 そして私とメガネを交互に見て驚いて最後に私の襟元を見て
「――っ?!」
 中条さんの顔色がハッキリと変わるのが分かる。
「愛先輩に何しようとしてたんですかっ!」
 そのままメガネに詰め寄る中条さん。
「ちょっと待って中条さん! この襟はメガネじゃないよ」
 私は自分の襟元を急いで整えてから中条さんを止めに入る。
「じゃあ何で愛先輩の服がそんなに乱れてるんですか!」
 私の一言でメガネの方を全く見向きもしなくなる中条さん。
「さっきまで別の女子と言い合いになっていたからだって」
 そう言えば結局実祝さんの件もうやむやになったままだし、あの女生徒が職員室にちゃんと行ったのかどうかも怪しい。だけれどさっきも言った通りそこから先はあいつらの勝手だからこっちはこれ以上面倒見る気はない。
「その女子も見当たらないじゃないですか。あーし、彩風から副会長と寄りを戻したって聞いたんですけど、何で放課後の教室にこの男と二人、教室にいたんですか?」
 確かにそう言う言われ方をすると、そう取れなくも無いけれど残念ながらと言うか、当然そんな甘酸っぱい話がこのメガネと起こるわけがない。
「確かに今はいないけれど、女子と言い合いをしていたから知らない。それで中条さんはどうしたの? 私に用事があったんだよね」
 こんな時間まで私を探してくれていたみたいだからなんか用事があるのだと思うけど、
「今時の女は粗野な人が多くて嘆かわしい」
 呼びも頼みもしていないのに好き放題言った挙句、私を慕ってくれる可愛い後輩にまで文句を言うこのメガネ。
 そうなると私は黙っていない。
「ちょっとさっきから聞いてたら何様のつもり? 男はこうだ、女はこうあれって。メガネには何も頼んでないし、これから頼む事もない。だからこれからは喋りかけて来るのも関わるのも辞めて。そして帰れ」
 私は嫌悪感を含んだ視線をメガネに送る。
 私が本気でイラついたのが分かったのか、私たち女に対する文句を言いながら帰って行く。
「今のあの先輩の態度、何なんですか? あれじゃあ男は偉い、女は格下だって言ってるのと同じじゃないですか」
 まあ、女性からしたらああ言う男の人も敵と言えなくはない。
「さあ? いつも男はこうだから、女はこうあれみたいな事は言ってるよ――それでどうしたの?」
 あんなどうでも良いメガネの話なんて不毛だからと中条さんの用件を聞く事にする。
「彩風から聞いたんですけど、副会長って本当に反省したんですか?」
 つまり彩風さんから早速話を聞いて、私の所に確認に来てくれたって所なのかな。
「反省したって言うか、私にも落ち度があったんだって」
 だから中条さんにも、もう一度話をして分かって貰わないといけない。そして雪野さんとも仲直りをしてもらわないといけない。
「愛先輩に落ち度って……落ち度があったら男は他の女に浮気をしても良いって事ですか?」
 そう言えば中条さんにも一発殴られたって言ってたっけ。
 中条さんの明らかに怒りのこもった声を聞いて優希君の言葉を思い出す。
 私の事を思って感情を出してくれるのは嬉しいのだけれど、雪野さんとも仲直りをしてもらわないといけないのだから、少し落ち着いてもらおうと中条さん頭を包み込むようにして正面から抱き込む。
「――っ~~っ」
「私の事を心配してくれてありがとう中条さん。優希君の話を聞いて私にも落ち度があったのは分かったけれど、それで別に優希君の事を許した訳じゃ無いよ。彩風さんから聞いているとは思うけれど、私たちの関係を雪野さんのいる統括会で言いたい。もう雪野さんのフォローをするのは嫌だって言いだしてくれたのも全部優希君からだよ。その上で私に倉本君や他の男の人と仲良くして欲しくない、喋るのも本当は嫌だって言ってくれたんだから、私が好きになった人、優希君の言葉を私は、信じるよ」
 話している間にそのまま中条さんの背中をあやすように優しく叩きながら、少しずつ説明して行く。
「許したわけじゃないって言うのはどう言う事ですか?」
 その甲斐あってか、中条さんの口調から怒りが消えて行く。
「優希君が私のあの時悲しかった気持ちをちゃんと分ってくれるまでは手を繋ぐとかは一切ナシ。その上で私のお願いを聞いてくれるって言う約束をしてる」
「~~」
 今度はそのまま中条さんの背中に手を回してギュッと抱きしめる。
「……愛先輩は優しすぎます。愛先輩が副会長の事を心から好きで信用したい気持ちは分かりますけど……」
 そして言葉を途中で止める中条さん。
 そう言えば中条さんが私を見つけた時、そこそこの剣幕だった事を思い出す。
 そして私のお願いを嫌々聞こうとしてくれていた事と、その事で優珠希ちゃんからも文句を言われていた事を思い出す。
「ひょっとして今、優希君と雪野さんが一緒にいるって事?」
 ――だからその時は私を呼んでくれたら良いから―― (107話)
 改めて優希君と交わした約束を思い出しながら中条さんに確認する。
 それに今日は雪野さんが学校側と単独交渉をする日なのだから、雪野さんと二人きりになっていたとしても何の不思議も無かったりする。
「愛先輩! やっぱり男って平気で浮気する生き物なんですよ! だからこれ以上愛先輩が乙女の涙をこぼさなくても良いようにきっちり別れましょう! 愛先輩みたいな――」
 私の事

を考えてくれる女側からしたら優しい中条さんの頭を一撫でして、自分の携帯をカバンの中から引っ張り出す。
「愛先輩! 先週の金曜日もたくさん泣いたって彩風から聞きました。愛先輩ほど可愛くて優しい先輩が、何であんな男の事で泣かないといけないんですか!」
 中条さんは私に想いの丈をぶつけてくれるけれど、私は優希君を信用しているのだから何のためらいもなく、携帯の受信メッセージを開く。
 むしろあんな女子とメガネにかまけて携帯を肌身から離していた事に、優希君から怒られても仕方がない。
 これじゃあまた私が約束を果たせない所だった。
「ありがとう中条さん。もう少しで私と優希君の約束をまた、私の方から反故にするところだったよ」
 そして中条さんに、少し恥ずかしいけれど私の落ち度をはっきりと形で見せる事にする。

題名:中庭
本文:雪野さん

 雪野さんの姿を見てすぐに私に知らせてくれた事が分かるような簡潔すぎるくらいのメッセージとは言えないメッセージ。
「これって……」
 私が疑わずに、ためらわずに開けたメッセージボックスを見せて中条さんが本当に驚いたような表情をする。
「ね? 恥ずかしいけれどこれが私の落ち度。優希君はちゃんと教えてくれているし、私に来て欲しいって言ってくれている」
「愛先輩……副会長からのメッセージに本当は気づいていたんじゃ……」
 普通はそうでもないとメッセージが来ているなんて信じられないんだと思うけれど、中条さんも私の優希君に対する好きの強さを分かっていない。
「もし優希君からメッセージが来ている事を知っていたら、こんなところにいないですぐに会いに行くよ」
 後輩相手にこんな事言うのは恥ずかしいのだけれど、中条さんにもやっぱり幸せになって欲しいし、男の人でも誠実な人がいるって事を分かって欲しい。それにやっぱり自分が好きになった男の人の事、悪く思われたくないに決まっている。
「それにさっきまで私の襟がシワになるような言い合いを他の女生徒としていたんだから優希君のメッセージに気付ける訳無いって」
 私は優希君からの好きを頑張ってくれたって分かるメッセージを保存してから、中条さんの質問に答える。
「――っ?!?! なのに副会長がメッセージを送ったって分かったんですか?」
「そうだよ。私は優希君の事を信用しているから」
 朱先輩の前で、優希君自身がすごく大切にしている優珠希ちゃんの前で、そして最後に私の前で言ってくれたのが本音だって、私への苛立ちとか不満とかも合わせて優希君の本心なんだって信じられたのだから。
「だったら後は私が好きになった人の言葉・行動・誠実さにはちゃんと耳を傾けて私自身も行動で示さないとって思わない?」
 ――みんな彼氏の文句とか不満とか言ってる人がほとんどだよ―― (108話)
 咲夜さんとの電話での会話を思い出しながら、私自身、女の子側もちゃんと男の人に対して気持ちを見せないといけないって事を分かって貰おうと意識をする。
「それに男の人だって人間なんだから、全てが私たち女側の理想通りになんていかないと思うよ。何も幸せになりたいのは女の子だけじゃなくて、男の人だってそうだと思わない?」
 さっきのメガネは論外だけれど、それでも男の人だってあたしたち女側に不満を持つことだってあってもおかしくはない。
 実際優希君からも私に対する不満は口にしてもらっている。
「男の人が女の人を選ぶように、私たち女の子だってこの人となら幸せになれるかもって、相手を選ぶんだからお互いともその相手どうしで幸せになりたいって思ってくれていると思わない? 少なくとも私と優希君は、そう思ってるよ」
 もちろんお互いが完璧な人間だなんてことがあるワケが無いのだから、お互いに不満だって愚痴だってあるんだろうし、吐き出せる人は近くに一人だけでもいる事はとても大切だと思う。
 でもここでも結局は同調圧力と変わりなくなると思うのだ。
 私が友達だと、好きだと思っていた人に陰で悪口、好きな人の愚痴を言っているのを後から耳にした時に、そこまで築き上げてきた信頼「関係」はどうなるのか。
 それは考えるまでも無い事だと思う。
 そして少しだけお母さんの言葉を借りる。
「男の人が私たち女の人を選んでくれて、私たちも男の人を選んでお互いの気持ちが通じ合ったなら、男の人に何かをしてもらうばかり、レディーファーストみたいな考え方ばかりじゃなくて、お互いがお互いを選んだのだから、私たちも選んでもらえて良かった、この人とお付き合いをして良かったって好きな人に思ってもらえるように、信頼「関係」を強いものにしていく事も大切だと私は、思うよ」
 実際にはこのほかに喧嘩をした時、相手と意見が食い違った時にいかに相手の言い分に、言葉に耳を傾けられるのか。
 聞き入れるまではしなくてもいかにお互いの“秘密の窓”を開けて、“解放の窓”を大きく出来るのか。
 そう言うのも大切だとは思うけれど、これ以上はまたの機会にしないと優希君が私を待ってくれていると思う。
 この付け足しの部分を省いたとしても要は、女だから・男だからじゃなくて“お互い”である事が何よりも大切なんだって事を中条さんに伝えたかったのだけれど……ちゃんと伝わったかな。
「だからさっきのあんなメガネみたいな男だから・女だからとか言う人なんて論外。それだと女側は男側に何でもしてもらって当たり前って言う考え方と何も変わらないよ」
 一通り中条さんに説明をして、頭を一撫ですると
「あの。あーしすごく感動したんですけど、今から愛先輩の事を恋愛マスターって呼んで良いですか? 確かにあーしらだけが理解しろってだけじゃ駄目ですよね。自分の彼氏の事は自分で理解しないと――って愛先輩?! あーしを放ってどこに行くんですか?!」
 私の事をキラキラした目で見てくれたかと思えばとんでもなく恥ずかしい事を口にする可愛い後輩。
 あまりにも恥ずかしかった私が聞こえなかった事にしてそのままカバンを手にしようとしたところで、中条さんにしがみつかれる。
「カバンを取りに行くだけだって。あと恋愛マスターとか恥ずかしすぎるし、何より私、優希君以外とお付き合いした男の人なんていないんだから、絶対やめてよ?」
 ただですら今日の昼休みには、蒼ちゃんに堂々と説教だって言われたばかりなのに。
 今日の中条さんの事を蒼ちゃんが知ったら、蒼ちゃんの事だから恋愛マスターどころか優希君の事を、男心をちゃんと考えろって言われそうな気しかしない。
「もちろんです! これはあーしの中だけの愛先輩の秘密ですから。でも今日あーしを抱き寄せてくれた事、彩風にも言いますけど、出来ればあーし以外にはして欲しくないな~なんて」
 なのに私の話を聞いているのか聞いていないのか、中条さんが幸せそうにだらしない顔をする。
「彩風さんにして欲しくないんなら言わなくても良いのにって言うか、私に抱かれた事がそんなに嬉しい事なの?」
 なんかまた女の子に好かれている気がする。
 でもまあ男の人に好かれるよりかはましかもしれない。
「そりゃそうですよ。なんせ愛先輩はあーしの中で聖女みたいな存在なんですから」
 私が考えていた事が低俗に思える程すごい事を口にする中条さん。
 いや待って。聖女て言うのは以前咲夜さんからか蒼ちゃんからかも言われた気がする。
「ちょっと待って。それも恥ずかしいから絶対に辞めてよ? 優希君の前でも辞めてよ?」
 私はこのままいたたまれなくなりそうだったからと
「どこ行くんですか?」
「雪野さんと一緒にいる優希君が呼んでくれている中庭だよ」
 中条さんとの会話もそこそこに逃げるように教室を出ようとすると中条さんに呼び止められてしまう。
「分かりました。聖女の邪魔はしたくないんで今日は先に帰りますけれど、愛先輩の恋愛マスターの話、また聞かせて下さ『ちょっと中条さん?!』――ではお先です!」
 走り去っていく中条さんをため息交じりに見送ってから、そのまま中庭の方へと足を運ぶ。
 中条さんに雪野さんとの仲直りの件を話しそびれた分、近いうちに蒼ちゃん・彩風さんも誘って四人でお茶をしに行こうと喫緊に迫る教頭先生からの課題を意識して、心の中で密かに予定を立てながら。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
       「愛美さん。メガネってあの朝の男子と何喋ってたの?」
          当然気になる愛美さんの周りの男子の事
             「――ちょっと待って!」
              大慌てで呼び留める声
       「……えっと、もしかして優希君怒ってくれてる?」
        気持ちが通じ合っているからこそ、嬉しくなる感情

    『……明日……副会長に告白する事になった。それでその時に――』

         112話 ジョハリの窓 ~秘密の窓~
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