第117話 歩み始める信頼「関係」~信頼の積み木5~ Bパート
文字数 6,348文字
夕食中も平日に蒼ちゃんが泊まりに来るなんて事は無かったから、慶のテンションは高いままだ。
嫌いな魚にもかかわらず、文句も言わずに蒼ちゃんと喋りながら食べるくらいには、いつもの慶とは全く違う。
私の親友に対して少し調子に乗り過ぎて来ていたから、明日の成績の事を口にしたら面白いように静かになる慶。
その慶がこれもまた、蒼ちゃんがいるからか、食器洗いまでも自ら進んでやっておくと口にする慶。
本当なら二度手間になるからと邪険に断っても良かったのだけれど、蒼ちゃんと喋りたいだろうし、慶も蒼ちゃんにカッコつけたいだろうからと、“今日
くらいは
私が洗う”と言い切って、いつも通り
私が洗う事にする。一通りの事を済ませて自室に戻って来た時、着替えくらいしか貸せないけれど洗濯機を回すのは、一番最後に私がお風呂に入る時に回そうと決めて、
「慶の事は私が見張っているから、蒼ちゃんお先にお風呂どうぞ」
先に蒼ちゃんに入ってもらうように促す。
初めこそは何かを渋っていたみたいだったけれど、
「愛ちゃん。絶対に蒼依のお風呂のぞいたらダメだよ」
蒼ちゃんの一言で、慶じゃなくて私が疑われていた事に少しだけショックを受ける。
「その間に別にやる事もあるから、私に気を遣わずにゆっくりしてくれて良いから」
それでも、蒼ちゃんが前腕についたアザの事を気にしていると言う事は分かるから、今は極力そこに触れないようにする。
そして蒼ちゃんがお風呂に入ったのを確認してから、手早く部屋の中の片付けなどをしていると、
「ねーちゃん。今日蒼依さんに何かあったのか?」
普段ならご飯食べた後、すぐに自室に引っ込むのに今日は蒼ちゃんがいるからなのか、何も言わずに私と一緒に部屋の片づけを始める。
「何で慶にそんな事言わないといけないんだっての」
「何でって蒼依さんだからに決まってんだろ。それに泊りに来るにしても普通は今日じゃなくて明日だろ」
本当に蒼ちゃんの事になると人が変わるのか、私のあしらいに対して文句を言いながらでも手は止めない慶。
蒼ちゃんの格好を見て私なりに良い判断をしたつもりだったけれど、慶の言う通り確かに不自然だったかもしれない。
「はいはい。慶は余計なことに首を突っ込まなくても良いから、明日帰って来る成績表の事を考えときなって」
だけれど、完全に部外者である慶に蒼ちゃんの事を喋ると言うのは、また話が変わって来る。
「んだよねーちゃん。俺だって気にしてんだからそのくらい教えてくれたって良いじゃねーか。それだったら直接蒼依さんに――ってぇ! 何すんだよ暴力女」
慶が蒼ちゃんに対して無作法をしようとするから、いさめる意味で慶を横足で蹴ると、さっきの暴言だ。
「あんたねぇ。蒼ちゃんに直接聞くって言うけれど、人には言いたくない事の一つや二つくらいあるって分かんないの? ただですら慶はガサツで乱暴なんだから、蒼ちゃん涙させたらお姉ちゃん本気で怒るよ」
蒼ちゃんの事が好きだからだとは思うけれど、何でもかんでも聞かずに、蒼ちゃんの事が好きなら優希君みたいに、優しくエスコートしろっての。
……雪野さんみたいに他の女の子にまで優しくして、女の子をその気にさせてしまう所にはたくさん文句はあるけれど。
「……何だよ。暴力女」
「べっつに? それより用事ないんなら自分の部屋に戻りなって」
まあ、慶にそんな気の利いた事を求めるのは無理かと思い直して、取り敢えず慶を一度自室に戻らせる。
蒼ちゃんに無遠慮に聞くのも、お風呂上がりの蒼ちゃんを慶の前にさらす訳にもいかない。
それでも文句を言い続けていた慶を何とか部屋に押し込んだところで、蒼ちゃんがお風呂に入っている今のうちにと、咲夜さんへ電話をするために、一度自室へと戻る。
『ごめんね遅くなって。咲夜さん今、大丈夫?』
数コールと待たずに繋がった咲夜さんに早速本題に入る。
ただですら今日は帰るのも遅かったのに、慶としょうもない言い合いをしていた事もあって、咲夜さんへの電話が遅くなってしまったのだ。
『あたしは大丈夫だけど、やっぱり蒼依さん怒ってるよね』
『怒っているけれど、私と優希君に対してだよ? 何でも優希君は私を甘やかせすぎで、私は優希君に甘えすぎだって言って』
本当はこの後、咲夜さんの事について、色々言われそうだけれど、わざわざ咲夜さんに罪悪感を抱かせる必要は無い。
『でも、それも全部今日のあたしが原因じゃん』
それでなくても今みたいに弱々しく自分を責めてしまうのだ。
『そんな事ないよ。むしろ今日の事より、以前からそうだったけれど倉本君との事で叱られまくっているから』
だから咲夜さんには基本責任は無いって言う事を分かって貰うために、倉本君の名前を口にさせてもらう。
『倉本って毎日教室に来てるあの会長だよね。やっぱり完全に愛美さんの事、本気になったんだ』
いやちょっと待って。倉本君の名前を出したのは確かに私だけれど、本当にちょっと待って欲しい。
『倉本君って、毎日教室に来ていたの? それに完全に私に本気って……そんなに前から倉本君って私に気があったの』
咲夜さんと倉本君が直接会った事なんて随分前の事だし、しかも数えるほどしかなかったはずなのだ。
『少なくても、あたしが昼休み教室にいる日で見なかった日は無かった。それにあの会長さんは去年から愛美さんの事意識してたはずだけど』
なのに驚くような話が次々と出て来る。
『いやそれはさすがに嘘でしょ? 去年からって言うけれど、去年咲夜さんとほとんどしゃべった事無いよね?!』
去年は文字通り、蒼ちゃんと統括会と朱先輩と勉強しかしていなかったはずなのに。どの時期を切り取って見たとしても、色恋に
『そうじゃなくて全校集会の時とか、会長の視線しょっちゅう愛美さんの方に向いてるよ』
なのに、それ以上の衝撃が咲夜さんの口からもたらされる。
『それって全校生徒にバレているって話なんじゃ……』
その事実を想像しただけで恥ずかしいどころか頭を抱えたくなる。咲夜さんでも気づくって言う事は、いつも倉本君を追いかけている彩風さんだったら、絶対に気付いていないとおかしいけれど、それを聞く勇気は私にはない。
こんなの私一人の力じゃあどうしようもない。それに人の気持ちなんて強制できない。それでも男子の視線に対して女子は敏感だっていつも言っている――のは倉本君にじゃないのか。
『いや、それは無いんじゃないかな。愛美さんも気づいてなかったくらいだし、あたしも会長が変にキョロキョロしていた時にたまたま気付いただけだし』
つまりそれって言う事は、恋バナ好きな咲夜さんだからこそ気付けた倉本君の機微なのかもしれない。
『咲夜さん。今でも倉本君からの押しに対して、困ったり戸惑ったりして優希君と喧嘩になったり、私を慕ってくれる可愛い後輩からの嫉妬の対象になっているんだから、今の事は広めないでね。お願いね』
ただですら今日、優希君が私たちの関係を言ってくれたにもかかわらず、二人ともが諦めてくれなさそうなのに。
そんな頭痛の種が消えていない所に、新しく頭痛の種を持って来るのは辞めて欲しい。
私はいつだって、“私が好きになった人一人だけで良いから、好きになって貰えたらそれ以上は必要ない”のだ。
『愛美さんの可愛い後輩って、あの時々あたしと愛美さんとか、空木君の邪魔をしてくる子? それに嫉妬って事は……』
あ。やばい。これ今日二回目口を滑らせた私に、恋バナ好きの咲夜さんがピンポイントで反応する。
『咲夜さん。彩風さんも中条さんも私を慕ってくれる可愛い後輩なんだから、その言い方は駄目だよ。それに私の話よりも、今日優希君はちゃんと優しく断ってくれた?』
さすがに彩風さんの気持ちを他人に喋る訳にはいかないのと、統括会内の痴情の話は、さすがに倉本君の事がバレているかもしれないとは言え、これ以上広めない方が良いに決まっている。
だから後輩の事を利用してそのまま話を流そうと思ったのだけれど、
『……ねぇ愛美さん。ひょっとして今、愛美さんって、空木君と会長の両方から言い寄られてる? いや愛美さんは空木君と付き合ってるから、会長が愛美さんを横取りしようとしてるって言う方が正しいのか』
恋バナ好きの咲夜さんが、すんなり離れるわけがなかった。
『いや横取りって……私に言い寄られても困ってるだけだって』
それに彩風さんからも嫉妬を買い始めて困りつつあるのに。
『言い寄られてって?』
恋バナ好きな咲夜さんらしく、ここ最近では一番生き生きしている気がする。
『倉本君も本気で私にぶつかって来てくれているんだから、そんなこと咲夜さんに言える訳ないって』
でも人の気持ちをやっぱり面白おかしく話をするのは、マナー違反だと思うし、私も優希君に陰で言われていたら、悲しくて辛い。
『……そう言う愛美さんだから、男子に人気が出るんだろうな。ホントに。あたしの周りの人とは違うし、愛美さんの近くにいた方が、あたしも絶対楽しいんだろうなって最近特に思う』
咲夜さんはここまで自分で口にしていてまだ自分の気持ちに気付かないのだろうか。
もう今の友達関係なんて面白くないって、自分がしんどいだけだって言ったも同じ事なのに。
『咲夜さんにも言っといてあげるけれど、男子にそんなにモテたとしても楽しくないよ? 断る時にはやっぱりしんどいし、優希君に対して私自身も申し訳ない気持ちにもなるし。一人だけに好かれた方が絶対良いよ?』
だったらあのグループとは違う考え方もそろそろ持って欲しい。
自分の好きな人はブランドで選ぶものでもないし、たくさんの人から好かれたら良いモンでもない。
どれだけたくさんの人に好かれたとしても、自分が好きになった人に振り向いてもらえなければ、それは全く意味が無いと思うのだ。
『……本当にあたしもそう思う。欲を言うならばその相手に好きな人がいなかったら、付き合ってる彼女がいなかったら甘酸っぱい恋愛が出来るんじゃないかな』
何気なく、さりげなく咲夜さんは言ったつもりなのかもしれない。
でもその言葉の意味するところに、私の中で何かを告げる第六感みたいなのが働く。
『どういう風に振ってくれたの?』
だから初めは嫉妬するのを分かっていたから、聞くつもりはなかったのだけれど、私の勘が聞いておいた方が良いと告げたから、その勘を信じて咲夜さんに聞く。
『……すごく優しくてびっくりした。あたしの周りから聞く男子像とは全然違ってびっくりした……あの優しさに触れたら愛美さんが夢中になるのも分かるし、愛美さんじゃなくても好きになるよ』
けれど、聞けば聞くほど穏やかに聞いていられない雰囲気になっている気がする。
それに所々混じっている感情って、まるで不特定多数の一般的な感想を言っているようにも聞こえるけれど、それは実は誰か特定の人の気持ちなんじゃないのか。
『優希君はどう、咲夜さんを振ってくれたの?』
それを確かめたくて、私の中に新たな嫉妬の炎が上がる予感を持ちつつ、それでも少しでも安心材料が欲しくて、もっと具体的に言ってもらおうと同じような質問を重ねるも、
『ごめん愛美さん。あたしの話を愛美さんは聞かない方が良いと思うし、初めに愛美さん自身も聞かないって言ってたじゃん』
言わないなら後半部分だけで良いはずなのに、わざわざ前半部分を口にするって言う事は私の勘が告げた通りじゃないのか。これじゃあ安心どころか確実に嫉妬の炎がついただけだ。
しかもその中身については私自身がこういう気持ちになると分かっていたから、聞かないとも確かに言ってしまっている。
その上、この事を蒼ちゃんに話したら確実に大雷が落ちるだけじゃなくて、咲夜さんとの間に致命的な溝が出来てしまうだろうから、誰にこの気持ちを吐露するわけにもいかない。これは自分で自分の首を絞めてしまった感が強い。
ただ咲夜さんの今の圧力にさらされ続けている状況を思い返すと、これ以上の方法が今の私にはやっぱり浮かばない。
『じゃあ、咲夜さんも友達の彼氏に手を出したりはしないんだよね』
だけれど、優希君の事に関してはどんな事があっても黙っている訳にはいかない。
『……』
なのにその返事をしない咲夜さん。
これは後で優希君にちゃんと聞かないといけない気がする。
『あたしたちは友達だよね』
沈黙していた咲夜さんから一言。それはどう言う意味で口にした言葉のか分からない。
『もちろんだって。だから実祝さんの事もお願――あ! そうだった!』
そこで唐突に思い出した夏季講習の話。これだけは咲夜さんから実祝さんにお願いして欲しい。
『何? どうしたの?』
突然声のトーンが変わった私に、かまえたような声を出す咲夜さん。
『実祝さんに、明日の午前中に夏季講習、まだ受ける予定が無いのなら、今日先生に話だけは通してあるから、先生に自分から申請して欲しいって伝言して欲しい』
明日が終業式だから忘れてしまったら、取り返しがつかなくなるところだった。
『それって、愛美さんがお膳立てをしたんだから、愛美さんから言ってあげた方が実祝さんも喜ぶんじゃないの?』
対して咲夜さんの言っている事も分かるけれど、
『私の事は一切口にしなくて良いから、咲夜さんが気付いて実祝さんに声かけた事にすれば良いって。もう実祝さんの事は友達だって思ってくれているんでしょ?』
二人は今、苦しい時、辛い時を共にしているのだから、もっともっとお互いを思い合えるような関係になって欲しい。
『もちろんだけど、あたしにはそんな事出来ないって。だから愛美さんの名前を出した上であたしから実祝さんに言うようにする』
本当に。何であのメンバーの中にいるのかが分からないくらいの、咲夜さん本来の優しさと言うか、まっすぐな性格がにじみ出ているような気がする。
だったら私の考えだけで咲夜さんの優しさを消してしまう物じゃない。
『分かった。じゃあその辺りは咲夜さんにお任せするから、明日担任の先生に実祝さんから言ってもらえれば、それだけで大丈夫だから』
後の事は実祝さんの友達である咲夜さんにお願いするだけだ。
『じゃあこのまま実祝さんに電話するから。空木君の事もありがとう』
それだけを言って早々に通話を終える。
その後、咲夜さんと長電話をしていたにもかかわらず、蒼ちゃんが遅いなと一応着替えだけを下に持って行くと、
「愛ちゃんの電話が終わったみたいだから、愛ちゃんにお説教して来るね」
蒼ちゃんが慶に一言断って席を立ち、
「分かりました。ねーちゃんの事、しっかりと説教お願いします」
あろう事か慶が私に向かって舌を出してくる。あの様子だと蒼ちゃんに無作法を働いたのかもしれない。
私が文句を言おうと口を開きかけたところで、
「愛ちゃんにお話があります」
私のお風呂は遅くなりそうだ。
―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
「ちょっと待って。他の同学年の女の子って何? まだ何かあるの?」
とにかくよく好かれる愛ちゃんの彼氏
「ちょっと蒼ちゃん?! 恋愛上級者って何?」
恋愛マスターに続いての呼称
「ねぇ蒼ちゃん。私、蒼ちゃんの抱えている事が知りたいよ」
近くて遠い親友の二人
『私、胸を張って蒼ちゃんの親友だって言いたいんです』
118話 善意か悪意か ~勝ち取る信頼の難しさ2~
貴方は自分自身の心に対し、どちらを信じますか?