第110話 三角のお昼 ~責任者とマネジメントの違い~ Bパート

文字数 6,144文字


何でも良いけれど、これじゃあご飯も食べられないし、私の事で目の前で喧嘩されるのも辛い。
 それにこのままだと、明日が交渉日だって言うのに、その雪野さんの話も出来ない。その上、今朝約束をしていた優希君と蒼ちゃんの話も出来ない。
 まさに“ナイナイ尽くし”私はいい加減話をしようと、
「ちょっと倉本君! 統括会としてって言うか、明日が交渉日なのに雪野さんの話はしなくて良いの?」
 倉本君をたしなめる。本当なら倉本君の用件じゃなくて、優希君と蒼ちゃんの話もしたかったのだけれど、この三人での機会なら今後いくらでも作ることが出来る。
 でも、明日に控えた雪野さんの交渉の話はもう本当に時間が無いのだ。しかもせっかく教頭先生の意図も分かって、何となくでも回答が見えた所なのに。
 だけれどその回答を達成するにはかなり時間がかかりそうな上に、三人の印象も考えると骨も折れると思うのだ。
 だからせめて明日の交渉の時には時間稼ぎ、期限の延長をしてもらわないといけないのだ。
 そして、その行く末は私と優希君の、雪野さんの交代には反対って言う、私たち二人の意見、考え方に繋がって行くのだ。だからこんな初めで詰まっている訳には行かない。
 そんな私の内なる想いをどこまで分かってくれたのかは分からないけれど、雪野さんとの話の事を倉本君に振った時、一瞬蒼ちゃんが私の太ももを再度つねろうとして、
「……」
 優希君の何となく嬉しそうな表情を見て、何となく“しょうがないなぁ”のため息を小さくついて、私の太ももから手を離してくれる。
 そして当然私の話を聞いてくれる優希君は倉本君との言い合いを止めてくれるから、それに合わさる形で倉本君も止めざるを得なくなる。
「明日、雪野さんの交渉の前にもう一回統括会も開くんだよね」
 そしてその隙に何とか雪野さんの話に持って行く。
「それはそうなんだが、さすがにその話は……」
 そう言って蒼ちゃんを見る倉本君。
「別に良いだろ。先輩・後輩関係なく生徒の事が気になる生徒だっているだろうし、愛美さんの親友なら尚更大丈夫だろ。何なら何かあった時は僕が責任を取る」
 私が言い返そうとしたら、やっぱり優希君が私の親友も大切にしてくれる。対して倉本君が、
「……分かった。時間も惜しいからこのまま話をさせてもらう」
 今までさんざん私に言い寄ってきた上に優希君とも喧嘩していたにもかかわらず、時間が惜しいと言う倉本君。

「土日の間に俺なりに色々考えたんだが、雪野の良い所もそうなんだが、そもそもこの件と雪野って関係ないんじゃないか?」
 その言葉と共に切り替わった倉本君の声と表情に驚く。
「関係ないって?」
 まさかとは思うけれど、ノーヒントで『善意の第三者』に気付いたのか。
「だっておかしいとは思わないか? 服装チェックの時も含めてあの規律や校則に厳しい雪野が暴力を振るうとか、ましてやそれに加担するとは思えないんだよな。確かに雪野の行動に問題があって、ここにいない霧華の事も含めて、雪野を除く全員がソレを認めたから、今まで数週間に渡って雪野に注意を促して来たのは間違いないが、それは本当に雪野を交代させるほどの事なのか?」
 私が考えもしなかった倉本君の視点にびっくりする。
「もちろん俺たちは生徒が過ごしやすくするための組織なんだから、そう言う意味で言えば雪野自身にも十分問題があるのは今更なんだが、成績の要件を満たしていて、校則も違反はない。その上で噂だけで雪野が何かをした訳じゃ無くて、バイトの件にしても色々粗自体は目立つが、恐らくはトモダチから聞いたと言う二年の該当者に直接話を聞きに行っただけだろ? それだけで本当に雪野を降ろす理由になるのか?」
 昼休みも少なくなってきているのに、私は食べる手を止めて倉本君の話に聞き入ってしまう。
 私が全く考えもしなかった切り口で、私の持つ解答に近い解答が出ている。
『上位管理職』と言うのは、その判断自体を疑う事もするのか。
 そしてそれだけでこの答え、私の持つ解答に近い所まで持って来ることが出来るのか。もちろん私の持っている回答が合っているとは限らないし、大間違いだって言う可能性も捨てきれない。
 でも、私とは全く違う視点からよく似た回答に来るって言うのは、やっぱり私の考え自体もそれほどおかしい回答ではない気がする。
「私も雪野さん自身に問題はあったとしても、そこまでの“責”は無いと思っているし、服装チェックの時もそうだったけれど、学校側が校則を守らせたいから、私たちに服装チェックの要請をするくらいなのに、雪野さんが降りなければならないのはおかしいと思う」
 倉本君の考え方で行くならば、校則を守らせる動きをする雪野さん、風紀委員の役割をする雪野さんを外したいと思っているとは考え辛いし、それは教頭先生から倉本君に言われた、
 ――それよりも今は7月22日の交渉に向けて今はもう一度
               足元をしっかりと見つめて下さい―― (90話)
 とも合わせるとより学校側の意思がハッキリする。

 じゃあ次は何で学校側がこんなに大掛かりな事をするのか。
 雪野さんを処分する気が無いとしか思えないのに、なんでここまで雪野さんに対して圧を加えるのか。
「それに先週の金曜日の学校側からの話だと、雪野の友達が停学処分になるまで雪野はその暴力そのもの自体を知らなかったわけだろ? それって知りもしない事をただ友達だからってだけで“雪野”が責任をかぶらないといけないのか? 全校集会を使ってまで謝らないといけない事なのか? 俺のいとこがもしか犯罪を犯して、俺も責任を問われるなんて言われても困るぞ?」
 そうかっ。別に善意の第三者で考えなくても良いんだ。親戚の人が何かをしでかしてしまったとしても、四六時中一緒に行動している訳じゃ無いんだから、そんなところまで面倒なんて見ていられない。
 昔、慶が近所の子供相手に怪我をさせた時も、私が『善意』で一緒に謝っていただけで、私自身が何かをしたわけじゃない。
 ただ家族だったから、ほっとけなかったから私も一緒に謝りに行ったりしただけだ。
 それが友達とは言え、赤の他人だったら……私なら迷うかもしれないけれど、普通なら放っておいてもこっちに責はないはずなのだ。まして今回は雪野さんは意図して色々な事をサッカー部後輩男子に隠されているのも大きいと思う。
 その一方でノーヒントで『善意の第三者』に近い回答が出せた倉本君に対して、鳥肌が立つのが分かる。
 でもそれに気付かない倉本君が話を続ける。
「もちろんそれも法律に違反、例えば人を殺めてしまうとか、傷害罪とかそう言う限度みたいなものはあるんだろうけどな」
 それだって直接的に法律で裁かれるわけじゃない。
 世間から『社会的制裁』を受けるだけで、これから生きていくのに何か不都合な事が社会的に発生するわけじゃない。
「でもそれを置いたとしても、会長の俺だけじゃなくて、雪野にもそこまで重い処分が行くのはおかしいと思ってるんだ」
 倉本君の頭の中が見てみたい。順に説明されたら理解するのは簡単だろうけれど、これをノーヒントでイチから説明しろと言われても出来る気がしないのに、倉本君はここまで自力で考えたのか。だったら私の疑問にも答えてもらえるかもしれないと思って一つ質問をする。
「明日の雪野さんの件の交渉の時、倉本君と彩風さんだけでって言われたんだよね?」
「……」
 倉本君が首肯するのを確認してから続きを口にする。
「その時、他に教頭先生から何かを言われてない?」
 噂と暴力の件は学校側で対応するから、統括会は雪野さんに集中しろと遠回しに言って、雪野さんを処分する気が無いとしか思えない学校側。それを裏付けるような教頭先生から倉本君への話。
 それに私の考えた通りならって条件は付くけれど、明日の交渉自体にもほとんど意味はない。
 それでも明日はワザワザ、倉本君と彩風さんだけでと言う条件までつけて、交渉の時間を設ける学校側。
 これで何にも無しって言うのは、あの教頭先生の考え方からしてまずありえない。
 必ず何かヒントがあるはずなのだ。
「今更特には……いや、すぐに責任を取ろうとしたり、辞めようとするのは俺の悪い癖だって言うのは何度か言われては――」
 倉本君の答えの後半部分は耳に入って来なかった。
 そう言えば彩風さんだけじゃなくて中条さんも倉本君自身ではなくて、雪野さん本人に責任を取らせるような事を言ってたっけ。
 ――……アタシはそうして……欲しいです――(53話)
 そしてその直後に、
 ――俺が会長なんだから俺が矢面に立つのは当然なんだ―― (53話)
 倉本君がさも当たり前のように自分が責任を取ろうとしていた事を思い出す。
 そこで更に気付く。教頭先生は倉本君と私、それぞれに狙いを持った上で、両者にこんなに分かりくい課題を出している事に。
 そして事あるごとに俺たちは五人で一つのチームだと言っていた倉本君の言葉を思い出したところで、教頭先生の意図に気付いたかもしれない。
 つまり倉本君の欠点を指摘した上で倉本君の方針に協力しているのではないのか。その上で一致団結出来るように私にも課題を出して来たのではないのか。
 その倉本君の方針に対して雪野さんをどうするのか、そのための聞き取りがあの鼎談の本当の意味だったんじゃないだろうか。
 もうこれじゃあ責任云々ではなくて、どうやって人をまとめて行くのか、優希君が一番重きを置いてくれている、“色々な人の考え方”をどのようにして取り扱っていくのか、これは責任者じゃなくてマネジメントだ。
「ひょっとして倉本君。教頭先生から倉本君は“責任者じゃない”みたいな事言われた事ない?」
 果たして――
「教頭から何か聞いたのか?」
 ――倉本君が心底驚いた表情で聞いてくる。
 だったらこれは全員で取り組まないといけない問題なのだ。
「そうじゃ無いけれど、何となくそう思っただけだよ」
 教頭先生が
 ――時代に合った教育を行うのも我々学校側の責任です―― (82話)
 と言った言葉を思い返しても、昨今耳にする機会が多くなったマネジメントを教頭先生が倉本君に教えようとしている事は明らかだ。
 だからこの事は私から倉本君に答えを言ってしまわない様にだけは十分注意をする。
「私は、倉本君の私たち五人で一つのチームだって言う言葉、本当に良い言葉だなって思うよ」
 何もかもが分かったら、後は勝手に口が動いていた。
「……ありがとう岡本さん。協力してくれるだけじゃなくて俺の事も分かってくれて本当に嬉しいよ」
 一瞬びっくりした表情を浮かべてから、本当に嬉しそうな表情をしてくれる倉本君。
「明日の教頭先生との交渉は、倉本君のその考え方で大丈夫だと思う。ただその時に前に私が言った雪野さんの良い所は必ず伝えた方が良いと思う」
 倉本君にマネジメントの事を教えようとしているのなら、多分人自体もちゃんと見ないと駄目だと思うのだ。
 人の事を知らないで人をマネジメントなんて出来るわけがないからだ。
 私は書記をやっていて、ほとんどの議事録を付けているから、人の言動や癖なんかはやっぱり目につき易い。
 でも、倉本君はこれを無しでしないといけないのだけれど、私の持っている答えで合っていると言う前提はあるけれど、ノーヒントで私と同じような回答になった倉本君なら出来ると思う。
「雪野さんの良い所を知りたかったら、私の付けた議事録を見てみるのも手だよ」
 でも、全員で一つのチーム、協力し合うと言うのなら、私は協力を惜しむつもりはない。
 それに学校側にそもそも処分する気が無いのなら、統括会側は学校側の意図が分かっている事くらいはきっちりと伝えた方が良いに決まっている。
「後、彩風さんも言ってたと思うけれど、何でもかんでも倉本君一人が責任とか言う考え方は駄目だよ? 私たち五人で一つのチームなんだから。その上で雪野さん一人に責任が行く事が無いように、また明日みんなで考えようね」
 その結果全員が笑えるのなら、それ以上に私が望む事なんてない。
 ただ最後に、なんでこの事で雪野さんが追い込まれないといけないのかだけは、ちゃんと聞かないといけない。
「ありがとう岡本さん。それじゃあまた明日もよろしくな!」
「分かった! 

で雪野さんを守ろうね」
 ――それとみんなの想いも合わせてね。


 そして倉本君が先に席を立ったのを笑顔で見送ったところで、
「あれ? 二人ともどうしたの?」
 気付けば二人だけで喋っていた事に気付いた私が声を掛けると
「……」
「……愛ちゃん。お説教です」
 頭を抱えて何かに悩んでいる優希君と、明らかにあきれ返った蒼ちゃんの姿が目に入る。
「いや説教って、もうすぐ昼休み終わ――」
「――愛ちゃん! 空木君の前でまで本気になった倉本君に笑顔を向けた上に、次の約束までしてどうするのっ!」
 私が言い終わる前に蒼ちゃんが私を叱り出す。
「いや良いよ。愛美さんが真剣に統括会役員として、倉本の相談に乗っていて、それ以外の他意が無い事だけは分かったから」
 優希君が止めてくれるけれど、その声にはかなりの葛藤が混じっているのは流石に分かるけれど、
「じゃあ、空木君的にはこのまま会長さんが本気で愛ちゃんにアタックを続けても良いんだね?」
「……」
 蒼ちゃんの質問に両手で覆った顔を俯けて両肩も下げる優希君。
「いや本気のアタックって、お弁当もちゃんと断ったし、明日が雪野さんの交渉――」
「会長さんのおかずを断ったのは蒼依」
 私の言葉を途中で両断する蒼ちゃん。
「じゃあ優希君と二人共同の意見なのに、それを何とかしてでも進めたらダメなの? せっかく優希君と同じ意見なのに……」
「空木君、空木君……もう空木君の事は分かったから、それで会長さんを喜ばせてどうするの!」
 みんなが笑顔になれるための最善なのに。
「……良いよ。愛美さんが優しいのも、ちゃんと人の意見を聞けるのも愛美さんの数ある良い所の一つだから、僕はその事をちゃんと理解してる」
 そうは言ってくれるけれど、優希君の言葉と声と表情がどれも明らかに一致していない。
 そして午後の授業の予鈴が鳴る。
「とにかく空木君の気持ちは、蒼依にはとってもよく分かるけど、まずは愛ちゃん

、お説教です」
 そして蒼ちゃんからのお説教が確定したところで、午後の授業を受けるために、急いで教室へと戻る。
 せっかく優希君が良いって言ってくれたのに……内心で蒼ちゃんに愚痴をこぼしながら。


―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
     「――愛ちゃん。次、蒼依に嘘ついたら本気で怒るよ」
         素直じゃない愛ちゃんに手を焼く蒼ちゃん
           「……後で職員室に来てくれ」
        そして先生も、その片鱗に気付き始めて……
      「早速男頼りかよ。どんだけ男好きなんだっつうの」
               妬みとトラブル

      「そうだよ。私は優希君の事を信用しているから」

         111話 自信と信頼「関係」~言葉の形~
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