第121話 孤独と疎外感2 ~他圧・無圧~  Aパート

文字数 5,714文字


 しばらく私の顔を見ていた優珠希ちゃんが我に返ったのか、
「そうゆえばアンタ、ここにいて良いの?」
 最小限の言葉で私に聞いてくる。
「うわっ! ホンマや。岡本さん。この後の終業式の準備はええんですか?」
 優珠希ちゃんの言葉にピンと来なかった私に、御国さんが補足してくれる。
 私は保健室内の時計を見て、その背中に少しだけ嫌な汗を流す。
 だけれど、私は優珠希ちゃんよりも先輩なのだから、さっきの穂高先生との会話には感謝しているけれど、良い所ばかりを持って行かれるわけにはいかない。
「それじゃあ話もまとまった事だし、私もそろそろ準備するために戻るね」
 私は出来るだけ自然を装って保健室を後にする。
「時間にルーズな女ってどうなのかしらね」
「……」
 何で見破られたのかと歯噛みしながら。


 倉本君に渡す原稿を取りに戻るために昼休みが終わる少し前くらいに、一度教室の方に顔を出すも、まだ蒼ちゃんも咲夜さんとそのグループも戻って来ていなかった。
 もちろん時間的にはもう少しあるのだから、そう言う意味においては焦る必要は無かったりはする。だけれど、咲夜さんに対して朝言っていた“呼び出し”の事は気になる。ただそれ以上に面倒くさいク……ラスメイトがいない教室の中、一人の生徒、以前咲夜さん自身には注意した方が良いと言ってくれていた女子生徒が実祝さんと話しているのが目に入る。
 その雰囲気が穏やかなのを感じた私は、そのまま終業式の時に読み上げてもらう原稿を手に役員室へ向かおうと教室を出かけた時、
「愛美――」
 実祝さんが小さく私に向かって声を掛けてくれたのは分かったのだけれど、教室内の実祝さんの立ち位置と言うのか、印象が良いように変わるのならと、そのまま役員室へ向かう足を止める事なく向かう。
 その心の中に、蒼ちゃんに対する視線のわだかまりを残しながら。


 優珠希ちゃんがあんな言い方をするから、みんな集まっているのかと少し急ぎ目で来てみたけれど
「彩風さん、倉本君はどうしたの?」
 見るからに落ち込み切っている倉本君。
「どうしたもこうしたも、昨日の冬ちゃんのせいで、あれからずっと清くんがボロボロのままなんですよ! なんで協力してるこっちが冬ちゃんの為に傷だらけにならないといけないんですか?!」
 迂闊に二人の信頼性の事には踏み込めないけれど、可能な限り彩風さんが倉本君の側に付き添っていた事は想像に難しくない。
「さっきの昼休み、岡本さんに力を分けて欲しくて、話をしたくて教室に行ったけど、また空木の所か?」
 なのに彩風さんじゃの事じゃなくて、私や優希君の事を気にし始める。しかも、彩風さんがずっとついていてくれたはずなのに、私の力を分けて欲しい、私と話がしたいって、それじゃあ彩風さんは一体何なのかと言う話になってしまう。
「違うよ。親友との事で色々あったから優希君は関係ないよ」
 保健室の事も蒼ちゃんの事も、どこから優珠希ちゃんと優希君に当たるのか分からないから、そう言う事は一切話さないでぼかしてしまう。今のところ私はこの話は優希君以外にするつもりはない。
 そう言えばふと咲夜さんが、私のいない時でも倉本君がほぼ毎日教室に顔を出しているって教えてくれたっけ。
 ……色々な理由から倉本君の質問には答えずに、大切な蒼ちゃんの話をしたはずなのに、心なしかその表情が柔らかくなった気がする。

「なぁ岡本さん。今から少しで良いから俺の話を聞いてもらえないか?」
 倉本君の助けを乞うような瞳が私をとらえる。
「愛先輩だって色々忙しいんだから、無理言ったらだめだって、話だったらアタシがいつでも、いつまででも聞くから」
 彩風さんは確かに倉本君に声を掛けているはずなのに、その全くと言って良いほどの余裕のない瞳は、私にまっすぐに向いている。
 どうしてこうまでして彩風さんの気持ちに気付かないのか。彩風さんがすぐ近くにいるにも関わらず、私に話を聞いて欲しいと口にするのか。
 確かに彩風さんのそっけなさすぎる対応に言いたい事もある。でも、昨日からの今日だけでも今みたいに、彩風さんが倉本君の側について、何とか気持ちを伝えようとしているのに、どうしてそこには全く気が回らないのか。
 今も下唇を噛んで、その悔しさと言うのか、やるせなさと言うのか、溢れそうになっているその感情をかろうじて抑え込んでいるその姿を、端から見たら分かるのに何で目を向けてくれないのか。
 彩風さんのその姿を見ていると、幼馴染独特の葛藤と言うか、距離感の難しさを彩風さんから聞いている分、余計に見ているこっちが歯がゆくて仕方がない。
「聞くと言っても霧華の場合、雪野の事を悪く言うばっかりじゃないか。俺は、いや、俺と岡本さんは最後まで雪野を諦めたくないんだ」
 私と倉本君はって……またこの倉本君は彩風さんの前でなんてことを言い出すのか。
 彩風さんの感情はすごく普通の感情だと思うし、昨日私の彩風さんと同じ感情を雪野さんにぶつけようとしたはずなのに、どうしてこうも倉本君の中で印象が違うのかが分からない。いや私への気持ちがあるから、色眼鏡がたくさん入っているんだとは思うんだけれど、それにしても彩風さんに対するその印象の薄さがどうにも納得が行かない。
「清くんの言ってる事も分かるけど、冬ちゃんが訳の分からない事さえ言わなかったら、昨日の時点で解決してたんじゃないの?」
 是非はともかくとして、どう考えても彩風さんの方が女の子らしい考え方をしているはずなのに。
 しかも今回は前回みたいに頭ごなしに怒鳴るとかでも無いから、その言い方に対してこっちから窘める事も出来ないし、人の心を強制することも出来ない。
 これ以上見ていられなくなった私は、少しでも彩風さんと倉本君の間で話が弾むように、倉本君が求めている話が出来るように、二人の橋頭保となれるようにと彩風さんに助け舟を出す。
 やっぱり倉本君の相手は、いくら統括会内とは言え基本彩風さんであるべきだと私は、思うのだ。
「彩風さん、違うよ。そうじゃなくて昨日みんなで決めてもう一回全員が心を一つにして、学校側と交渉するって言う話だったじゃない? それに彩風さん自身も私にもう一度協力してくれるって言ってくれていたよね」
 それに昨日は、彩風さんの気持ちが倉本君には秘密なのだから直接言う事は出来ないけれど、倉本君が言われっぱなしなのも嫌だって言ってくれていた。
「確かにそうなんですけど……」
 もちろん彩風さんの言いたい事は痛いほどよく分かる。感情の部分だけだと私も彩風さんと全く同じ気持ちなのだ。
 その上、優希君も雪野さんには甘い。この二つがどれ程私の心の中でドロドロした嫉妬を生み出しているのか。
 とてもじゃ無いけれど、こんなの優希君に知られるわけにはいかない。

 話が少しそれてしまったけれど、結局はこういう場面でも男の人に自分を選んでもらうためには、女側も協力しないといけないし、男と女では脳の造りが違うのだから、私たちも難しい事ではあるけれど男の人の気持ちを理解するだけじゃなくて、私たちの考えや想い、感情を取っ払ってしまって男の人が本当に言いたい事にはちゃんと耳を傾けないといけないのだと思う。
 朱先輩風に言うと、相手のジョハリの窓で言う所の“秘密の窓”をしっかりと気付く、見るって言う事だと思う。
「岡本さんありがとう。岡本さんなら分かって貰えるって思った」
 私に助けを乞うような瞳を向けていた倉本君の瞳が、助けを得たような安堵の瞳に変わって行くのがハッキリと分かる。
「……」
 そして再び彩風さんから恨めしい視線を貰う事になってしまう。
「遅くなりました」
「……愛美さんお待たせ」
 そしてこう言う間の悪い時に限って、開いた役員室の扉から残りの二人が入って来る。
 しかも昨日の今日で何で雪野さんと二人仲良く入って来るのか。咲夜さんと言い、ちょっと若いだけの一年の後輩と言い、雪野さんだけに飽き足らず、私って言う彼女がいながら他の女の子から好かれ過ぎじゃないのか。
 本当なら色々言いたい事もあるし、私の今の気持ちも優希君に伝えておく必要がある気がする。
 ただし、今に限っては私は文句を言っている場合じゃない。
「いや分かって貰えるって……昨日私も思わず雪野さんに手を上げようとしてしまったくらいには彩風さんと同じ気持ちだって」
 本当に不幸な事故で、お互いに同じ人を好きになってしまったのならともかくとして、私を慕ってくれる可愛い後輩に、そんな目を向けられると私は寂しい。
 昨日から時間の許す限り倉本君の側についていてくれたはずの彩風さんと私は、雪野さんに同じ感情を持っていて、私では駄目だよって言う意味でちゃんと説明したつもりなのに、
「それでも俺の意見もちゃんと聞こうとしてくれる。そう言う奥ゆかしい所があるから俺は……」
 昨日の今日にもかかわらず、とんでもなく思わせぶりな所で言葉を止めて、優希君に視線を送る倉本君。
「……おい倉本。もうすぐ終業式なのにそっちの方は良いのか?」
 当然優希君には昨日の時点で、二人ともがお互いの事を諦められない事を伝えていたからか、乱闘みたいになる事は無かったけれど、機嫌自体はとても悪くなっているのが分かる。
「お前が来るのが遅かったから待ってたんだろうが」
 ……前言撤回。二人の仲がまた険悪になりそうだからと、
「はいこれ倉本君へ。今日の原稿ね。前に倉本君が言ってくれた通り、いつものあいさつ文と先週の事だけれど、それとなく匂わせる程度にしたんだけれど、念のために今、目を通してもらっても良いかな?」
 私に向けての恨めしい視線や、優希君や雪野さんに対して厳しい視線を送る彩風さん。
 一方優希君は自分の事を棚に上げて、私に対して不満そうな表情を向けてくれるだけで、倉本君の方には見向きもしない優希君。
 私たちの間でいたたまれない視線だけのやり取りの中で、私の原稿に目を通した倉本君が、
「さすがは岡本さん。短い文章の中に統括会の事だけじゃなくて、岡本さんの優しさがにじみ出ているように、雪野の事についても上手く書いてあると思う。いつも楷書で読みやすい文章をありがとう。おかげで俺も少し元気が出た」
 私に微笑みかけてくれるのは別に良いけれど、昨日からずっとそばにいてくれているであろう彩風さんには何もないのか。
 初めに役員室に入った時の倉本君の事を思えば今、少しでも笑顔と元気が戻ったのならば、それは良い事だとは思うけれど、それが私の力によるものとなっているのが、優希君の不満そうな表情的にも、彩風さんの恨めしい視線的にも、何とも納得しがたい。
「それじゃあ俺たちも先に行って準備をしようか」
「……」 
 なのに、こういう時はお互いに計ったように、倉本君と彩風さんが並んで歩きだす。いやこれが一番いい形なんだけれど。
 その後ろから、昨日の事もあるからなのか、今日は何も喋らなかった雪野さんと三人並んで先に体育館へと向かう。


 別に終業式と言うだけで、いつもの全校集会の延長と言って良いくらいの雰囲気の中、私たちは先に入館して、舞台ソデでの待機となる。
 そして昼休み間際に見ることが出来なかった蒼ちゃんと咲夜さんの姿を無事に確認できたところで、戸塚君の姿を探すものの、前回同様やっぱり見つからない。
 それどころかさっきの昼休みまで保健室にいたはずの綺麗な金髪すら見つからない。
 当然その事は優希君なら知っているのかと思って横を見ると、何故か私に向かって微笑みかけた倉本君と目が合ってしまう。
「……」
 そう言えば咲夜さんが去年から倉本君が私の方を見ているとか言ってたっけ。
 出来ればあと半年、倉本君からの視線に気づきたくなかった。
「……」
 しかもこんな時に限って“悪い笑み”を浮かべた咲夜さんとも目が合ってしまう。
 私と倉本君の間に挟まれた優希君がそれに気づかない訳が無くて、私を不満そうに見て来るけれど、本来優珠希ちゃんの事を確認したかったのに、一番初めに気付いてくれなかったのは優希君の方なのだ。
 終業式中まさか不満を声に出す訳にはいかないから、頬を少しだけ膨らませて私の方からも不満の意を伝えると、
「……」
 優希君の視線が瞬き無しで私の方をじっと見つめる。だけでなく、倉本君までもが私に見惚れてしまったかのように、首を横に向けたまま動かなくなる。
「……」
 まさかとは思うけれど、可愛くない顔にはなっていないよね。優希君にはこれ以上可愛くない姿は見せたくない。
 私が後悔とも取れない何かを感じていると、反対側から見なくても分かる彩風さんの視線を感じる。
 間違いなくその視線は彩風さんからの物だと分かるけれど、可愛い後輩からそんな視線を向けられたら寂しいからと見るのは辞めておく事にする。

 そうこうする間に統括会のスピーチとなった訳だけれど、先週の話を統括会としてコメントした時に、少し体育館の中がざわつく。
 それに戸惑った倉本君が一瞬私の方に視線をやるけれど、私たちも雪野さんも後ろめたい事は何もしていないのだ。
 だから私は倉本君に向かって自信を持って私は、首を縦に振る。
 ただ二年の中でずっと非難の的として独り晒されてきた雪野さんの方はそうはいかない。
 そこはいくら彩風さんと中条さんにフォローをお願いしているとは言え、晒され続ける身に覚えの無い非難で、心が疲弊しない訳がない。
 だったら可愛くは無いけれど、私の後輩。私の中に優希君に対する雪野さん自身の行動に思う所もあるけれど、それを理由に、私と優希君共通の気持ちを否定はさせない。
 私は雪野さんが降りる事は認めないと改めて意思表示をするために、体育館全体に広がるガヤの中で、顔を俯けてしまった雪野さんの手をそっとつなぐ。
「――っ!」
 雪野さんがすかさず離せと言わんばかりに、小さく手を揺らしてくるけれど、私同様優希君の方も意志は固かったみたいで、終業式の後半は、雪野さんは私と優希君に両手を繋がれたままの状態で過ごした。

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