第113話 断ち切れない鎖 6 ~揺れる鎖・立つ音~  Aパート

文字数 6,237文字


 翌朝珍しく携帯の音が鳴り響いて目が覚める。
 こんな週中の早朝に電話がかかって来るなんて事は今までになかったから、もしかして両親に何かあったのかと起き抜けで頭が回っていない中、着信相手を確認せず半ば条件反射で電話を取る。
『どうしたの? 何かあったの?』
 以前から気になっていた両親の体調の事で何かあったのかと思ったけれど、
『愛美さんおはよう。その声は今寝起き?』
 朝からの思いも寄らなかったその電話口の声に、私の頭が一気に覚醒する。
『えっと優希君? 何で? お父さんじゃないの?』
『お父さんって……僕は愛美さんの彼氏だって』
 いやまだちゃんと頭は起きていないみたいだ。
 おかげで優希君相手にとても恥ずかしい事を口にしてしまった気がする。
『彼氏……私も好きだよ』
 でも朝から優希君のモーニングコールで目が覚めるのは――
『やっぱり朝の愛美さんはまた可愛いね』
『「ちょっとお兄ちゃん! 魔女の手先と朝からなんて会話をしてるのよ」――ちょっと優珠! 寝起きの愛美さんは貴重なんだか――』
 私は深い後悔に駆られながら、一度通話を終える。
「……」
 そして無言で制服に着替える。
 どうして私は着信相手を確認しなかったのか。前に一度私の寝起きの際の低い声を聞かれた際に、気を付けようと決めたんじゃないのか。
 私は再び鳴り始める携帯には近づかずに反省を続ける。
 だいたい親からの連絡ですら固定電話にかかって来る事の方が多いのに。
「……」
 優珠希ちゃんには私の方が立場が上だって分からせないといけないのに、どうにも今の応対は致命的な気がする。
 着替え終えた私が鳴りやんだ携帯を手にすると、

題名:一緒に登校したい
本文:昨日の件で言い訳させて欲しいのと、電話には出て欲しい。勝手に切るのも
   辞めて欲しい。それから少しでも早く愛美さんに会いたいから愛美さんの分
   の弁当もこっちで用意する。

 どうも昨日の寝しなに送ったメッセージに優希君が慌ててくれたっぽい。
「ってこれ。全部私が自分でしでかした事にならない?」
 どうして優希君の事になると同じ失敗を繰り返してしまうのか。しかも私の分のお弁当まで用意してくれているって事は、あの優珠希ちゃんの性格からして、私は久しぶりに優希君のお弁当を口に出来るのか。ってそうじゃないそうじゃない。今日のお弁当の為に炊いておいたご飯はどうするのか。
「……慶におにぎり?」

題名:じゃあいつもの場所ね
本文:お弁当は楽しみにしているけれど、朝からイジワル言う優希君の電話には
   出ないよ。

 私は自分勝手な理屈を立てて、お弁当を作る時間を省いて手早く朝ご飯と慶のおにぎりの用意だけをしてやる。


 いつもよりさらに早く家を出る事になったとは言え、私が家を出る時間になっても起きる気配の無かった慶の事が若干気にはなったけれど、慶が喜んでくれたおにぎりを作っておいたからって事で、そのまま優希君との待ち合わせ場所へと向かう。

 いつもの待ち合わせ場所である駅に着くと、やっぱりと言うかなんて言うか私の分のお弁当も作ってくれたはずなのに、優珠希ちゃんも含めて待ってくれていた。
「……何よ。わたしがいたら何か文句でもあるの?」
 てっきり二人で登校だと思っていた所に日曜日のあの服装は一体何だったのかと思わざるを得ないような、制服を着崩した優珠希ちゃんに視線を送っていると、早速文句が飛んでくる。
「文句なんて無いよ――おはよう優希君」
 本当は文句がない訳じゃ無い。優希君との二人きりの登校を楽しみにしていただけに、優珠希ちゃんによってそれが邪魔されたような気になってしまう。
 しかも朝の起き抜けの際の低い声も聞かれているだけに、私の方が損した感が強い。
 でもその話は優珠希ちゃんと二人きりの時、優希君がいない所でしっかりとケリを付けようと心中に押しとどめておく。そして今は優希君の前。優珠希ちゃんとは仲良しだって事を優希君には分かってもらうために優珠希ちゃんの頭を優しく撫でる。
「おはよう愛美さん」
 のを本当に嬉しそうに見つめてくれる。
 せっかく優希君と良い雰囲気で登校できそうだったのに、
「ちょっとアンタ。昨日わたしにゆってたことと全然違うじゃない」
 時折私と優希君が、優珠希ちゃんを間に挟んで見つめ合っていると、生意気にも私に

文句を言って来る。
「言ってた事と違うって? 私、優珠希ちゃんに何か言った? 特に変な事もおかしな事もしていないと思うけれど。優希君、私何かおかしい?」
 むしろ何で優希君と私の間に優珠希ちゃんが立つのか。そっちの方に私が文句を言いたい。
 優珠希ちゃんが反対側に回って優希君を真ん中に挟んでしまえば、私だって優希君隣に並んで歩けるのに。
「アンタ何しれっとお兄ちゃんを巻き込もうとしてるのよ。昨日お兄ちゃんとは当分ハレンチな事はしないってゆってたじゃない。なのになんでアンタはわたしを挟んでまでお兄ちゃんと見つめ合うなんてゆうハレンチな事をしてるのよ」
 私は心の中で優珠希ちゃんに文句を垂れていると、その着崩した服装からは考えられないくらい可愛い事を言い出す優珠希ちゃん。
 私が思わず可愛いなって思いながら優珠希ちゃんの頭を撫でると、
「愛美さんも優珠を可愛がってくれてありがとう」
 顔をほんのりと朱に染めた優珠希ちゃんが、こっそりと私の足を蹴った事に気付かなかった優希君が私へのお礼を口にしてくれる。
 もちろん優希君が私に向けてくれた笑顔は嬉しかったのだけれど、今一つ私には懐いてくれていない気がする。
 私は優珠希ちゃんと仲良くなって欲しいと言ってくれた優希君の気持ちに応えるためにも、優珠希ちゃんに

させてもらう事にする。
「見つめ合うって、そりゃ優希君の事が好きなんだからそれくらいは普通にするって。それに昨日優珠希ちゃんも言ってくれていたじゃない。優希君の話を聞いてくれてありがとうって。ああ、あんなお兄ちゃんでも見捨てないで『ちょっと腹黒! いい加減な事ゆわないでくれる? 誰もあんたみたいなハレンチな女の事なんて認めてない』――ちょっと優珠希ちゃん?! 私に向かって腹黒って何? どう言う事?」
 優珠希ちゃんへの反撃をとん挫させる一言。優希君の前でなんてことを言ってくれるのか。
「ありがとう優珠。お兄ちゃんの事でそこまで考えてくれて」
 なのに優希君は優珠希ちゃんを甘やかせてばっかり。
 優希君の彼女は私なんだから、そこは私の味方をしてくれるんじゃないのか。しかも優珠希ちゃんの腹黒も訂正してくれないし。
「……」
 おまけに優希君にバレない様に、憎たらしくも私に勝ち誇ったような表情をしてくる優珠希ちゃん。
「優希君? 腹黒な私が怒ったら怖いんだよね? だったら今日の事、ちゃんとお願いね。私の大切な友達の事、優希君なら大丈夫だと思うけれど、後でちゃんと私の友達から詳しく話を聞かせてもらうからね」
 だったら腹黒でも良いよ。その代わり昨日の慌ててくれたっぽいメッセージの事をしっかりと思い出してもらう事にするんだから。
「ああ、そうだその事で愛美さんと――ってそうじゃなくて、僕は愛美さんがそんな腹黒だなんて思ってないから、安心してよ」
 私のご機嫌が斜めな事に勘付いた優希君が、私の機嫌を取ってくれるけれど、そんなに簡単には許してあげない。
「でもこの前の電話の時みたいにすぐに否定してくれていないよね? 彼女を大切にはしてくれないの? 優希君は」
 やっぱり私の言葉で慌ててくれる優希君が可愛くて仕方がない。
「いやごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど……優珠。お願いだから愛美さんの機嫌を損ねるのだけは――」
「――ちょっとお兄ちゃん。何このオンナに騙されてるの? このオンナはヤキモチ焼いてるだけよ」
 私が優希君との会話を楽しんでいると、また邪魔をしてくる優珠希ちゃん。
 しかも、それ自体も分かっているのかまた私に向かって勝ち誇った顔をしてくる。
「……ありがとう」
 極めつけは優希君が優珠希ちゃんの言う事を全面的に信じて、私に嬉しそうな視線を向けてくれる。
「じゃあ私の友達の事お願いね。もちろんこれは私と優希君だけの秘密だから、優珠希ちゃんにも言ったら嫌だよ?」
 だから二人まとめて少しモヤっとしてもらう事にする。
「……ああっ! そうそう、その事で愛美さんと少し話をしたかったんだけど……」
 私にイジワルなメッセージを送った事をやっと思い出してくれたのか、優希君の意識を独占する事に成功する。
「何? このオンナにお兄ちゃん

何か弱みを握られてるの?」
 優希君に対する土日の態度がまるで嘘のような優珠希ちゃん。
「このオンナじゃなくて、

じゃなかった? 後、弱みを握られてるんじゃなくて、愛美さんからお願いをされてるだけだって」
「優珠希ちゃんは家では私の事をそう呼んでくれているの?」
 優希君の意識を独占することが出来たからか、全面的に私の味方をし始めてくれる。
 私はここぞとばかりに、妹さんに勝ち誇った顔を向けながら、家での優珠希ちゃんの事を聞く。
「いや、色々かな?」
 そして私の質問に抵抗なく答えてくれそうな優希君。
「色々って? 他にも何か――」
 途中で昨日優珠希ちゃんとしていた会話。今朝の少しだけ聞こえた電話口での優珠希ちゃん声を思い出すと同時に、
「ちょっとお兄ちゃん! 何でもかんでもべらべらとこのオンナに喋るつもりじゃないでしょうね」
 妹さんが焦り出すの見て確信する。
「優希君……私、優珠希ちゃんと仲良くなりたいし優珠希ちゃんの事教えて欲しいな」
 だから、あくまで優希君から聞く形を取りたい。私は優希君の彼女なんだから優珠希ちゃんの思うがままにされるばかりじゃ駄目な気がする。
「ちょっとハレンチ女! なに人のお兄ちゃんに色仕掛けしてるのよ」
「……日曜の夜……いや昨日の夜くらいから愛美さんの事を、魔女の手先だって……」
 そう言って伺うような表情を向けてくれる優希君。
 やっぱり予想通りか。しかも日曜の夜って事は、朱先輩の事を魔女って日曜日の時点ではもう言ってたって事か。
 朱先輩の事を悪く言うのはさすがにちょっと頂けない。これは優珠希ちゃんと言えどちゃんと教育をしないといけない気がする。
「そうよ。それがどうかしたの? 大体今も分かっていてお兄ちゃんから無理やりゆわせて……アンタもあの魔女の同類じゃない」
 全部分かっているからか、開き直ってまた朱先輩の事を魔女と言う優珠希ちゃん。
「優希君。日曜日に会った先輩は私にとって大切な人でもあり、恩人でもあるからあまり会ってもらうのは嫌だけれど、失礼なことは言わないでね」
 そう言って微笑んでおく。せめてイメージ的には魔法使いって言って欲しい。
「分かった。愛美さんにとって大切な人なら僕にとっても仲良くしたい人だろうし、それに愛美さんと仲直りをするきっかけをくれた人だから、今度また改めて僕に紹介して欲しい」
 優希君の中に他意が無いのは分かるけれど、この二人を合わせたらダメだって言う事くらいは分かるから、
「またその内にね」
 明答は避ける事にする。

 朝もいつもよりだいぶ早い時間。登校生徒も少ないからと三人で歩いていても邪魔になる事も目立つことも無かったりする。
「それで愛美さん……昨日のメッセージの事だけど……」
「優希君。私のお願い聞いてくれるんだよね」
 やっぱり無理難題ではあるのか、さっきの話を蒸し返す優希君。
「分かった。愛美さんの大切な友達だから僕なりに精一杯頑張るよ。それとこれ弁当」
 だけれど私の笑顔に負けてくれたのか、なんだかんだ言って私のお願いを聞いてくれる優希君が、私の為に作ってくれたお弁当を差し出してくれる。
「ありがとう。これも優希君の手作り?」
「そうだよ。僕と愛美さんの間に他の女である優珠が入るのは無粋だっていつも言ってるから、愛美さんの弁当は基本僕ばっかりだよ」
 そう言って照れながら私にお弁当を渡して――
「ちょっとお兄ちゃん! いい加減な事をゆうのは辞めて。これで今日何回目なのよ。わたしの作ったお弁当をこんなオンナなんかに食べさせる価値が――」
 あの慈しむような表情を浮かべた優希君が、言葉の途中で優珠希ちゃんの髪飾りに触れて、その言葉自体を止めてしまう。
「今度は愛美さんも優珠の弁当を食べてみて欲しい。本当にびっくりするくらい美味しいから」
 言いながら私には未だに触れる事すら許してもらえていない髪飾りを一度取って、その綺麗な金髪をサイドテールに結い直して改めてその髪飾りで留め直す優希君。
 当然優希君側にサイドテールを作るのだから、反対側に並び立つ私の方には何も気を遣うアクセサリが無くなるのを、優珠希ちゃんはされるがままにくすぐったそうにしている。
「これで優珠の頭を愛美さんも気兼ねなく撫でられるよね」
 つまりその髪飾りにはおいそれと触れて良いものでは無いと優希君は知っているわけで、
 ――……そうだね。大切な女の子と交換しているかな―― (28話)
 1回目優希君への気持ちが届かなかった時に、聞いた言葉をおぼろげながら思い出す。
「……」
 だけれど二人共の口からは、いくら待っても続きは出て来ない。
 私は一抹の寂しさを覚えながらも、せっかくの二人揃っての気遣い。それを無駄にしてしまわないため、せっかくだからと髪を梳くような形じゃなくて、手の平全体を置くことが出来るのだからと、優珠希ちゃんの頭に手を置くと、
「――っ!」
 なんとその上から私の手を包み込むように、重ねるようにして優希君が手を置いてくれる。
 でもドキドキはしないし、今に限って言えば嬉しさであるとか喜びであるとか、そう言った感情も沸いては来ない。
 ただ感じるのは、私の手を通して優希君から優珠希ちゃんに感じる優しさだけだ。


 時間に換算して1分程も無かったとは思うけれど、体感的には私の手が汗ばんで来た頃合い。
「ちょっと愛美先輩。やっぱり昨日ゆってる事と違うじゃない。何でわたしの頭の上でお兄ちゃんと手、繋いでるのよ」
 我に返ったとばかりにその手から逃れるためか、私たちから一歩前に出る優珠希ちゃん。
「違うよ。今のはたまたま二人ともが優珠希ちゃんの頭を撫でたいと思って、手が重なっただけだよ――ね? 優希君」
 一歩前に出た優珠希ちゃんがこっちに振り返ると同時に、優珠希ちゃんが出て空いた隙間を私と優希君で“お互い”半歩ずつ歩み寄ってその隙間を埋める。
「アンタが自分のゆった事を守る気が無いとゆう事だけは分かった。それでアンタがわたしとの約束を守れるってゆうんならわたしは文句はゆわない」
 何となく昨日の去り際の優珠希ちゃんが私と優希君の仲を認めてくれた時の事なのかなと当たりを付ける。
 そしてごく自然に恋人繋ぎをした私たちを、一瞬寂しそうに見てから
「わたし、寄るとこあるから先に行くわね」
 その後は嬉しそうな表情に変えて、元の下した髪型に戻した優珠希ちゃんが、足早に一人学校へ向かうのを見届ける。
「じゃあ私たちも行こっか」
「……ありがとう愛美さん」
 それは何に対してのお礼だったのか。聞き返すのは無粋かなと思いとどまり、優希君と恋人繋ぎのまま学校へと向かう。
 何とか学校内でこの二人を並んで歩かせたいなって思いながら。


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