第119話 先輩の願い ~ 味方 ~  Aパート

文字数 5,767文字


 心の距離は遠くに感じても、今はすぐ目の前にある蒼ちゃんの温もりを感じることが出来たからか、心はまだ寂しいままだったけれど、少しは安心して眠ることが出来た。
 昨晩の朱先輩からの電話もあって、迷いの晴れた私は、結局蒼ちゃんの袖を捲る事は無く、その腕を取って抱き枕代わりとして眠った。それが尚の事安心して眠れる要因にもなったのかも知れないけれど。
 考え方次第では、人によっては眠っている間に確認して、誰にも気づかれないまま答えを知ることが出来るのが、一番良いって言う人の方が多いかもしれない。大人になったら、こんな綺麗事で済まない事の方が多いかもしれない。
 正直私の中に、昨日の夜の事は惜しいと言う気持ちはある。それでも今、私のすぐ隣で穏やかに眠っている蒼ちゃんを見ていると、昨日の夜、私の心の中に巣食っていた安易な囁きに乗らなくて良かったと思うのだ。
 目の前に蒼ちゃんがいる時でも、いない時でも私は蒼ちゃんの親友だって、やましい気持なんかなしで胸を張って言いたいのだ。
 だから私の中に惜しい気持ちはあっても、後悔はない。
 私の後悔を未然に防いでくれた朱先輩に、お礼のメッセージを送ろうといつもの時間に目が覚めた私。
 まだ安らかな表情で眠っている蒼ちゃんを起こさないように、ベットから出たところで携帯に新着のメッセージが入っている事に気付く。

題名:今日電話待ってたのに
本文:電話するからって約束したのに繋がらないし、かかっても来ないから今日は
   もう寝るけど、初学期最後の明日は一緒に登校したい。ちなみに優珠も明日
   は佳奈さんと登校するからって事で納得はしてもらってる。だから明日は優
   珠なしでの二人きりでの登校を楽しみにしてる。

 優希君からのメッセージを読んで思い出す。そう言えば咲夜さんの話をするって言ってくれていた気がする。私も昨日はそれどころの心境じゃなかったとは言え、咲夜さんと電話をしてから、優希君にその話を聞きたいって思ってもいたはずだし、実際気になる。しかもこのメッセージを見る限りでは、妹さんとの登校よりも私との時間を楽しみにしてくれている気がする。
「……」
 気がするだけなのにどうにも優珠希ちゃんの悔しがる表情が浮かんで来て、何とも言えない良い気持ちになる。
 あくまで私は優希君とお付き合いをしているのだ。

 本当は今すぐにでも優希君に電話をかけたかったのだけれど、また朝からの電話で私の恥ずかしい所だけを晒すのもアレだし、何よりも安らかに眠っている蒼ちゃんを起こす訳にはいかない。
 だからと言ってリビングで電話をして、前みたいに慶に変な勘繰りをされる訳にもいかないからと電話自体を見送った私は、

題名:昨日は蒼ちゃんが泊まってくれた
本文:私も優希君と一緒に登校出来るのは嬉しいから是非そうしたい。でも昨日
   泊ってくれた蒼ちゃんも一緒だけれど大丈夫?

 メッセージを返信してから改めて

題名:昨日はありがとうございました
本文:昨日の私の話を聞いて、心の迷いを晴らしてくれてありがとうございまし
   た。朱先輩からの電話で親友の信頼を裏切らずに済みました。朱先輩から
   したら何の事かは分からないかも知れませんけれど、私からしたら朱先輩
   は正義の魔法使いです。本当にありがとうございました。

 朱先輩へのメッセージを送る。
 朱先輩からしたら何でもない、ただ週末の事を気にしてかけてくれた電話でしかないと思う。でもその何気ない電話一つで私は大切な親友の信頼を裏切らずに済んだのだ。 (あらすじ部分)
 メッセージを送った後、改めて心の中で感謝を伝えて気分一新。今日も少しでも優希君の顔を早く見るために朝ごはんと、昼休みを挟んだ午後から終業式と言う事もあって、お弁当の準備をするために“パッと着替えて”階下へと向かう。


「おう、ねーちゃん。蒼依さんは?」
 優希君と朱先輩にメッセージを返していたとは言え、私自身はいつも通りの時間に起きたはずなのに、いつも以上に身だしなみを整えた慶が既に起きていた。しかもぞんざいな挨拶もそこそこに、口にするのは蒼ちゃんの事。
「蒼ちゃんはまだ寝てる。お姉ちゃんも今から用意をするんだから、今は何もないよ。それよか、何でこんな朝早くに起きてんの? ……イヤらしい」
 優希君と言い、お父さんと言い、慶と言い……どうしてこう男の下心って単純で分かり易いのか。これで女の子側が気付かないって思っているのか。私が内心で溜息をついていると、
「なっ?! んだよその言い方。今日が終業式だから早く起きただけじゃねーか。終わり良ければすべてよしって言うだろ」
 そして私のあしらいに対してムキになる慶。何が“終わり良ければすべてよし”なんだか。それだったら“始めが肝心”って言う方も実践して見せろっての。
「はいはい。分かった。今から洗濯物畳むんだからこっち来んな」
 起きたばかりって分かる真っ赤な目をこする慶の相手もそこそこに、蒼ちゃんが起きて来る前にある程度の用意は済ませようと、手早く準備を始める。

 非常に珍しい事に、今日は慶も手伝ってくれたおかげで、いつもよりも早くある程度の目処が立ったところで、
「おはよう愛ちゃん。ちょっと良いかな?」
 リビングの影から、かろうじて部屋着だと分かるくらいだけ上半身をのぞかせて、私を呼んでくれる。
「おはよう蒼ちゃん。どうしたの?」
 昨日の朱先輩のおかげで、今日も蒼ちゃんに対してうしろめたさなく、私にとっての唯一無二の親友であると、胸を張って返事をすると、
「ちょっと恥ずかしいから慶久君は向こうに行っててもらっても良いかな? ごめんね」
「こっち来んな。イヤらしい」
「んだよケチくせぇ。暴力女」
 私と一緒にしれっとついて来ていた慶を、二人して追い払う……蒼ちゃんからは若干白い目で見られた気がするけれど。
「えっと。ポーチくらいの大きさで良いんだけど、中身が見えない袋ってあるかな」
 それはさておき、慶がどっかに行ったのを確認した蒼ちゃんが、さっきの体勢のまま私に小声で聞いてくる。
 蒼ちゃんの一言でピンと来た私は、階段下の収納から蒼ちゃんの目的とする袋を手渡す。
 伊達に私だって朱先輩に言われてポーチと七つ道具を持ち歩いているわけじゃない。
「ありがとう愛ちゃん。蒼依もすぐに準備して手伝うね」
 以外にもすんなりと出て来たからなのか。驚きと恥ずかしさを合わせた表情を浮かべた後、そのただの袋ですら見られるのが恥ずかしかったのか、服の中に隠すように、服の裾からお腹の中に隠して私の部屋に戻る蒼ちゃん。
 ああ言う行動を自然に取れるから蒼ちゃんは女の子らしく見えるのかもしれない。

 蒼ちゃんを見届けた後、お客さんにお手伝いをさせる訳にはいかないからと、蒼ちゃんが降りて来る前に朝ごはんと二人分のお弁当を用意する。
「もうすぐ出来るから、蒼ちゃんはゆっくり待っててよ」
 私の方の朝ごはんとお弁当の用意が時期に終わる頃合いに、蒼ちゃんが降りて来る。
「さあ蒼依さん。俺の横へどうぞ」
「慶久君ありがとう」
 私が、慶に対していつも通り柔らかくお礼を口にする蒼ちゃんの表情を見て、昨日を引きずっていないか。私には何も教えてもらえなかったけれど、それでも今日は笑えるのか、今日は家に帰ってもおばさんに心配をかける事は無いのか。色々な事を見て取ろうとしている間に、蒼ちゃんを横に座らせる慶。
 慶に対して言いたい事も文句もあったのだけれど、蒼ちゃんが今、笑えているのならあえてそれを壊す必要もなく重い空気にしてしまう必要もない。
 私は好き勝手な事ばかりする慶に対して、少しだけ感謝をしながら、
「慶。あんたは自分の分は自分で用意しなよ」
 

させてもらう。
 確実に私が全て用意すると思っていたのか、慶の私に対する不満の中での朝食となる。


 朝ごはんも終わって、一通りの準備も済ませて家を出るだけとなった時、
「そう言えば慶。お姉ちゃんたちはきょう午前中は授業で、昼から終業式だから夜は作ったげるけれど、昼は自分で何とかしなよ」
 昼ご飯だけは当てにするなと言っておかないといけない。
「今日は友達とパァッと羽を伸ばしてくるつもりだから、こっちこそ昼の事は気にすんなよ」
 何が“パァッと羽を伸ばしてくる”なんだか。先週お小遣いが足りないから私にお弁当を作って欲しいって言っていたのは何だったのか。とことんまで好き勝手を言って、夏休みの宿題の事も忘れて満喫しそうな慶に対して、内心であきれ返ったところで、
「はいこれ蒼ちゃんの分のお弁当。お口に合うかどうかは分からないけれど良かったらどうぞ」
「……」
 驚いているのか、あんぐりと口を開けた慶を横目に、ここぞとばかりに蒼ちゃんに、優希君と雪野さんの逢瀬にショックを受けて以来、私が使っている方のお弁当箱を渡す。
「え? でもここ最近愛ちゃんこのお弁当箱じゃなかった?」
 当然蒼ちゃんだから気付いてくれるけれど、
「私はタッパの方で良いから。中身自体は変わらないから、蒼ちゃんがそのお弁当箱の方を食べてよ」
 昨日私が迷った心の罪滅ぼしじゃ無いけれど、蒼ちゃんにはちゃんとしたものを使って欲しかった。
「い、良いよぉ。蒼依の方こそタッパの方で良かったって言うか、今日くらいは学食でも良かったのに」
 なのに蒼ちゃんが私の好意を断る。だけれど私の方にも気持ちがあったとは言え、無理やり私の家に泊まりに来てもらった形に近い。だから蒼ちゃんには変に遠慮なんてして欲しくなかった。
「だったら俺にその弁当くれよ」
 なのに何を考えたのか、私たちの横から慶が声を掛けながら、私が持って行こうと思っていたタッパの方に手を伸ばす。
 こいつは今、自分で今日は友達と遊ぶとか言っていた事とか、少し前に私に対してした事とか完全に忘れてしまっているんじゃないのか。
「じゃあこの弁当もら――いてっ」
 ムカついた私が、私のタッパを掴んだ手をはたき落とす。
「ちょっと慶。朝からいい加減にしなよ。あんたさっき自分で昼からは遊びに行くって言っていたじゃない」
 せっかく今日も朝から優希君との待ち合わせで、早く家を出たいのに。
「それはそれ。これはこれだろ? それに俺がこの弁当を食えば、蒼依さんはそっちの弁当箱の方を食うしかなくなるだろ」
 優希君との待ち合わせに

私が一瞬納得しかけたところで、
「慶久君。そんな事したらお姉ちゃんの食べる分が無くなってしまうよ」
 いつも優希君の味方をする蒼ちゃんが助けてくれる。
「ねーちゃんはいつも弁当だから良いんです。それにこうしたら蒼依さんの食べる弁当がそれだけになるじゃないですか」
 そりゃ私が自分で作っているんだから、お弁当なのは当たり前に決まっている。
 本当なら慶に文句の一つや二つくらいは言いたかったのだけれど、今回は蒼ちゃんが味方をしてくれているのだからと黙っていると、
「慶久君。女の子に優しく出来ない男の子ってカッコ悪いよ?」
 蒼ちゃんがまさかの慶に対しての一言。ラブな蒼ちゃんから格好悪いと言われてショックを受ける慶。
「いやでもねーちゃんですよ? 蒼依さんみたいな女の人なら俺は優しくないですか?」
 好きな蒼ちゃんからのまさかの一言に、納得出来なかったのか情けない言い訳を始める慶。これはちょっと面白いかもしれない。
「お姉ちゃん。いっつも慶久君の為に夜ご飯も、朝ごはんも作ってくれてるんだよね?」
 そう言えば、昨日の夜毎日私が家事、炊事を熟しているのを蒼ちゃんも驚いてくれていたっけ。
「そうですけど、俺のねーちゃん、結構乱暴だし暴力女ですよ? だいたい身内に優しくしても仕方がないじゃないですか」
 なのに、自ら下心を丸出しにして蒼ちゃんに優しくしているとのたまう慶。
 そんなんだからいつまでたっても彼女が出来ないって……気づいたら治っているのか。
「じゃあ慶久君は、自分に得のある女の子にしか優しくはしないの?」
 言いながら私の方へ一歩寄る蒼ちゃん。
「身内以外には優しくしますよ。だいたい身内に優しくされてもキモいだけじゃないですか」
 慶の言っている事は分かるけれど、それを言葉に出したら女の子の印象は悪くなるって前にも言いた事があると思うんだけれど……まあ慶の想いが蒼ちゃんに届く事は無いから別に良いけれど。
「蒼依は一人っ子だから、慶久君の考え方をされると寂しいな」
 近寄った蒼ちゃんがそっと私の手を取る。
「蒼依はそんなの関係なく優しくしてくれる男の子じゃないと嫌かな」
 そして慶にハッキリと言う蒼ちゃん。
 ……最近特に思うのだけれど、男女関係になると、どうしてもまごついてしまう私とは違って、蒼ちゃんの態度はそれまでとは違って厳しくって言うか、はっきり口にしている気がする。
「――っ! ……ねーちゃん。すまん。俺、今日は外で済ますから」
 蒼ちゃんにハッキリ言われたのがショックだったのか、それまでの態度は何だったのかと言わんばかりに、改めて手に取ったタッパを私に渡してくれる慶……やっぱり身内に、それも弟にこうされると違和感がすごい。
「それと慶久君。お姉ちゃんくらい家の事をちゃんとしてくれる女の子って少ないから、身内だからって言っても、お姉ちゃんにも優しくしないと駄目だよ」
 その上、更に慶に追撃を繰り出す蒼ちゃん。
「……分かりました。俺、蒼依さんの為にもっといい男になります」
 それ以上はいたたまれなくなったのか、私たちとの会話もそこそこに、そのまま学校へ向かう慶。
 本当は日ごろから溜まっていた鬱憤を晴らすために、私も色々と言いたい事があったのだけれど、蒼ちゃんが結構強めに言ってくれたからと、私から改めて何かを言う事は避ける。
 そんな事よりも、蒼ちゃんのせいで昨日から巣食い続けている不安を取り除きたくて、少しでも早く優希君の顔が見たいのだ。
 なのに蒼ちゃんが、慶に言い過ぎたと思ったのか、家を出ようとしていた慶に駆け寄って、
「――」
 一言二言何かを言って、
「ごめんね愛ちゃんお待たせ。じゃあ行こっか」
 私と蒼ちゃんは、慶が登校をするのを見送ってから学校へと向かう。

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