第122話 乙女心 ~好きの先へ~  Aパート

文字数 5,877文字


 全員ではないけれど、一人部活棟入り口で待つ私に視線を送る生徒がちらほらと。その視線に何かを感じた訳では無いけれど、ただ待つだけと言うのはこんなに長く感じるものなのか。
 事情を分かった上でお願いをした咲夜さんの事ですら、優希君に事の顛末を細かく聞かないと安心出来ないのに、顔も名前も知らない若い後輩の女の子。不安にならない訳がない。
 もちろん優希君を疑っているわけじゃない。でも強制出来ない人の心。気移りをしないとは言い切れないのだ。
 そう思うとやっぱり私もついて行くべきだったかもしれない。優希君に強がりを言い過ぎたのかもしれない。
 無粋だと分かってはいてもこの不安に勝てる気がしない。
 もし早くに優希君が断ってくれていたら、一年の若い後輩がここを通るかもしれないと視線を走らせるも、それらしい女生徒は見当たらない。
 しかも優希君がちゃんと断ってくれていたら、落ち込んだり涙している生徒がいてもおかしくないのに、それらしい生徒はやっぱり見かけない。
 まさかとは思うけれど、私よりも可愛くて気移りしてしまったのだから泣く必要は全く無かったのか。
 それとも朱先輩の言う通り、防衛本能が働き過ぎて、マイナス思考に働き過ぎているだけなのか。ただ私がそれらしい生徒を見逃しただけなのか。
 たった5分待つだけなのに両極端とも取れる思考を行き来してしまう。
 私の走らせる視線にさっきから行き交う生徒が気にしているのを感じた私は、少し目立たない所に場所を移して更に待つ事5分。もう10分近く経ったからと、ゆっくり4階に移動しようとしたら、
「お待たせ愛美さんって、ここで何してたの?」
 場所を変えていた私を見て驚く優希君。
 こっちは不安な中で待っていたのに、余裕と言うか何となく男らしさを感じさせる優希君。
「何してたのって、優希君の方こそどうだったの? それらしい若――女生徒は通らなかったけれど、断ってくれたの?」
 その優希君に少しだけドキドキしながら、まずは先に確認しないといけない事を先に済ませてしまう。でないと私の安心が戻って来ない。
「断ったよ。愛美さんが友達も仲良くも嫌だって言ってくれたから、今日限りで個人的に会うのは辞めるって事で、ちゃんと話は付いたよ」
 中々納得してくれなかったから、愛美さんの事も少し言ったけどねって恐らくは包み隠さず話してくれている優希君。
「それで優しくしたりとか触れたりとかは? していないよね?」
 だったら次はわたしのワガママを聞いてくれたのかを確認すると、
「正直に言うとそれは無理だった」
 本当なら文句も言いたかったのだけれど、今も申し訳なさそうな表情を浮かべてくれている優希君の話を聞いてからだ。
「相手の子の初恋だったみたいで、付き合うのは当然の事、友達としてって言うのも断ったら、大泣きしてしまったから、その子をトイレまで連れて行って介抱した。その時に僕のハンカチをその子に渡したかな」
 同じ女としてその子の気持ちはすごくよく分かるし、優希君の優しさを良く知っている私としては、その行動は優希君らしいなって思う。その優希君の優しさに私も惹かれたのだから、話を聞いてしまったら怒るに怒れないし、むしろ友達まで嫌って言うのは、私の方がかえって冷たかったのかもって言う自責に駆られてしまう。
 間違いなくその場に私がいたら、友達くらいは良いって言ってしまっていたとしか思えない。そう思うと優希君に、かなりの負担を強いてしまったんじゃないのか。
 私のワガママで優希君に負担を強いてしまったのなら彼女失格かも知れない。
「……ごめん」
 もちろん私の女として気持ちだと、今までとは全く別の感情になってしまう。
 何で私が大好きな優希君が断ってくれているのに、若いだけの1年の後輩が優希君に甘えるのか。それに私が嫌って言うのを今朝本当に嬉しそうにしてくれていた優希君のあの表情は何だったのか。しかも今後は会わないと言っておいてハンカチを若い後輩に渡したって言う優希君。
 それってもう一回会うって事じゃないのかとか、私は決して物が欲しい訳じゃ無いけれど、私は優希君からなにも貰った事は無いのにとか……いや、お揃いのペンは確かにもらったものだけれど、でも納得はいかない。
 とにかく優希君が私以外の女の子に優しくするのが納得いかないのだ。
 でも優希君は全部私に話してくれているし、二人の中に直前で入るのは辞めようと決めたのも私なのだ。
 でもそれも何もかもを省いても、やっぱり相手の女の子には冷たかったのかもしれない。
 下手をしたら優希君が冷たい人なんだって、誤解させてしまったかもしれない。
 色々な気持ちがない交ぜになる中、私の口を突いて出て来た言葉は、それだった。
「愛美さんが謝る事は無いよ。僕もちゃんと役得だって思ったから、愛美さんがそこまで自分を責める事は無いよ」
 私がない交ぜになった感情を一言吐き出したら、今度は私の頭を優しく髪の毛を梳くように撫でてくれる優希君。
「それって断りはしたけれど、朝の待ち合わせの時みたいにその女の子とデレデレと喋れて嬉しかったって事? それに役得って、1年の後輩相手に下心があったって事? 優希君のエッチ」
 こっちが頼んだ事だから、文句自体を言うのはお門違いだって思うけれど、こんな面倒くさい私でも良いって他の誰でもない優希君が言ってくれたんだから、その後輩よりも私を安心させてくれないと、私は納得してあげない。
 それにこっちが色々悩んでいる間に、優希君がそんな下心を持っていたって分かって、ちょっとショックだよ。
「ちょっと愛美さん。朝の事は朝の内に納得してくれたはずじゃ? それに前の雪野さんの時にも言ったはずだけど、僕が触れて嬉しいのは愛美さんだけなのに」
 私の面倒臭さに不満そうにする優希君。
「そんな事言ったって、私がどんな気持ちか知らないで優希君は余裕そうな表情で――?!?!」
 そんな優希君の不満そうと言うか、慌てた姿を見て内心満足して、優希君の言い訳よりも私を安心させて欲しくて、ワガママを言おうとしたら、突然私の視界が塞がれて、続けて人の温もりが顔と言うか、上半身に伝わる。
 更に今まで感じた事の無い匂いが鼻腔に広がる。その上、私の背中に回された手に力が入るのと同時に、私の上半身が(あつ)(ねつ)を持つ。
「僕が心からこうしたいって思うのは愛美さんだけだから、それだけは分かってもらう。それに相手の子には悪いかもしれないけど、僕はもう愛美さんを泣かせないって決めたから、愛美さんが罪悪感を感じる必要は無いよ。僕だって愛美さんに言い寄る男が出てきたら同じ事言うから」
 突然の事に慌てても、女の私では力の入った優希君の手はびくともしない。
 その上、私に対する気遣いで、相手の女の子に対して“役得”だって言ってくれた事も分かって、嬉しすぎてこのままの状態でしばらくいたいって本能で思ってしまう。
「愛美さんをこう出来るだけで、僕の心臓がバクバクしてるのを愛美さんに直接聞いてもらうまでは、愛美さんを離したくない」
 でも衆目を集める校内で、優希君の心臓の音を聞けと言われても私自身の心臓の音も、優希君から私への気遣いと相まってすごい事になっているのに、優希君のドキドキだけを聞き分けられる訳がない。
 もうさっきまでの不安も何もかもが吹っ飛びそうだ。
「分かった。分かったから一度放して?」
 自分の心臓の音も優希君にバレそうだと……バレ、そう……だと……
「――っ?!」
 ちょっと待って。これってこれって私の心臓の音も優希君に聞こえるかもしれないくらい密着してるって言う事は……今の優希君の匂いと背中に回された手。そっちにばっかり意識をしていたけれど、気付いてしまえばそれどころの話じゃない。
  しかも優希君も気づいているのかどうなのかは知らないけれど、どんどん背中に回っている手の力は強くなっている気がする。
 でもこんなに恥ずかしい事、こっちからはとてもじゃ無いけれど聞けない。
「僕の心臓の音、聞いて貰えた?」
「うん聞いた。聞いたからちょっと息させて?」
 嘘に決まっている。こんな状況で、気付いてしまって心臓の音まで聞く余裕なんてある訳がない。
 私が恥ずかしさでどうにかなりそうだと言う所で、優希君がようやく私を解放してくれる。
「――っ」
 けれど、今度は優希君の視線が私の唇に完全に固定されているのが、至近距離だからなのか嫌でも分かってしまう。
 もちろん優希君相手に嫌だなんて気持ちが沸くはずがない。それどころか……どころか……
「?!?!」
 自分で考えて、その、ごく自然に思い至った先に自分で驚く。
 その時点で私の中の恥ずかしさが振り切ってしまったから、真っ赤な顔を隠す事も出来ないまま、優希君の匂いを上半身に纏ったまま、背中に回してくれた優希君の手の大きさの感覚を背中に残しながら
「私はまだ雪野さんとした事忘れられて無いよ――優希君のエッチ」
「あ! ちょっと愛美さん! それは――」
 一度蒼ちゃんが待っているであろう教室へと逃げ帰る。


「愛ちゃんどうだった? どんな子だった? ってどうしたの? その真っ赤な顔」
 逃げても体の奥まで入った優希君の匂いが取れない。そうするとずっと優希君を体の中で感じる事になるのだから、私の体中に広がった熱が中々引かない。
「蒼ちゃんちょっとごめんね」
 だから蒼ちゃんに断ってから、抱きつかせてもらって深呼吸をさせてもらうと、
「そうしてると愛ちゃんが危ない男の人みたいだよ」
 もちろん嫌な訳じゃ無いし、むしろ今までにないくらい優希君を近くに感じることが出来るのだからすごく嬉しいに決まっている。だけれど、背中に回された手の温もりと体の中に入ってしまった優希君の匂いで上がった体温も下がらないし、ドキドキしている心臓も一向に落ち着いてくれないのだ。
 なのに今の私の気持ちを知らない蒼ちゃんがまた、私を男の人扱いをしてくる。
「蒼ちゃん。私を抱きしめて欲しい」
 だけれどそんな事はいったん全部後回しにさせてもらう。
 この後は蒼ちゃんも含めた女4人での初めてのお茶会なのだ。だから先輩として威厳を保つ意味でも、平静になった状態で、みんなでのお茶会に挑みたい。
「ひょっとして空木君が朝の女の子に?」
 優しく私の背中に手を回してくれた蒼ちゃんの雰囲気が変わる。
「うん。ちゃんと断ってくれたんだけれどね……」
 でも私は恥ずかしすぎてその後の事は中々口に出来ない。

 少しの間だけ蒼ちゃんに抱きしめてもらいながら、私の中にある優希君の何もかもを上書きしてもらって、やっと胸のドキドキが落ち着いて来たからと蒼ちゃんから離れたところで、
『空木君?』
 どうやら彩風さん達との待ち合わせ場所の連絡を優希君がして来てくれたみたいだ……と思うけれど……また私の心臓が早くなり始める。
『分かった。愛ちゃんに伝えておくけど、ちゃんと愛ちゃんを大切にしてくれたんだよね?』
 そしてそれ以外にも何かの話って言うか、蒼ちゃんも私と優希君の事を気にしてくれていたのか、さっきの話を始める。
『……』
 しかも優希君が何を返したのか、蒼ちゃんが私の表情を見て、
『愛ちゃん今はいないけど、何か酷い事したの?』
 優希君に嘘をつくって言うか、そこで初めて私のさっきの行動に対して何かを誤解している可能性に思い至る。
 何の話をしているのか、お互いにだんまりなのかは分からないけれど、蒼ちゃんが再び私の顔をじっと見つめる。
「……愛ちゃん空木くんと喧嘩した?」
 そして私に予想を裏付ける蒼ちゃんからの質問。私が慌ててかぶりを振ると、
「……」
 え゛。気付けば半眼になっている蒼ちゃんが、無言で私に携帯を差し出してくる。
「いや蒼ちゃん。今私いない事になっているんだよね?!」
 ただですらどっかに行っていたはずのドキドキが舞い戻って来ているのに、どうして蒼ちゃんもそんな意地悪を言うのか。
「ちょっと待ってね空木君。今愛ちゃん戻って来たから代わるね」
 私の退路を完全に絶った上で、改めて携帯を私の方に差し出してくる蒼ちゃん。
「……早くしないと彩ちゃんたちをどんどん待たせるよ?」
 尚渋る私に半眼で追い打ちをかける蒼ちゃん。だったら私たちの事にかまわずに早く待ち合わせ場所に向かえば良いのに……
『……もしもし、優希君?』
 結局電話に出る羽目になる私。
『愛美さんの声が聞けて良かった。さっきはどうしても愛美さんを近くに感じたかったのと、愛美さんに僕の気持ちを分かって欲しくて……さっきはごめん』
 当然さっきの優希君の感覚を覚えている私の体が熱を持つ。しかも私を感じたいって……そんな事言ってもらえたら嬉しさと喜びで満たされて、面倒くさい私とさっきまでの恥ずかしかった私ごと、どこかへ飛んで行ってしまう。
『私もごめん。私も嫌じゃ無かったよ。でも恥ずかしかった私の気持ちは分かって欲しいな』
『……じゃあ今度からこう言うのも二人で少しずつ慣れて行こう!』
 私は恥ずかしかったから加減して欲しかったのだけれど、優希君の方は私に対する積極性が増しているような気がする。
 つまりさっき私が一番恥ずかしく感じた事を、優希君も意識していたって事なのかもしれない。
『……優希君最近エッチだよね。その話はまた改めて今度しようね』
 恥ずかしさもさることながら、目の前の蒼ちゃんからの半眼にいたたまれなくなって来た私が、話を切り上げようとするも、“こう言う話”だからなのか
『僕はそんなつもりじゃないって! 僕はただ愛美さんを近くに感じたかっただけなのに……』
 何がそんなつもりじゃなんだか。すぐに言い訳が出来るって言う事は“そう言う事”を意識していたって事だと思うんだけれど、その辺りはどなのか。聞いてみたいけれど、蒼ちゃんのため息がすごい事になっているし、人の携帯で話すような内容じゃない気もする。
『どうなんだか』
 だから一言だけ返して話を終わりにしようとしたら、
『じゃあ改めて連絡するから、今週の日曜日のデートの時にこの話をじっくりしよう。それじゃあ今日は楽しんで来て』
 優希君の下心を私に見せるだけ見せて一方的に通話を終えてしまう。
「……はい。蒼ちゃんありがとう」
 依然半眼の蒼ちゃんに電話を返すと、
「蒼依もすごく心配したんだから、後で詳しく教えてね。愛ちゃん」
 どうやらここからが本番なのかもしれない。

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