第113話 断ち切れない鎖 6 ~揺れる鎖・立つ音~  Bパート

文字数 6,509文字


 私が穏やかな気持ちで教室に入った時、
「おい岡本! お前のせいで親にバレた責任、どうしてくれるんだよ」
 いや、教室に入る直前で止められる。
「はぁ? 親にバレたって何の事よ」
 せっかく穏やかな気持ちで登校できたのに、意味の分からない文句のせいで色々と台無しになってしまう。
「お前がセンコーにチクったから、センコーが家に電話しやがったんだよ」
 朝早くて誰もいないからかもしれないけれど、今日は珍しく一人で私文句を言いに来る女子生徒。
「センコーセンコーって、その言い方辞めてくれる? 大体その件だってあんたの勝手な“ありがた迷惑”が原因だっての」
 やっぱりその内容はお門違いも甚だしい。それにただの“ありがた迷惑”で親に電話とかはさすがに無いと思うから他にも何かをやっているとしか思えないんだけれど。
「お前は良いよな。遊んでても成績はそのままだし、男も選び放題。おまけにセンコーにまで色目使って好きな事出来て。あのセンコー岡本にラブなんだからやり――っ!」
「――調子乗んなよ。どういうつもりかは……まあ分かるけれどあんまりオイタが過ぎると本気でキレるよ? それと勝手な妄想を吹聴したら、保健室送りにするからそのつもり、しておいてよ?」
 とんでもなくシャレにならない事を口にしようとした女子生徒にキレた私は、2オクターブ下げた上、低音を効かせた声で忠告をさせてもらう。
 もちろんその過程で、女子生徒廊下側の壁面に叩きつけるようにして追い込んで、そのまま両手で壁ドンの要領で逃げられない様に追い込んでから。
「ふ、ふざけんな! 何でこっちがいつもいつも悪者なんだよ! こっちは親呼び出されて、“推薦”も取り消しになって、挙句の果てに昨日はまた学校側から電話だぞ? 一体岡本一人のせいであたしんちがどんな事になってんのか分かってんのか?!」
 本当に私に対して怒りと言うか、憤りを感じているのか言葉に詰まりながらも言い返してくる女子生徒。
 その気概だけは買うけれどそこまでだ。売られた喧嘩を買うかどうかはこっちで決める。買うかどうかはこっちの自由なのだから。
「“推薦”の取り消しだとか、親にバレたとか全部自分がまいた種なんじゃないの? 何でそれを人のせいにすんの?」
 あまりにもお門違いすぎて話にならない。
 そして言い合っている最中にメンバーに囲まれた咲夜さんも登校してくる。
「何無責任な事言ってるんだよ! 岡本が余計な事を言いさえしなかったら、こんな事にならなかっただろ」
「私が言いさえしなかったらって……友達がアンタらにされている事を

見て見ぬふりをしろって言う事?」
 ちょうど女子グループの一人がこっちに視線を投げただけで、そのまま教室の中に――
「待てって。まだ話は終わってないんだから、自分から売った喧嘩くらい最後まで責任持てって」
「――っ!!」
 この状況からでも逃げようと考えたのか、腰をかがめた女子生徒の足をそこそこの力で蹴る。
「何ビビってんの? あんたらが園芸部後輩にしていた事じゃないの? 私の親友にしていた事でもあるんじゃないの? いやそれよりもまだだいぶマシなんじゃない?」
 言いながら足を振りかぶって、股の間の壁に足を蹴り入れる。
 それで女子生徒の膝が笑い出したところで、
「もし、あんたが今言った先生との事で、その下卑た考えが私の耳に入ったら、誰が言ったかは関係なく

を保健室送りにしてあげるから、そこんとこオトモダチに注意を促しておきなよ」
 それだけを言い落して、
「ああ。そう言えばアンタらと昨日放課後に喋っていたせいで待ち合わせ場所に遅れた事、改めて文句を言いに行くからそのつもりはしておいてね」
 改めて私は教室へと入る。


 そして一通りの朝の準備を済ませたところで、
「おい! さっきはダチを可愛がってくれたみたいだけど、何の文句だったんだ?」
 友達が困っている時には声すらかけなかった女生徒が、凄んで来るのを咲夜さんと実祝さんが不安そうに見て来る。
「文句? 文句を言われたのはこっちなんだけれど。“推薦”の取り消しとか、親にバレたとか言って知らない内に私のせいにされてたんだけど、友達だって言うならちゃんと相談事くらいには乗ってあげなって」
 だけれど私からしたらこんなの何とも思わないし、一人だとこいつらは何も出来ない事は分かっているから、全く不安に思う事は無い。
 そんな事よりも今日、明日で初学期も終わりなのに、そこそこの生徒が集まりつつある教室内にもかかわらず、まだ蒼ちゃんの姿が見えない事の方がよっぽど不安だったりする。
「乗ってあげなって、昨日の事も部活の事もみんな岡本がハメた事だろ。しかも約束に遅れたって、島崎の他にも男作ってんのかよ」
 こいつは男がいないと生きていけないのかと思うくらいに、いつも男、男って口にしている気がする。
「ハメたって人聞きの悪い事を言わないでくれる? 私の忠告を全部無視して好き勝手したのはあんたらの勝手だって。それにメガネの事なんてどうでも良いから好きなだけ色目を使うなりして告白なりして男作れば良いじゃない。ああ、その際に教えておいてあげるけれど、あまりそこらじゅうで男、男って言わない方が良いんじゃない?」
 男の人の事なんて知らないけれど、仮に女が、彼女が、なんて言っている男子の近くに寄りたいとは私は、思わない。
「自分が男に困る事は無いからって、こっちが盛ってるみたいな言い方すんな。まあでも、その余裕がどこまで持つかは楽しみだけどな」
 間違いなく優希君と咲夜さんの事を言っているのだろう事は、その下卑た視線からは容易に想像が付く。
「あんたらが何をしようとしているのかは知らないけれど、嫌がっている咲夜さんに無理やり何かを強制しているのなら、それはもうイジメだからね。それだけは先に言っておいてあげる」
 だから私の友達の事、最後まで今のグループの事を思って苦しんでいる、懊悩している咲夜さんの事を想って最後通牒を出しておく。
「ハァ? 友達の為に体張れないで何が友達なんだよ。そう言うのは友達って言わないんだって」
 何を勝手な理屈をこねて口にするのか。だったらさっき私に喧嘩売って来た女子生徒を体を張って助けてやれって。
 だけれどこれは私の考えであって、相手に押し付ける気はさらさらない。ただし、向こうの言い分に対してもまた、考え方が違い過ぎるから私の方に押し付けられる気もない。
「分かった。アンタがそう言う考え方をするんならそれでも良いけれど、咲夜さんは私の友達でもあるから、

私の友達にオイタが過ぎたら、私の方にも考えがある事だけはしっかり覚えておいてよ?」
 当然睨みはさせてもらうからと、何かあった時の事まではちゃんと伝えておく事にする。

 その後は昨日の事もあったからなのか、
「……」
 私に無言の圧をかけるだけで、直接の手出しをしてこないのを確認したところで――
「……蒼……ちゃん?」
 ――蒼ちゃんの格好を見て、思わず駆け寄る。
 そしてもう少しだけある朝礼までの時間、蒼ちゃんを廊下へ連れ出す時も
「――っ!」
 体をびくつかせる蒼ちゃん。
「蒼ちゃん。何かあったんだよね」
 だから蒼ちゃんに触れずに正面から蒼ちゃんに問い質す。
「何もないよ。ただ今日は寝坊して急いで制服に着替えて来たからこんな格好なだけだよ」
 だからって普段から服装に関しては私以上にしっかりしているし、その中でも見目麗しいオシャレをしている蒼ちゃんが、こんなヨレヨレなブラウスを着て登校してくるわけがないし、蒼ちゃん自慢の艶のある黒い髪もまとまっていない。
 それに蒼ちゃんが今まで寝坊なんてした事もないし、万一寝坊しそうになったら蒼ちゃんのおばさんが必ず起こすはずなのだ。
「蒼ちゃん。昨日私に言ってくれたところだよね。嘘ついたら本気で怒るって。私は蒼ちゃん相手に怒る事なんて出来ない代わりに、蒼ちゃんが私に対して嘘をつくんなら、蒼ちゃんが私に対して隠している事、秘密にしている事、あらゆる手段を使って調べるよ」
「蒼依の秘密って……蒼依との約束は、夕摘さんとの仲直りは? 蒼依の腕の事は? 全部全部……どうでも良いの?」
 蒼ちゃんがあの時してしまった約束を持ち出してくる。
 だけれど、私もあの時のままじゃない。このまま引き下がれ――
「――触らないで! 蒼依との約束を守ってくれない愛ちゃんは触らないで!」
 私の手をはたき落とした蒼ちゃんが、明確に私を拒絶する。
「そんな事よりも愛ちゃんは何考えてるの!」
 私がこんなにも心配して、蒼ちゃんからの初めての完全な拒絶で、こんなにも心が張り裂けそうになっているのに“そんな事よりも”って、親友以上の大切なことが他に何があると言うのか。
 どうして周りのみんなは知っているのに、蒼ちゃんの一番の親友であるはずの私だけが知らされていない事があるのか。
 私の悔しい気持ちなんて何一つ分かってくれていない蒼ちゃんに
「何考えてるって、私にとって一番の親友の事に決まっているじゃない。それよりもって今蒼ちゃんは言ったけれど、それよりも大切な事ってあるの?」
 少しでも分かって欲しくて蒼ちゃんに言い返す。
「じゃあ空木君の事はもう良いの? あんなにも大好きな空木君の事はもう良いの?」
 蒼ちゃんの言葉に冷や水を浴びせされたような気持ちになる。
「良いのって何が? 優希君にまた何かあったの?」
 でも今日は一緒に登校していたし、妹さんとも一緒に登校している。今朝の優珠希ちゃんの優希君に対する態度を見ていても優希君に何かあったとは思えない。
「――っ?! って、ちょっと待って蒼ちゃん! どこ行くの?!」
 さっきの蒼ちゃんからの質問と、蒼ちゃんの向かう方向にあらかたの察しを付けた私が
「――っ」
 痛がる素振りを見る蒼ちゃんにかまう事なく腕を掴んで引き留める。
「愛ちゃん離して」
 それでも蒼ちゃんが咲夜さんの元へ向かう意思は止められない。
 蒼ちゃんと咲夜さんが仲良く喋ってくれるように願っていたのは確かに私だけれど、こんな会話は絶対に駄目だって言う気持ちを持って、蒼ちゃんを止めにかかる。
「離さない。今、私がこの腕を離したら絶対に蒼ちゃんが後悔する」
 咲夜さんに関して、私が知らなくて蒼ちゃんが知っている事があるのはもう確実だ。だけれど二人ともが口を割ってくれない以上、私は親友が後から後悔しないように、友達を信じる事しか出来ない。
「アノ人が裏で何をしてるのか愛ちゃんは何も分かってない! 本当なら愛ちゃんにはあんな人とはもう二度と喋って欲しくない。関わって欲しくないっ! 愛ちゃんの優しさを利用するような友達なんて蒼依は要らないっ!」
 だけれど蒼ちゃんの口から出て来たのは、咲夜さんを完全に友達から外す拒絶と言うよりかは、排除の意思だった。
 当然そんな話を教室内でしていたら、いくら蒼ちゃんに話しかけるクラスメイトはいないと言っても、誰も聞いていないのとはまた違う。
「――っ」
 私たちの会話を耳にした咲夜さんはそれ以上聞きたくないとばかりに、机に顔を俯けて
「……」
 実祝さんは蒼ちゃんにムッとした表情を向ける。
 当然咲夜さんグループも色めき立つけれど、私たちの喧嘩に他人が首を突っ込むな、私の親友に絶対手を出すなと睨みを効かせる。
 咲夜さんが机に突っ伏したのを、表情を無くした蒼ちゃんが一瞥だけした後、私にも不満顔を浮かべて自分の席へと戻って行く。
 結局間もなく先生が来るからなのか、色めきだった咲夜さんグループも他のクラスメイトもそれ以上は何も言う事は無さそうだった。
 ただ万が一にもこれ以上蒼ちゃんに何かあったらいけないからと、いったん咲夜さんも実祝さんも後回しにして、もう一度睨みを効かせたところで、担任の先生が入って来る。


 ただクラスに先生が入って来た時、結局制服・ブラウスを整えていなかったのか、明らかに蒼ちゃんの制服は乱れたままだったし、その蒼ちゃんの言葉を耳にしてしまった咲夜さんは机に突っ伏して肩を震わせている。
 とても明日が終業式だとは思えない中で今日の朝礼が始まる。

「今日と明日で初学期も終わりなのに、みんな何があったんだ?」
 先生が朝礼でも連絡事項も前置きも関係なくクラスのみんなに問いかける。
「前の夕摘の時もそうだったし、月森の時にも言ったと思うが、あと四か月だぞ? どうしてその間だけでも踏ん張れないんだ? 正直残念なことにこのクラスの中に、学校側から今回の件で重いペナルティを受けた者もいる。だけど、それも全部自分がして来た事だろ」
 そう言ってクラス全体を見渡す先生に向かって笑顔を向ける。
「だけどそれで全部が終わった訳でも無いし、お前らみんなはまだ現役で周りに助けてもらえる仲間がいっぱいいるんだぞ? 今結果が中々出なくても来年の本当の最後三月までは後期試験だってあるんだぞ?」
 そこで先生が視線を止める。もちろん今回は私じゃない。
「俺がお前らに叱ったり注意したりするのは憎いからじゃないぞ? 言葉で分かって欲しいから、仲間を大切にして欲しいから注意するんだぞ?」
 そう、この先生から頑張れとは一度も聞いた事が無い――いや正確に言うと、私との面談の時に一度だけ

と言ったはずだ。
「それからお前らにものすごいプレッシャーがかかっている事は、俺らだって通った道だから分かってる。だから成績の事で、俺らから文句を言ったり注意をした事は無いはずだぞ? お前らの習熟度に関しては俺たち教師側の責任だからな」
 今度はそう言って実祝さんで視線を止める。
「だから俺は前にも言ったけど、別に俺に聞きたくなければ俺に聞く必要は無いし、このクラスじゃなくても他のクラスの仲の良い奴に聞いた方が分かり易いって言うんなら、それでも良いって言ったんだ。そのための学校で、その為の仲間だろ。これは予備校生や浪人生では絶対に準備できない環境なんだぞ」
 先生のあの時口にした真意を聞いて目からうろこが落ちたような気持になる。
 もちろん後付けの理由なのかもしれない。それでも先生の秘めたる気持ちや想いを知ってからは、いかに理想の先生を目指しているのかがよく分かるし、その気持ちには私にはもう十分すぎる程に伝わっている。
 こう言う《視点の違い》は気づけなければ、何とかして自分から気付こうとしなければ、他人の話に真剣に耳を傾けなければ気付けないんだと思う。
 その時に先入観を持ってしまっていると、それだけでもダメになってしまう気がする。
 でもこれはあの日、打ち明けてくれた私と先生だけの秘密。
 優希君にも言うつもりは無かったりする……いい女には秘密があるってね。
 私は微笑みで先生の応援を続ける。
「そして時間が無いから最後にするけど、悩んでる事があって誰かに相談したい事があったら相談してくれ。そして俺が頼りないんなら別の先生でも、クラブの顧問の先生でも良いから相談してくれ。一つ悩みが減ったらその分集中も出来るし、結果も出やすくなる」
 そう言って最後に咲夜さんで視線を止める先生。
「月森と防は昼休みに職員室まで来てくれ。解散!」
 みんなそれぞれ先生の言葉に思う所があったのか、結局一限目が始まるまで誰一人として、席を立つ人も声を上げる人もいないまま、初学期残り二日、午前中の授業が始まる。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
  「岡本さんは空木の奴が雪野を選んだとしても、まだ諦めきれないのか?」
            諦められない会長の猛攻は続く
       “無知は罪なり、知は空虚なり、英知は英知なり”
      教頭先生から会長へ与えられている課題……とその意図
    「いや、なんだかんだ言っても愛先輩は副会長一筋なんだなって」
            気付けば冷やかされている

 「防と月森って少し前から仲が悪いように見えてたんだが何かあったのか?」

       114話 近くて遠い距離5 ~ガラス越しの想い~
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