第111話 自信と信頼「関係」~言葉の形~  Aパート

文字数 6,801文字


 結局蒼ちゃんから私への説教を免れることが出来ないまま、午後の授業を受ける事に。
 その午後の授業が始まる間際に教室に戻って来たからか、何がどうなったかは分からないけれど、昨日の電話で元気になったはずの咲夜さんと、今朝の事があるからか実祝さんの元気もなくなっていた事は
「……」
 印象に残った。

 そんな気がかりを残した午後の授業が終わった終礼までの時間。
今まで同調の的にしてきたはずの実祝さんを女子グループが囲み始めるのを目にして
「……愛ちゃん。夕摘さんは本当に良いの?」
 瞳を揺らす蒼ちゃん。
 一方でそんな実祝さんを心配そうに見つめる咲夜さん。
「……」
 揺れた蒼ちゃんの瞳を見ていると、思っている事を口にするのは憚られた。
「前にも言ったけど、夕摘さんは蒼依じゃなくて愛ちゃんから喋りかけてくれるのを待ってるよ」
 言葉とは逆に揺れ続ける瞳で私を責めるように見て来る。
 女子グループに馴れ馴れしく肩を叩かれ、談笑している姿を目にしながら。
「でもそうなる事で、実祝さん自身が集団同調の的から外れるのなら……それも一つなんじゃ――」
「――愛ちゃん。次、蒼依に嘘ついたら本気で怒るよ」
 言いよどんだ私の嘘を即座に見破って言葉を挟む蒼ちゃん。
 だから結局は思っていた事も合わせて言わないといけなくなる。
「あの時、また優希君とすれ違いになるかも、喧嘩みたいになるかもって本当に不安だったんだよ?」
 あの金曜日の朝、優希君との話の中で私を襲ったあの足元が崩れて目が回る瞬間。あれを思い出してしまうと今でもどうにもならない。私が実祝さんの方を見ようとすると
「じゃあアノ人と一緒だね」
 蒼ちゃんが私に向かって初めて抑揚のない声を出す。
「アノ人って咲夜さんの事だよね……そう言えば咲夜さんが蒼ちゃんに謝りたいって言ってたよ」
 いくら蒼ちゃんと喋る人がいないと言っても、いつ間違って他のクラスメイトの耳に入るか分からないからと、本当に聞きたかった事とは違う事を口にする。
「謝る? アノ人が蒼依に対して愛ちゃんに謝りたいって言ったの?」
 教室内の喧騒が遠くなる錯覚を起こすくらい、抑揚どころか冷たさを感じるほどの声で、咲夜さんを見ながら私に聞き返す。
 つまりそれって事は咲夜さんもやっぱり、私の知らない蒼ちゃんの何かを知っているって事で、また私だけが知らない……私だけがのけ者になっていると言う事の証拠で……私はまた悔しさをかみしめる。
「そうだよ。咲夜さんが声を震わせながら私に言ってたよ」
 本当なら悔しがる前に、最近一緒にいる姿すら見ない戸塚君との事、そこに咲夜さんがどう絡んで来るのか、何で蒼ちゃんの一番の親友だと思っている私だけが何も知らないのかを聞きたたい。
 だけれどさっきも思った通り、この教室の中、誰が聞いているかも分からない、緘口令を敷かれてしまっているような状態の中で迂闊に踏み込むことも出来ない私は、別の言葉とすり替えてしまう。
「蒼依はあんな偽善者に謝ってなんて欲しくないっ! それにアノ人の話と、蒼依の話――」
「――放っておいて! あたしは貴方たちとは違うっ」
「――……」
 蒼ちゃんの言葉の途中で実祝さんから上がった声に、消えて失くしていた表情と抑揚を戻して表情を柔らかくする蒼ちゃん。
 一方で実祝さんの行動と言うか、言動を目の当たりにした咲夜さんは放心した表情を浮かべている。
 そして実祝さんの言動、ソデにされたことが面白くなかったのか、実祝さんを囲んでいる女子グループが、こいつらの好きな男子がたくさんいる教室内にもかかわらず暴力的になる。
「愛ちゃん。あれ――」
 そんな手の平返しを見て、私が黙っているわけがない。
 私は何かを言いかけた蒼ちゃんには、後で改めて話を聞かせてもらおうと、今の時間の確認だけをして、単身女子グループの中へ突っ込んでいく。


「あんたらさぁ。みんながいる教室の中で何やってんの?」
 そうやって力と暴力を加えて圧力をかけた人間関係なんて、どう間違ったって友達「関係」になれるわけがない。
「岡本には関係ないだろ。今この“スカした姫”に友達付き合いの仕方を教えてやってるんだよ」
 なのに私の気も知らないで友達付き合いを教えていると言う。
「何で友達付き合いを教えんのに、そんな暴力的になる必要があるワケ? それに教えてやっているって、実祝さんはそんなの求めて無さそうだけれど、ありがた迷惑になってんじゃないの?」
 さっき実祝さんの口から“放っておいて!”とハッキリ聞いているのだから、私の方には別におかしい事を言ったつもりはない。
 むしろ実祝さんがしっかり声を上げてくれたおかげで、こっちに動く大義と言うほどもない名分が立ったことは嬉しい。
「岡本。そうやってクラスの男子相手にイイ女アピールして男に媚びるのは辞めろって。もう新しい男できてんだろ? いつまでも副会長に未練残すんじゃねえよ」
 メガネ男子に視線を送った後、やっと実祝さんから離れてくれたのは良いけれど、
「そっちこそ男・男って言うんなら、そんなみっともない“ありがた迷惑”を辞めたら? あと、あのメガネがお気に入りなら、暴力を一切振るわない、男の言う事を何でも聞く大和撫子みたいな女が好みらしいよ」
 こっちはそんなこと微塵も考えてないっての。
 あんたらが私と実祝さんの喧嘩に口を挟もうとするから、私が嚙みつかざるを得ない事を少しは理解しろって。
 そのついでに朝の教室内から感じた嫌な視線の事を思い出して、優希君相手に使った色声を使わなかった女子グループにメガネの事を遠回しに押し付けておく。
「“ありがた迷惑”とか“島崎君”の事とか、この落とし前を付けてやるから放課後、教室に残れよ。それから岡本のお下がりなんてこっちから願い下げだ――」
 私の煽るような言い方に頭に来たであろう女子グループの一人が、驚くほど男性に対して失礼な事を口にして、私の襟を掴み上げたところで、
「じゃあ終礼始めるぞ――ってそこっ! 何してるんだ!」
 教室に入って来た巻本先生が目を剥く。



「放課後覚えてろよ、岡本――ちょっと岡本さんと喋ってただけです」
 私の耳元で低く言葉を落としてから先生に返事をする。
 私の事だけだったらそれでも良いけれど、今の状況だけだとこの女子グループが実祝さんにしていた事は、全く知りようがない先生に見逃されてしまう。
 蒼ちゃんの事はもう先生には喋れないけれど、実祝さんの事は先生に自信を持って欲しい私がお願いしたのだから。
 しかもその行く末が蒼ちゃんの事にも突き当たるかもしれないのだから、そんな事を私が許す訳も見逃す訳もない。
「実祝さん。さっきのはあんまりだったから割って入ったけれど、朝の事は別問題だから許すつもりはないよ」
 私は実祝さんに一言、先生に聞こえるように言葉を交わしながら、先生と女子グループを交互に見る。
「……後で職員室に来てくれ」
 先生が私の意図に気付いてくれたのか、女子生徒の扱いが口頭注意から放課後の呼び出しに変わる。
「愛美――」
「……」
 私の意図に気付いてくれた先生に笑顔を向けるのを
「……」
 例の女子グループの方からは私を射殺さんとばかりの視線を貰い、実祝さんの声には反応せずに自分の席へと戻る。
 その間に蒼ちゃんから“しょうがないなぁ”の視線と、
「……」
 咲夜さんから感謝一色の視線を受け取りながら。

 その終礼も間もなく終業式と言う事もあって連絡事項についても少なかったのだけれど
「夏期講習の受講申請は今日までだからなー。それと明後日の終業式は午前中授業で昼から終業式だから、一応弁当組は用意して来いよー」
 先生の連絡事項にすっかり忘れていた夏季講習の事を思い出している間に、教室の中が文句と喧騒で包まれる。
 ただ、他のクラスからもどよめきが聞こえるあたり、みんな同じ感想みたいだ。
 その喧騒の中、先生の号令でそのまま放課後へと移る。
「先生! 夏期講習って私、まだ申し込みしていないですよね?」
 その後すぐに廊下へ出た先生を捕まえる。
「確かにまだだけど、岡本の志望校の事を考えると難関国公立で良いんだよな」
 私の質問に名簿帳を見ながら答える先生。
「はい。それでお願いします――それとさっきは実祝さんの事に気付いてくれてありがとうございました」
 先生からの呼び出しは良いのか、放課後の教室でと言っていた女子グループの視線を感じながら先生にお礼を言う。
「いや。岡本が教えてくれなかったら気付けなかった。ありがとう」
 先生は嬉しそうに振舞ってくれているけれど、その中に少しだけ悔しさが混じっている事に気付く。そんな些細な表情からでも先生の目指す理想の先生を垣間見た私は、優希君との事以外で唯一金曜日の日に揺れ動いた感情の事について先生に聞く事にする。
「園芸部って本当に今年度の活動は出来ないんですか?」
 あんな先輩面をした同学年の女子たちをどうにかする気は私は、全くない。
「園芸部の活動って、岡本。あいつらの事を考えてるのか?」
 だから私たち三年が活動できる残り期間の事は口にしなかったのだけれど、それに気づかなかった先生が私に対して驚きを見せる。
「違いますよ。私を慕ってくれる可愛い後輩で、植物・命を大切にしてくれる子がいるんですよ。それに、園芸部の顧問を含む加害者は一通り処分されましたよね。だったら統括会として、一人の人間として、ここでの学校生活を少しでも楽しんで欲しいと思うので、園芸部の部活動禁止処分を再考して頂きたくて」
 だから私は、自分の気持ちを自分の言葉で伝える。
 優珠希ちゃんも御国さんもこれ以上は“ええ”と遠慮はしていたけれど、私は人の笑顔に関しては貪欲なのだ。
「いやでも、もうそれは学校で決まっ――」
 先生が途中まで言いかけた言葉を飲み込む。
「――岡本の気持ちは分かった。だったら先生もどこまで力になれるかは分からないけど、まずは職員会議で今の話をしてみるよ」
 そして首を横に一回振ってから、恐らくは初めに返答しようとしていた事とは違う言葉を口にする先生。
「でも先生も忙しいんですよね?」
 自分で言いだしておいてなんだけれど、先生も“夏休みは返上”みたいな事を言っていた事を遅れながら思い出す。
「忙しいのは忙しいけど、岡本が俺を頼ってくれたんだったら今度こそ無碍にする事なく、力になりたいんだ」
 前回の時は
 ――相談に乗らないといけないんだ――
 そして今回は
 ――力になりたいんだ――
 一聞一緒のように聞こえるかもしれない。普通って言うか他の人なら全く気付かないかも知れない。
 でも私は朱先輩から今まで数えきれないくらいたくさんの事を教えてもらっている。そして本当に人の話を聞くと言うのがどう言う事かも合わせて教えてもらっている。
 だからほんの些細な言葉の違いが、私の心の中に大きな喜びとして広がって行く。
「先生っ! ありがとうございますっ! 先生に話してみて良かったです」
 実際の所はいくら統括会の人間だからと言って、学校の決定に対して一個人の意見でどうこうなるとは思えない。
 それでも自分の意見は言葉にしないと相手に伝わらないし、何より私の言葉を耳にしてくれた先生の反応を目の当たりにして初めて気づける他者、先生の気持ち、心境が垣間見える事もあるのだと分かる。
 そう、先生があの放課後の面談の時に話してくれたのは、全て本当の事で、私にとっては頼りになる先生だって事を。
「――っ! じゃあ先生は行くな。今日はありがとう」
 私の事を好いてくれている先生が、一瞬見惚れてくれていたみたいだけれど、我に返って教室内――例のグループの女生徒を一瞥だけして職員室に戻る先生を
「ありがとうございます」――私にとって頼りになる先生……
 見送る。
 でも私も先生も、その決定的な一言を口にもしていないし耳にもしていないのだから、お互いがお互いとも、お互いの気持ち、抱く感情の事なんて知らない。
 だから私はそれ以上先生に声を掛ける事無く、女子グループを待たせている教室へと戻る。


 教室へ足を踏み入れた時、女子グループの他に何故かあのメガネがいた。
 メガネに関わるとロクな事が無いからとそっちは放っておくとして、
「で? 私と喧嘩するんだよね。それよりも先生の呼び出しは良いの?」
 先週の園芸部での騒ぎの時に膝打ちをかました女生徒に狙いを定める。
「センコーの呼び出しって、岡本が売ったんだろっ? しかもあのセンコーと蜜月かよ」
 男子のいなくなった教室内……失礼、メガネ以外の男子がいなくなった教室内、遠慮するのを辞めたのか、下卑た思考と言葉を平気で口にする女子グループ。
「売ったって……私さっきもそうだけれど実祝さんと話をしただけなのに売ったって何よ? それから先生に相談したのも実祝さんの事なんだけれど……あんたら私と実祝さんの喧嘩に首突っ込んでただで済ますつもりはないから」
 メガネの印象とか本当にどうでも良いのだから、私も遠慮なくその喧嘩を買わせてもらう。
「……せ。先週の事、あたしはまだ忘れてないからなっ! 岡本も“推薦取り消し”に追い込んでやる」
 そう言ってからスカートの上から手を当てる女生徒。
 何の真似かは知らないけれど、言葉の割には、どもるし腰も引けている。私にビビってんのは丸分かりだっての。
 それにしても何でこいつからが私の推薦の事を知っているのかは気になるけれど、受けるかどうかも分からない“推薦”の話は今はさておくとして、
「先週って私、あんたらになんかした? あの保健の先生に聞いてもらっても良いけれど、私なんにもしてないよね」
 私はさっき狙いを付けた女生徒の前まで行って睨め付ける。
「何もしてないって……何ふざけた事言ってんだっ?! こっちには証拠があるんだぞっ!」
 そう言って優珠希ちゃんとは違ってそこまでの力は無かったはずだけれど、本当にまだ痛むのか机のかどが当たる度に体をびくつかせる女子生徒。
 まあ何でそこにいるのかは分からないけれど、メガネを利用させてもらう事にする……男がっていつも言ってるから利用できないかも知れないけれど。
「そんなに証拠証拠って言うんなら、その証拠を私に見せてよ」
 ――自殺といじめの因果関係が焦点になった時、どうしても不利になるの―― (68話)
 保健の先生の言葉を思い出しながら女生徒に証拠の提示を求める。ただ、実際証拠があったとしても、その証拠は後輩に暴力を振るっていた事に対する正当防衛って言う事で話も出来るから実はあっても無かっても同じだったりする。
 だけれど私はこいつらにそんな事を教えてやる義理は一切持ち合わせていないし、あったとしても微塵もそんなつもりはない。
 そしてそんなところだけは頭と言うか、気は回るのかメガネに視線を送る女生徒。
 そこで私の意図を理解したのか、私に掴みかかろうとする寸前で
「見せらんないんなら証拠なんて無いって事だね」
 私は更に煽る。
「どうしたの? スカートめくればあのメガネ喜ぶよ?」
 男・男っていつも下卑た事ばかり考える癖に、実際には何も出来ない。
 一人で私の所に来ることも出来ない上に、実祝さんに対しても集団でしか行動出来ない醜悪さが浮き彫りになる。
「岡本! じゃあお前が――」
「――今ここで私のスカートめくるんならこのまま保健室に駆け込むけれど、それでも良いの? 保健の先生がどっちを信用するのかは知らないけれど、これ以上あんたらの処分が重くなっても良いんなら私はかまわないよ」
 本当はかまうに決まっている。何でそんなはしたない事をしないといけないのか。今日の昼休みの事だけでも蒼ちゃんからのお説教が決まっているのに、今度はお説教じゃ絶対にすまない。
 でもそんな事を悟らせて、弱みを見せるほど私もお人好じゃない。表情には気を付けながら目の前の女生徒を睨め付ける。
 それに優希君――でも恥ずかしいのにあんなメガネに見られるなんて、冗談じゃない。
「……私は一応これでも止めているつもりだからね。だからこの後の事は全部自分で責任取りなよ」
 だけれどあの放課後の日の腹黒教師の視線を思い出しているのか、その手は下げられたまま私のスカートにすら触れる事は無い。結局はどこまで言っても何の覚悟もない口だけなんだなって内心呆れていると、
「おいこら岡本! お前の相手はあたしだろ? ダチを脅すんじゃねぇよ」
 そうすると今度は実祝さんに対して暴力的になっていた女生徒が自分の事を棚に上げて私の襟を掴み上げたところで、
「さっきから黙って見ていれば……愛――岡本さんからは何も手を出してないじゃないか」
 メガネが私たち女同士の喧嘩に口出しをしてくる。


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