第122話 乙女心 ~好きの先へ~  Cパート

文字数 6,283文字


 後輩二人と別れて今は蒼ちゃんと二人だけでの帰り道。
 蒼ちゃんに悪気が無かった事は百も承知だし、ちゃんと優希君が断ってくれた事も分かってくれてはいる。だけれど私は今日もそうだけれど、昨日から優希君の知らない心を目の当たりにしている。
 誰よりも大好きな優希君の心が分からないと言うのは、驕っていると思われたとしてもやっぱり寂しいのだ。
 もちろん今までの中で信頼「関係」が足りなくて言ってもらえなかった事もたくさんある。でもそう言う時は私に決まって困った顔と言うか、優珠希ちゃん宛てのあの守りたいのに守り切れなかったような表情か、私にも向けてくれないような優しい表情を浮かべていた。にもかかわらず昨日から今日にかけてはただただ雪野さんへの思いやりだけが詰まった視線だったのだ。
 その事が私の中で大きく引っかかっている。しかも普通に雪野さんと会話していた所を見ると、その感情と言うのか、気持ちの現れ方としては普通にある事なんだと、嫌でも思わされる。
「……ごめんね愛ちゃん。蒼依そんなつもりじゃなかったんだよ」
「……うん分かってる」
 だから蒼ちゃんに対して怒るとかそう言う気持ちは全く無い。けれど、やっぱり私の中では一番に笑っていて欲しい優希君が疎外感と孤独を感じていると分からなかったのはショックだったのだ。
「空木君は愛ちゃんの事がとっても好きだから、そんなに落ち込まなくても大丈夫だって。それに空木君は愛ちゃんになら、今は分からなかったとしてもちゃんと気持ちを教えてくれると思うよ。お互いに隠さずに話すようにしてるんだもんね?」
 私と優希君の約束と言うか、意識していた話を少女漫画を読むような眼で見聞きしてくれていた蒼ちゃんが、その話を引き合いに出してくれる。
「……」
 でも今日は一年後輩女子の事もあって、気持ちがすごく揺れているのが自分でもよく分かる。私ってこんなに不安定だったっけ。今晩は優希君の声を聞かないと多分眠れない。
「……本当に愛ちゃんは空木君の事が大好きになったんだね」
 私を不安にさせてしまった罪悪感からなのか、蒼ちゃんの瞳が潤む。
「……うん、好きだよ。先週はとっても辛かったし、今でも雪野さんとした優希君の事は忘れられない。でも私の気持ちをちゃんと受け止めてくれて、優希君も気持ちを正直に伝えてくれた。それに今日の告白の返事だって、私を二度と悲しませたくない、泣かせたくないって言う気持ちから断ってくれたって言ってくれた」
 それってつまり、相手の女の子の前でも、女の子にとっても大きいイベントである事に変わりない告白の際にも、ちゃんと私の事を考えてくれていたって事で、女の子の私からしたらこれ以上嬉しい事は無い。
「……良いなぁ。愛ちゃん本当に良い人を好きなったんだね」
 そう言って蒼ちゃんが私に抱き着く。その肩が小さく震えている。
「ごめんね。蒼ちゃんを責めるとかそう言うつもりじゃなかったんだけれど、どうしても優希君の今の気持ちが気になって……」
 往来の真ん中だろうが関係ない。私も蒼ちゃんの背中に手を回す。
「……ううん。愛ちゃんの乙女心は“誰よりも”蒼依が“一番”理解してるから。蒼依も二人の協力を全力でするから、蒼依の力で少しでも安心出来たら嬉しいかな」
 やっぱり私には蒼ちゃんが大切だし、蒼ちゃんも幸せになって欲しい。
 これだけはどれだけ優希君の事が好きになったとしても、変わらないかも知れない。
「ありがとう蒼ちゃん。それからごめんね」
 私は心の中だけで蒼ちゃんに対する気持ちを、再確認したところで、明日から夏休みとは言え、昨日から家を留守にしていた蒼ちゃん。
 少しでも早く蒼ちゃんのおばさんたちに蒼ちゃんの笑顔を見せてあげて欲しくて、
「じゃあまたいつでも連絡してくれて良いから、今日は早く家に帰っておばさんに蒼ちゃんの元気な姿を見せてあげてよ」
 二人不器用かもしれないけれど、笑顔を見せあって初学期最後の帰宅路をいつもの分岐点まで歩く。


 蒼ちゃんと喋って少しは元気が出た私は、そのままスーパーに寄って少しだけ買いだめしてから家に帰る。
 夏休みの課題も相まって、かなりの重さになったのに、
「おうねーちゃん。腹減った」
 いつも通り自分の事ばっかり口にする慶。
 しかも今日は蒼ちゃんがいないから、その下心も全く出て来ない……いや弟から下心が見えたら今度こそ絶交になりそうだけれど。それでも荷物持ちくらいはしても良いんじゃないのか。
「腹減ったって……文句言うんならこれ持ってリビング行きなっての」
「んだよ。結局男は荷物持ちだとか思ってんのかよ」
 なんでいつも慶の為に朝も夜も作ってんのに、そんな言い方をされないといけないのか。もう毎日蒼ちゃんに泊りに来て欲しい。
 そんな慶の相手をするのもアホらしかったから、どう思われても痛くも痒くもない慶の文句を聞き流して、取り敢えず夜ご飯だけ準備を済ませてしまう。

「で? 結局成績はどうだったのよ」
 あれだけお小遣いアップとか、定期テストの結果をテーブルの上に並べたりしていた慶が、夕食時になっても一向に話を振って来ない。
「……なんだよ。おかんには俺が交渉するんだろ?」
 慶がそのつもりなんだとしたら、私からは何かを言う事は無いけれど、その機嫌の悪さが何となくの予想をさせてしまう。
「じゃあもうお姉ちゃんは本当に何も知らんふりで良いんだね」
 まあ慶の好きなようにしたら良いって言ったのは私なんだから、ここまで聞いてやる必要は無かったのだけれど、
「……」
 ふてくされて返事を最後までしなかった慶。
 まあそれだけである程度の予想は付いてしまったから、これ以上私から根掘り葉掘り聞くのは辞める。結局成績表って言うのは中間考査も入るって事なんだと結論付けてしまう。
「お姉ちゃん明日・明後日はずっと家にいるけれど、慶はどうすんの?」
 来週からの夏季講習と夏季課題の量を考えると、早速手を付けないと夏休みのお盆までに課題自体が終わらないと言う由々しき事態になりかねない。
「家にいるって、ねーちゃんは遊びに行ったりしないのかよ」
 何でか知らないけれど、心なしか嬉しそうな表情をする慶。だけれどそんな意味不明な慶の表情よりも、慶の生活態度の方が余程重要だ。
「遊びに行くって……お姉ちゃんは受験生なんだから、この夏休みが勝負に決まってるっての」
 それに慶もお小遣い少ないから七月は家で勉強しておいた方が良いんじゃないのか。でないと毎年のように夏休みの終わりの方で焦る事になるんじゃないのか。まあ毎年いくら言っても中々聞かないからもう私から言う事は無いけれど、ただ今年は今までとは違うからこれだけは言っておかないといけない。
「先に言っておくけど、お姉ちゃん。今年は受験だし夏休み最終週と夏休み明けにもテストがあるから、慶の夏休みの課題に付き合えないからね」
「夏休み最終週って……夏休み中にテストがあるのかよ?!」
 私が親切に言っているのに、全然関係ない所に反応する慶。これじゃあ初っ端から何を言っても無駄かもしれない。
「そうだっての。ちなみに来週から夏季講習に学校に行くから、昼は自分で用意しなよ」
 朝と晩だけは気が向いたら用意してやるけれど、それも慶の態度によっては気が変わるかもしれない。
「……」
 何を想像したのかは大体分かるけれど、嫌な顔をするだけで返事をしない慶。
 それ以上は不毛な言い合いになりかねないからと、何か言いたそうな慶の視線を放って、その他諸々の準備を済ませてしまう。

 ……お風呂とか、お洗濯の事だって思ったんだろうけれど、イチイチそんな細かい事は言わないからね。
 いくら期待してもそれだけは駄目だよ! 私にはもう優希君がいるんだからそう言う話はナシナシ!

 その後私は自室にこもって、今朝から聞きたくて聞くことが出来なかった咲夜さんに対する“呼び出し”の話が聞きたくて携帯を手にしたら、逆に咲夜さんの方から着信跡が入っていた……って言うか、今日は色んな人から携帯を忘れていた分、着信と未読のメッセージもたくさん入っていた。
『ごめん咲夜さん。さっき電話くれていたんだね』
 しばらく鳴った呼び出し音の後、咲夜さんが少し元気無さそうに電話に出てくれる。
『うんそうだけど、忙しかったらまた今度でも良いよ』
 けれど、消極的な言葉が引っ掛かる。
『明日からは夏休みだから私の方の時間は気にしないで大丈夫だよ』
 だからこっちからは敢えて何も言わずに咲夜さんが話しやすい雰囲気を作る。
『……』
 けれど、そこで咲夜さんが止まってしまう。
 だからこっちから咲夜さんが言い易い様に話を振る。
『そう言えば実祝さんにはあれから夏季講習の連絡をしてくれた?』
 実祝さんの事になると饒舌になってくれる咲夜さんにその話を振ると、
『さっきその話を実祝さんとしてて、実祝さんが愛美さんに感謝してたよ』
 やっぱり実祝さんの事になると、口が軽くなるみたいだ。
『愛美さんもそこまで親切にしてくれるんなら、直接喋ってくれれば良いのに。結局初学期の間に愛美さんと仲直りが出来なかったって最後まで落ち込んでたよ』
『じゃあ実祝さんも夏季講習の申し込みはしたの?』
『……ねぇ愛美さん。あたしの事を考えてくれるのは嬉しいけど、やっぱり友達と仲良くして欲しいよ』
 私の質問に答える事なく、咲夜さん自身の想いであろう気持ちを口にしてくれる。
『でも咲夜さんが実祝さんと仲良くしてくれてるんでしょ?』
『だからって愛美さんはもう仲良くする気はないの? 蒼依さんとの事でそれほどまでに実祝さんの事は許せない事?』
 咲夜さんの口調が私を責める口調に変わる。
 もう実祝さんの事を咲夜さんに任せて大丈夫だと確信する。
『許せないって言うか、この前も蒼ちゃんの事を見る目が変だったし、優希君に対しても酷い事言ったし、私の中の気持ちは複雑なままだよ』
 だから私は少しだけ自分の気持ちに嘘をつく。
『愛美さんって本当に頑固だよね。口ではそう言っても実祝さんに声かけてくれてるし、もうそんなに怒って無いってあたしは踏んでるんだけど』
 だけれど、咲夜さんもまた私の気持ちを看破しつつある。
『じゃあ今日私が気にしている事も分かってるよね?』
 だからここからはこっちの番だ。
『……』
 それを分かっているからか、咲夜さんも口を閉ざす。だけれど、私は友達を諦めない。懊悩する咲夜さんを一人にする気はない。
『もう一回だけ聞きたいんだけれど、何で今朝私を止めたの? “呼び出し”って何の事なの?』
 あの時も感じた咲夜さんを縛る強固な鎖。間違いなく咲夜さんがあと一歩踏み切れない理由だと思うのだ。
『……友達との約「嘘だよね。最近、咲夜さんがあの咲夜さんグループの事を“友達”って自分で言ってない事に気付いていないの?」……』
 そして今はその鎖を引く人間はいない。私と咲夜さん二人だけの会話なのだ。
 だから今度こそ逃がしはしない。
『……愛美さんとの事を色々聞かれた。何であたしが空木君の告白に失敗したのかとか、ちゃんと言われた通りにしたのかとか……でも、心配しなくても愛美さんと空木君との事は何も喋ってないからそこは心配しなくても大丈夫。愛美さんとの約束は破らない』
 だけれど、どうもはぐらかされているような気がする。
 あの女生徒Aにしても私との事を聞いてきたり気にしていたから、嘘ではないんだろうけれど、何かが奥歯に挟まっている気がする。
『……どう言う聞き方をされたの?』
 だから私は自分の直感を信じて咲夜さんに詰めた聞き方をする。
『……普通に聞かれただけだし、そこは気にしなくても大丈夫だって』
 だけれど、嘘と丸分かりな回答しか口にしてくれない咲夜さん。それがどうしても歯がゆく感じてしまう。
『咲夜さん。私の事、信じられない?』
『悪いけど信じきれない。実祝さんに怒ってない愛美さんが何で実祝さんと仲直りをしてくれないのか分からないあたしには、愛美さんを信じきれない』
 言われてショックを受けると同時に、咲夜さんの中に私と喧嘩をしても実祝さんを大切に想う気持ちを感じて、嬉しくもある。
『……』
 だから私もこれ以上は中々言い返すことが出来ない。
『愛美さんのあたしを心配してくれる気持ちはよく分かるよ。でもあたしだって、もう譲れないものもあるから、愛美さんの気持ちをそのまま受け取れない』
 そしてトドメに近い一言。いつもなら口喧嘩に負けて悔しかったり歯噛みしたりするけれど、今は嬉しくもある。
 本当なら“呼び出し”について、咲夜さんの口から聞きたかったのだけれど聞けないのならそれはそれで仕方がない。
 ただ、私は咲夜さんを始め色んな人から“意地っ張り”だとか“頑固”だとか好き放題言われて来たのだから、大人しく引く訳が無いのだ。
『分かった。咲夜さんが実祝さんの事をそこまで大切に想ってくれているのなら、実祝さんと仲良くして欲しかったのは私の願いでもあるから、これ以上は言わない』
 ただ、私は私なりのやり方で“呼び出し”については突き止める事にする。
 しかもおあつらえな事に、女生徒Aと言う、格好の的がいる事だし、次の登校日の時に甚振(いたぶ)って確実に聞き出してやろうと。向こうがその気ならこっちだって手段を選ぶつもりはない。
『……』
 だけれど、この事を口にしたら今朝同様咲夜さんが止めるに決まっているのだから、ここでは口にしない。
 それに明日からは夏休みで学校に顔を出す事は進学講習に出ない以上、ないのだから少し安心も出来るし。
『じゃあまた8月の3日だね』
『……分かったけど……また電話しても良い?』
 私が大人しく引いた事に不安を感じたのか、咲夜さんが当たり前の事を聞いてくる。
『もちろん! 友達からの電話を断るなんて事、私はしないよ』
 だから、仮初だったとしても、最後には笑えるように、今は張りぼての笑顔を浮かべてもらおうと、返事をする。
『分かった。じゃあ今日はもう寝るけど、また何かあったら電話するから』
 咲夜さんも何か引っかかったものを感じてはいたのだろうけれど、これ以上は咲夜さんの方も聞かれると困るからだろう、深追いする事なく通話を終える。
 ……私の方は何が何でも女生徒Aに吐かせようと心に決めて。

題名:また通話中だった
本文:今日はもう遅いから寝るけど、日曜日の話をしたいからまた連絡する

 通話を終えた時、不機嫌なのかちょっと不愛想なメッセージが優希君から入っていた。
 そう言えば優希君が今晩電話してくれるって言ってくれていた上に、私も優希君の声が聞きたかったはずなのに。
 しかもかけ直すにも、もう寝るって書いてあるから、今日はかけ直せない。
 自分が原因だって分かってはいても、優希君の声を聞けないまま今日は寝ないといけないのか。
 陰鬱な気持ちを抱えたまま、明日からの夏休みを過ごす事になりそうだ。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
         『私、優希君と会って色んな話をしたい』
           色々な経験を積むには絶好の夏休み
         「あれ? お父さんには挨拶ないのか?」
        成績表の事があるから両親帰宅……だけれど?
         「うわぁ! ちょっとねーちゃん!」
           そして不意打ちに焦る慶久

「じゃあお父さんからしたら私も怖いって言う事なんだね。よく覚えておくよ」

           123話 閑話1 育つ気持ち
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