第5話 「呪い」
文字数 2,296文字
母はベッドで眠っていた。
いきなりの出来事で流石の父も動揺している様子。
無理もない。前日までいつもの母だったからだ。
「眠り病?」
「ああ、呪いの一種だ」
呪い? でもなぜ?
父は現役の冒険者だが、
母は俺が産まれてから冒険者を引退していた。
家事や育児の為だ。
父の冒険者稼業、時には村のお手伝いでうちの家は生計が成り立っていた。
つまり母が呪いにかかる機会などなかったはずだ。
「アスフィ……お前が産まれる前のことだ」
「え?」
「……俺たちがまだ現役でパーティを組んでいた時、
ある魔術師に出会った……そいつは俺たちをどういう訳かダンジョンにとじこめようとダンジョンの入口を塞ぎやがったんだ!!」
父は昔の出来事を思い出したのか、感情が爆発した。
俺は思わずチビりそうになった。
父さんは怒る時すごく怖い……。
「怒鳴り声をあげてすまない……」
「い、いえ大丈夫……です」
いつもの特訓の時のように敬語になってしまった。
そして父は続けた、
「……俺たちはなんとかダンジョンを出ることに成功したが、出口にはその魔術師が立っていた。その時、アリアは……母さんは呪いをかけられた」
「その呪いって――」
「……眠り病。原因は分からない。その眠りから覚めない様からそういう言われている病だ。この呪いをかけられた者は二度と目覚めることは無い……くそっ!」
ドンッと机を叩く父。
俺は再びチビりそうになった。
「で、でも! なんで今なの!? 昔の出来事でしょ?」
「呪いはすぐに発動する訳じゃない。いつ起きるか分からないんだ」
母は自分の呪いがいつ発動するのか分からない状態だったのか。気づかなかった。いや、母さんのことだ。
俺たちに気を遣わせない様にしていたのだろう。
いつ自分が眠りから覚めないなんて、考えただけで怖いはずだ。それを気丈に振る舞っていたのだろう……。
「治せないの!? 父さん!!」
「……治せない。今でもこの呪いは各地で起きている。眠りから覚めない者が」
「そんな……」
どうすればいい。
治せないことなんてあるものか。
母は優秀なヒーラーだと父さんから聞いた。
自力で治せなかったのか、そんな風に思ってしまった。
「……だったら僕が治すよ」
「なに?」
「僕は母さんと約束したんだ、みんなを笑顔にできる最強のヒーラーになるって」
「馬鹿なことを言うんじゃない!! 今は遊びじゃないんだぞ! ふざけるなっ!!」
「と、父さんは母さんが目覚めなくてもいいの!?」
「そんなわけが無いだろぉ!! おれが……俺がどれだけアリアを愛していたか……」
そんなことは知っている。
父は怒りと涙で顔がボロボロだ。
情けない……とはいえない。俺も同じ顔だったからだ。
「……アスフィ。怒ってすまない。許してくれ」
「大丈夫だよ、父さん」
俺たちはなにも言葉を発せなかった。
母は眠っている。生きているのに目を覚まさない。
今すぐにでも起きそうなのに、安らかに眠っていた。
騒ぎを聞きつけたのかレイラがドアをぶち破って入ってきた。
「どうしたんですか!? ……大丈夫ですか!」
レイラは何も知らない。
「大丈夫だレイラ、気にするな」
「そうだよ、いつもの喧嘩だから」
「……そうなんですか。すみません、ドアを壊してしまいました」
レイラが勢いよく入ってきた為、ドアはぶっ壊れていた。
「いや、また治せばいい。そういえば剣術の特訓はまだだったな。いまからやるか」
「いまから、ですか?」
「ああ、二人まとめてかかってこい」
父は発散させたいのだろう。
おれはその気持ちを汲み取り、
「レイラ、やろう! 今日こそ父さんをボコボコにするぞ!」
「……うん、そうだね」
結局ボコボコにされたのは俺だけだった。
***
呪い。それは決して解呪することが出来ない魔法。
これもまた才能の一つだ。
呪いの才能。なんて最悪な才能だ。
これのどこが『祝福』なんだよ。
俺は才能で全ての常識が覆るこの世界が嫌いだ。
だがおれは思った。
「……呪いの才能があるのなら、呪いを解く才能を持つものもいるのでは?」
俺は父にこのことを話した。
「……そうだな。可能性はある。だが、そんな才能を持つものを少なくとも俺は聞いたことがない」
きっとA級冒険者をして長い俺が聞いたことがない、
と言いたいのだろう。
「でも! 可能性があるなら! 探す価値はあるよ!」
「だが……」
やり切れないな。
仕方ない。俺一人でいくしかない。
「父さんはここで母さんを見ていてあげて。きっと父さんがそばに居るだけで母さんは安心すると思うから!」
「アスフィお前、何をする気だ?」
「僕は旅に出る。年齢的に冒険者にはまだなれないけど、今の僕にだってできるしさ!」
「ダメだ! 危険すぎる! もし魔物にでも遭遇したらどうするつもりだ! ヒーラーであるお前一人では勝てないんだぞ!」
「……ならレイラが行きます」
レイラは全ての話を家の外で聞いていたみたいだ。
剣術の特訓が終わったあと、すぐに帰ったと思っていたが。
「レイラ……聞いていたのか」
「はい、すみません師匠。レイラならアスフィを守れます」
「お前の実力なら可能だろうが……しかし――」
「やれます。信じてください」
「父さん! 頼むよ!」
十二歳と十三歳にお願いされる父。
「……分かった。ただし、危なくなったらすぐに帰ってきなさい。それが条件だ」
「ありがとうございます」
「ありがとう、父さん!」
こうして俺とレイラは人探しの旅に出ることにした。
十二歳の俺と十三歳のレイラの二人だけで。
いきなりの出来事で流石の父も動揺している様子。
無理もない。前日までいつもの母だったからだ。
「眠り病?」
「ああ、呪いの一種だ」
呪い? でもなぜ?
父は現役の冒険者だが、
母は俺が産まれてから冒険者を引退していた。
家事や育児の為だ。
父の冒険者稼業、時には村のお手伝いでうちの家は生計が成り立っていた。
つまり母が呪いにかかる機会などなかったはずだ。
「アスフィ……お前が産まれる前のことだ」
「え?」
「……俺たちがまだ現役でパーティを組んでいた時、
ある魔術師に出会った……そいつは俺たちをどういう訳かダンジョンにとじこめようとダンジョンの入口を塞ぎやがったんだ!!」
父は昔の出来事を思い出したのか、感情が爆発した。
俺は思わずチビりそうになった。
父さんは怒る時すごく怖い……。
「怒鳴り声をあげてすまない……」
「い、いえ大丈夫……です」
いつもの特訓の時のように敬語になってしまった。
そして父は続けた、
「……俺たちはなんとかダンジョンを出ることに成功したが、出口にはその魔術師が立っていた。その時、アリアは……母さんは呪いをかけられた」
「その呪いって――」
「……眠り病。原因は分からない。その眠りから覚めない様からそういう言われている病だ。この呪いをかけられた者は二度と目覚めることは無い……くそっ!」
ドンッと机を叩く父。
俺は再びチビりそうになった。
「で、でも! なんで今なの!? 昔の出来事でしょ?」
「呪いはすぐに発動する訳じゃない。いつ起きるか分からないんだ」
母は自分の呪いがいつ発動するのか分からない状態だったのか。気づかなかった。いや、母さんのことだ。
俺たちに気を遣わせない様にしていたのだろう。
いつ自分が眠りから覚めないなんて、考えただけで怖いはずだ。それを気丈に振る舞っていたのだろう……。
「治せないの!? 父さん!!」
「……治せない。今でもこの呪いは各地で起きている。眠りから覚めない者が」
「そんな……」
どうすればいい。
治せないことなんてあるものか。
母は優秀なヒーラーだと父さんから聞いた。
自力で治せなかったのか、そんな風に思ってしまった。
「……だったら僕が治すよ」
「なに?」
「僕は母さんと約束したんだ、みんなを笑顔にできる最強のヒーラーになるって」
「馬鹿なことを言うんじゃない!! 今は遊びじゃないんだぞ! ふざけるなっ!!」
「と、父さんは母さんが目覚めなくてもいいの!?」
「そんなわけが無いだろぉ!! おれが……俺がどれだけアリアを愛していたか……」
そんなことは知っている。
父は怒りと涙で顔がボロボロだ。
情けない……とはいえない。俺も同じ顔だったからだ。
「……アスフィ。怒ってすまない。許してくれ」
「大丈夫だよ、父さん」
俺たちはなにも言葉を発せなかった。
母は眠っている。生きているのに目を覚まさない。
今すぐにでも起きそうなのに、安らかに眠っていた。
騒ぎを聞きつけたのかレイラがドアをぶち破って入ってきた。
「どうしたんですか!? ……大丈夫ですか!」
レイラは何も知らない。
「大丈夫だレイラ、気にするな」
「そうだよ、いつもの喧嘩だから」
「……そうなんですか。すみません、ドアを壊してしまいました」
レイラが勢いよく入ってきた為、ドアはぶっ壊れていた。
「いや、また治せばいい。そういえば剣術の特訓はまだだったな。いまからやるか」
「いまから、ですか?」
「ああ、二人まとめてかかってこい」
父は発散させたいのだろう。
おれはその気持ちを汲み取り、
「レイラ、やろう! 今日こそ父さんをボコボコにするぞ!」
「……うん、そうだね」
結局ボコボコにされたのは俺だけだった。
***
呪い。それは決して解呪することが出来ない魔法。
これもまた才能の一つだ。
呪いの才能。なんて最悪な才能だ。
これのどこが『祝福』なんだよ。
俺は才能で全ての常識が覆るこの世界が嫌いだ。
だがおれは思った。
「……呪いの才能があるのなら、呪いを解く才能を持つものもいるのでは?」
俺は父にこのことを話した。
「……そうだな。可能性はある。だが、そんな才能を持つものを少なくとも俺は聞いたことがない」
きっとA級冒険者をして長い俺が聞いたことがない、
と言いたいのだろう。
「でも! 可能性があるなら! 探す価値はあるよ!」
「だが……」
やり切れないな。
仕方ない。俺一人でいくしかない。
「父さんはここで母さんを見ていてあげて。きっと父さんがそばに居るだけで母さんは安心すると思うから!」
「アスフィお前、何をする気だ?」
「僕は旅に出る。年齢的に冒険者にはまだなれないけど、今の僕にだってできるしさ!」
「ダメだ! 危険すぎる! もし魔物にでも遭遇したらどうするつもりだ! ヒーラーであるお前一人では勝てないんだぞ!」
「……ならレイラが行きます」
レイラは全ての話を家の外で聞いていたみたいだ。
剣術の特訓が終わったあと、すぐに帰ったと思っていたが。
「レイラ……聞いていたのか」
「はい、すみません師匠。レイラならアスフィを守れます」
「お前の実力なら可能だろうが……しかし――」
「やれます。信じてください」
「父さん! 頼むよ!」
十二歳と十三歳にお願いされる父。
「……分かった。ただし、危なくなったらすぐに帰ってきなさい。それが条件だ」
「ありがとうございます」
「ありがとう、父さん!」
こうして俺とレイラは人探しの旅に出ることにした。
十二歳の俺と十三歳のレイラの二人だけで。