第43話 「安息の死」
文字数 4,651文字
俺は部屋を出た。
その道には、やはりレイラの血痕がポタポタと。
……だれかがベッドまで運んでくれたのか。
「……そうか、エルザか」
そういえばさっきから剣のぶつかる音が聞こえている。
エルザはまだ戦っていたのか。手紙が届いてから1日経った。二日近く戦い続けている事になる。
なんてやつだ……流石はエルザだ。その生命力は凄まじい。アイツもまたバケモノだ。
そんな彼女を俺は高く評価した。
ただ、そんな彼女も今――
「エルザ……」
エルザは天井が無くなり、開けた道場で戦っていた。
そこはまるで決闘場のようだった。
そこに居たのはエルザと黒いフードを被った者。
両者引けを取らず戦っていた。
……いや、あのエルザが押されている。
エルザは両手を失い、口に刀を咥え、地を這うような姿勢で戦っていた。それはまるで、『獣化』したレイラのようだった。いや、俺はレイラ以上の獣に見えた。
「………………アスフィ……君なのか? 娘を……エルザちゃんを助けてやってくれ……たのむ」
道場の入口に座り込んでいた者がいた。
左腕がちぎれそうになっているエルフォードだ。
身体中血だらけだった。
「……分かってる」
そう言うとエルフォードは眠った。
俺は『ヒール』を掛けた。
……が無駄だった。
エルフォードは俺が来るのを待っていたのか、
俺に娘を託した直後、息を引き取った。
全く、どいつもこいつも簡単に死にやがって。
命を大事にしてくれ。
俺はレイラが戦っている道場に向かった。
もうエルザは喋れるような力を残してはいなかった。
両腕を失いながらも、敵を殺すという強い意志を見て取れる。頭で考えているのでは無い。体がエルザを動かしている。しかし、そんな彼女もとうとう地に膝を着いた。
「…………」
「……はっやっと大人しくなったか。しぶとい女だ」
エルザは咥えていた剣を落とした。
両腕を無くし、両膝を着いた彼女は最後の力を振り絞るように、空を見上げ呟いた。それは死を覚悟した顔だ。
「同じ者を好きになったもの同士天国で語ろうではないか」
と。そんなことはさせない。
俺はエルザに声をかけてやることにした。
この開けた道場に、静まり返った街に、広く響く声で。
「それなら尚更生きていて貰わなければ困るよエルザ」
俺は道場の中心で戦っていたエルザの元へと向かう。
エルザは声のする方へ振り向くと俺に笑いかけ、倒れた。
俺はそれをギリギリで受け止める。
「……そんな最後みたいな告白は聞きたくないよ、エルザ」
俺はエルザに『ヒール』を掛けた。
なんとか息はしている。どうやらまだ生きている様だ。
『ハイヒール』も試してみたが、両腕は戻らない。
……やはり、失ったモノはダメか。
せめて落とした腕を見つけられればな。
「何者だ貴様」
黒いフードの男が俺に言う。
「……お前たちこそなんだ。どうしてこんなことをする」
「貴様には関係ない」
「……そうか。なら死ね」
「『死を呼ぶ回復魔法(デスヒール)』」
俺は黒のフードの男に向かって唱えた。
「……なにかしたのか?」
「……なに? なぜ効かない」
俺は確かに唱えたはずだ。なぜこの男に効かないんだ……?
「はっはっはっ! 残念だったな! 何かしたようだが、俺に精神系魔法の類は効かんぞ? この黒のフードは魔法を無力化する術式が組み込まれている」
なんだよ、それ……反則じゃねぇか。
「『消失する回復魔法(ヴァニシングヒール)』」
「無駄だと言っているだろう……何者かは知らんが貴様からは嫌な気配がする。悪いがここで、そこの死に損ないと共に死んでもらう」
「……死ぬのはお前の方だ」
黒いフードを被った男は素早く突進し、
持っていた剣を俺の腹に突き立てた。
「『ヒール』」
俺は唱える。傷が回復する。
「……ほう、ヒーラーか。なら相性は最悪だぜ? 俺は剣士だ。攻撃手段を持たないヒーラーなんぞ怖くもなんともない」
確かに相性最悪だな……さてどうするか。俺の魔法も効かない。
すると聞き覚えのある詠唱が微かに聞こえた。それを耳にした俺はすぐ様、フードの男から距離を取る。
そして――
『爆炎の嵐(ファイアーストーム)!』
炎の嵐に飲み込まれる男。
「なに……!?」
どうやら直撃は避けたようだ。
エルザとやり合っていたことだけのことはあるな。
「私を忘れられては困ります。アスフィ」
「ルクス……」
ルクスが助けに来てくれたようだ。
それにしてもさっきの、爆炎の嵐(ファイアーストーム)は威力がいつもより高い気がした。
「…………ちっ。危ねぇな」
直撃を避けたとは言え、上級魔法を食らった。
にも関わらず、フードの男は無傷だった。
「あのフード、厄介だな」
「『白い悪魔』だと……ちっ……増援はまだか!」
増援? ここまでやってまだ仲間を呼んでいるのか。
コイツらは根絶やしにしないとまだまだ湧きそうだな。
そう思っていると、ルクスがこっちに駆け寄ってきた。
「アスフィ! 大丈夫ですか!?」
「ああ……助かった」
「いえ。それはそうとアスフィ……忘れていましたよ。これは貴方の大切な〝物〟でしょう?」
ルクスが手に持っていたのは母の杖だった。
なるほど、この杖を介してあの魔法を放ったのか。
だから威力が高かった訳だ。
「ルクス、助かる」
「いえ。私も加勢します」
「ルクス……こいつの纏う黒いフードは魔法を無効化するらしい」
「……なるほどアスフィが苦戦する訳ですね」
俺はルクスに忠告する。しかし、やけに冷静なルクス。
どこかで見た事があるような、そんな顔だった。
――ここで俺は違和感を覚えた。
何故だ、なぜこの男はルクスの魔法を避けた?
魔法を無効化するのであれば、避けなくてもいいはずだ。
なのに避けた……? 何か欠陥があるのか?
すると、城の周りが騒がしくなってきた。
「はっはっはっ! 来たな。『白い悪魔』が居ようと関係ない。むしろ『白い悪魔』もここで討ち取れるのならこんなに素晴らしいことはない!」
今まで静まり返っていた城は騒がしくなった。
黒いフードを被った者たちの増援。
その者たちが城の中へと次々と入ってきた。
その数、約 千を超える。
「はっはっはっ!! これで貴様らの負けだ。『白い悪魔』なんて敵じゃない!!」
黒のフードを被った男は不気味に笑う。
「マズイですねアスフィ……アスフィ?」
全く、頭数を揃えたら勝てると思ってる。
そんな考えには反吐が出る。
レイラを殺しておいてそんなことをよくも。
エルフォードさんに頼まれたんだ。娘を頼むと。
エルザはまだ息がある。エルザは友達だ。それにレイラを運んでくれた。きっと俺が居ない間、レイラを守ってくれていたんだろう。
そんな彼女を死なせる訳には行かない、約束したからな。
「……ルクス、エルザを頼む」
「…………え? 何を言ってるんですか?」
「俺がやる」
「で、でも効かなかったのでは?!」
「頼むルクス俺の言う通りにしてくれ。ハッキリ言うと邪魔なんだ」
「…………死なないですよね?」
「ああ、約束する」
俺はルクスにエルザを頼んだ。
ルクスは失った両腕から血を流しているエルザを抱えて走り出す。俺の『ヒール』があるとは言え、普通なら死んでいる程の傷と出血。しかし、エルザだ。その一言で納得出来る。
「逃がすと思ってんのか――」
「お前達の相手は俺だ」
俺は黒いフードの男に言葉を被せる。
「雑魚に用はない! そんなに死にたきゃしねぇぇぇ!」
男はまたもや突進してくる。ヒーラーだからと侮ったな。
「『消失する回復魔法(ヴァニシングヒール)』」
「がっ……い、息が……な、なぜ…………」
「母さんの杖は最強なんだよ」
俺は黒いフードの男に魔法を唱えた。
「言っておくが、楽に死ねると思うな。今まで当たり前にしていた呼吸に感謝しながら、そのまま呼吸を求めてじっくり、時間を掛けて死に晒せ」
「……は……は……く…………そ」
男はもがき苦しむ。もちろん俺は止めてやらない。
その呼吸が止まるまで。
……
…………
………………
「……さて、まだまだいるな」
道場にも続々と入ってきた。ルクスは大丈夫だろうか。
これはさっさと片付けないといけないな。
エルザとルクスにも死なれたら俺は自分を制御できる気がしない。
「…………ふぅ」
俺は呼吸を整える。そして唱える。
「我に宿りし『祝福』(才能)よ」
「今この時より、我がこの世界の主だ」
「何者も我の許可無しに息をする事を禁ずる」
……そう。ルクスから教わった。詠唱なんてものは何でもいい。大事なのは込める魔力と集中力。その集中力をより研ぎ澄ます為の詠唱だ。
【なら次の詠唱はこれだ。お前にとっては大事な〝モノ〟だろ】
「渓 の流れに散り浮く楓 」
これは……? 不思議だ。何だかこの一文だけ懐かしく感じる。
「『盟約により得たこの力』。今こそ解き放つ時だ。全ての生命に安らぎを」
詠唱は完了した。そして――
『――安息の死を迎える回復魔法(リポーズデスヒール)』
俺がそう唱えると、城の中にいた全てのフードを被った男たちは、次々と死んでいく。目や鼻、口から、血を吹き出し次々と。直前まで騒がしかった音が、俺が魔法を唱えた瞬間、一気に静まり返る。
「……はぁ……レイラ……終わったよ」
***
俺はレイラが眠っている部屋に戻った。
「……お疲れ様です、アスフィ……」
「……ああ」
「アスフィ……でいいんですよね?」
「……ああ」
ルクスは当たり前のことを聞いてきた。
「その……髪色もそうですが、身長が高くなっているものですから……」
ああ、そういえば目線が少し高くなっているな……
髪色は自分では分からない。
「……私とお揃いですね。カッコイイと思いますよ?」
と笑いかけるルクス。
お揃い、か。白髪にでもなっているのだろうか。
「エルザは……」
「大丈夫です、息はしています。ただ腕が……もう剣は振れないでしょう」
「……そうか」
無くなった部位は治せない。
あの後、俺は辺りを必死に探した。
だが、エルザの腕と思われるものは見当たらなかった。
エルザが寝ているのは俺のベッドだ。
その横ではレイラが安らかに眠っている。
「……くそっ」
俺は壁を殴った。
「……アスフィのせいではありません。悪いのはやつらですから」
「そう……なのかな」
「はい……」
俺とルクスはエルザとレイラが眠る様子を見ながら、
ただただじっと見つめていた。
何をしたらいいのか分からない。これからどうすれば。
そんな気持ちだった。この国もどうなるのか。
ミスタリス王国はもうダメだ。
しばらくするとエルザが目を覚ました。
「………アスフィ……君なのか」
「エルザ……!!」
ルクスがベッドの上のエルザを強く抱きしめる。
エルザは天井の一点を見つめていた。
そこに何がある訳でもない。ただじっと……。
「アスフィ……君、イメチェンでもしたのかな? ……それともそれが君の本来の姿……なのかな」
エルザが顔だけをこちらに向け俺に聞いてきた。
「……どう……だろうな。……どっちも俺だろ」
「……そうか」
エルザは安心したのか、再び目を閉じた。
しばらく俺達は部屋で休むことにした。
その道には、やはりレイラの血痕がポタポタと。
……だれかがベッドまで運んでくれたのか。
「……そうか、エルザか」
そういえばさっきから剣のぶつかる音が聞こえている。
エルザはまだ戦っていたのか。手紙が届いてから1日経った。二日近く戦い続けている事になる。
なんてやつだ……流石はエルザだ。その生命力は凄まじい。アイツもまたバケモノだ。
そんな彼女を俺は高く評価した。
ただ、そんな彼女も今――
「エルザ……」
エルザは天井が無くなり、開けた道場で戦っていた。
そこはまるで決闘場のようだった。
そこに居たのはエルザと黒いフードを被った者。
両者引けを取らず戦っていた。
……いや、あのエルザが押されている。
エルザは両手を失い、口に刀を咥え、地を這うような姿勢で戦っていた。それはまるで、『獣化』したレイラのようだった。いや、俺はレイラ以上の獣に見えた。
「………………アスフィ……君なのか? 娘を……エルザちゃんを助けてやってくれ……たのむ」
道場の入口に座り込んでいた者がいた。
左腕がちぎれそうになっているエルフォードだ。
身体中血だらけだった。
「……分かってる」
そう言うとエルフォードは眠った。
俺は『ヒール』を掛けた。
……が無駄だった。
エルフォードは俺が来るのを待っていたのか、
俺に娘を託した直後、息を引き取った。
全く、どいつもこいつも簡単に死にやがって。
命を大事にしてくれ。
俺はレイラが戦っている道場に向かった。
もうエルザは喋れるような力を残してはいなかった。
両腕を失いながらも、敵を殺すという強い意志を見て取れる。頭で考えているのでは無い。体がエルザを動かしている。しかし、そんな彼女もとうとう地に膝を着いた。
「…………」
「……はっやっと大人しくなったか。しぶとい女だ」
エルザは咥えていた剣を落とした。
両腕を無くし、両膝を着いた彼女は最後の力を振り絞るように、空を見上げ呟いた。それは死を覚悟した顔だ。
「同じ者を好きになったもの同士天国で語ろうではないか」
と。そんなことはさせない。
俺はエルザに声をかけてやることにした。
この開けた道場に、静まり返った街に、広く響く声で。
「それなら尚更生きていて貰わなければ困るよエルザ」
俺は道場の中心で戦っていたエルザの元へと向かう。
エルザは声のする方へ振り向くと俺に笑いかけ、倒れた。
俺はそれをギリギリで受け止める。
「……そんな最後みたいな告白は聞きたくないよ、エルザ」
俺はエルザに『ヒール』を掛けた。
なんとか息はしている。どうやらまだ生きている様だ。
『ハイヒール』も試してみたが、両腕は戻らない。
……やはり、失ったモノはダメか。
せめて落とした腕を見つけられればな。
「何者だ貴様」
黒いフードの男が俺に言う。
「……お前たちこそなんだ。どうしてこんなことをする」
「貴様には関係ない」
「……そうか。なら死ね」
「『死を呼ぶ回復魔法(デスヒール)』」
俺は黒のフードの男に向かって唱えた。
「……なにかしたのか?」
「……なに? なぜ効かない」
俺は確かに唱えたはずだ。なぜこの男に効かないんだ……?
「はっはっはっ! 残念だったな! 何かしたようだが、俺に精神系魔法の類は効かんぞ? この黒のフードは魔法を無力化する術式が組み込まれている」
なんだよ、それ……反則じゃねぇか。
「『消失する回復魔法(ヴァニシングヒール)』」
「無駄だと言っているだろう……何者かは知らんが貴様からは嫌な気配がする。悪いがここで、そこの死に損ないと共に死んでもらう」
「……死ぬのはお前の方だ」
黒いフードを被った男は素早く突進し、
持っていた剣を俺の腹に突き立てた。
「『ヒール』」
俺は唱える。傷が回復する。
「……ほう、ヒーラーか。なら相性は最悪だぜ? 俺は剣士だ。攻撃手段を持たないヒーラーなんぞ怖くもなんともない」
確かに相性最悪だな……さてどうするか。俺の魔法も効かない。
すると聞き覚えのある詠唱が微かに聞こえた。それを耳にした俺はすぐ様、フードの男から距離を取る。
そして――
『爆炎の嵐(ファイアーストーム)!』
炎の嵐に飲み込まれる男。
「なに……!?」
どうやら直撃は避けたようだ。
エルザとやり合っていたことだけのことはあるな。
「私を忘れられては困ります。アスフィ」
「ルクス……」
ルクスが助けに来てくれたようだ。
それにしてもさっきの、爆炎の嵐(ファイアーストーム)は威力がいつもより高い気がした。
「…………ちっ。危ねぇな」
直撃を避けたとは言え、上級魔法を食らった。
にも関わらず、フードの男は無傷だった。
「あのフード、厄介だな」
「『白い悪魔』だと……ちっ……増援はまだか!」
増援? ここまでやってまだ仲間を呼んでいるのか。
コイツらは根絶やしにしないとまだまだ湧きそうだな。
そう思っていると、ルクスがこっちに駆け寄ってきた。
「アスフィ! 大丈夫ですか!?」
「ああ……助かった」
「いえ。それはそうとアスフィ……忘れていましたよ。これは貴方の大切な〝物〟でしょう?」
ルクスが手に持っていたのは母の杖だった。
なるほど、この杖を介してあの魔法を放ったのか。
だから威力が高かった訳だ。
「ルクス、助かる」
「いえ。私も加勢します」
「ルクス……こいつの纏う黒いフードは魔法を無効化するらしい」
「……なるほどアスフィが苦戦する訳ですね」
俺はルクスに忠告する。しかし、やけに冷静なルクス。
どこかで見た事があるような、そんな顔だった。
――ここで俺は違和感を覚えた。
何故だ、なぜこの男はルクスの魔法を避けた?
魔法を無効化するのであれば、避けなくてもいいはずだ。
なのに避けた……? 何か欠陥があるのか?
すると、城の周りが騒がしくなってきた。
「はっはっはっ! 来たな。『白い悪魔』が居ようと関係ない。むしろ『白い悪魔』もここで討ち取れるのならこんなに素晴らしいことはない!」
今まで静まり返っていた城は騒がしくなった。
黒いフードを被った者たちの増援。
その者たちが城の中へと次々と入ってきた。
その数、
「はっはっはっ!! これで貴様らの負けだ。『白い悪魔』なんて敵じゃない!!」
黒のフードを被った男は不気味に笑う。
「マズイですねアスフィ……アスフィ?」
全く、頭数を揃えたら勝てると思ってる。
そんな考えには反吐が出る。
レイラを殺しておいてそんなことをよくも。
エルフォードさんに頼まれたんだ。娘を頼むと。
エルザはまだ息がある。エルザは友達だ。それにレイラを運んでくれた。きっと俺が居ない間、レイラを守ってくれていたんだろう。
そんな彼女を死なせる訳には行かない、約束したからな。
「……ルクス、エルザを頼む」
「…………え? 何を言ってるんですか?」
「俺がやる」
「で、でも効かなかったのでは?!」
「頼むルクス俺の言う通りにしてくれ。ハッキリ言うと邪魔なんだ」
「…………死なないですよね?」
「ああ、約束する」
俺はルクスにエルザを頼んだ。
ルクスは失った両腕から血を流しているエルザを抱えて走り出す。俺の『ヒール』があるとは言え、普通なら死んでいる程の傷と出血。しかし、エルザだ。その一言で納得出来る。
「逃がすと思ってんのか――」
「お前達の相手は俺だ」
俺は黒いフードの男に言葉を被せる。
「雑魚に用はない! そんなに死にたきゃしねぇぇぇ!」
男はまたもや突進してくる。ヒーラーだからと侮ったな。
「『消失する回復魔法(ヴァニシングヒール)』」
「がっ……い、息が……な、なぜ…………」
「母さんの杖は最強なんだよ」
俺は黒いフードの男に魔法を唱えた。
「言っておくが、楽に死ねると思うな。今まで当たり前にしていた呼吸に感謝しながら、そのまま呼吸を求めてじっくり、時間を掛けて死に晒せ」
「……は……は……く…………そ」
男はもがき苦しむ。もちろん俺は止めてやらない。
その呼吸が止まるまで。
……
…………
………………
「……さて、まだまだいるな」
道場にも続々と入ってきた。ルクスは大丈夫だろうか。
これはさっさと片付けないといけないな。
エルザとルクスにも死なれたら俺は自分を制御できる気がしない。
「…………ふぅ」
俺は呼吸を整える。そして唱える。
「我に宿りし『祝福』(才能)よ」
「今この時より、我がこの世界の主だ」
「何者も我の許可無しに息をする事を禁ずる」
……そう。ルクスから教わった。詠唱なんてものは何でもいい。大事なのは込める魔力と集中力。その集中力をより研ぎ澄ます為の詠唱だ。
【なら次の詠唱はこれだ。お前にとっては大事な〝モノ〟だろ】
「
これは……? 不思議だ。何だかこの一文だけ懐かしく感じる。
「『盟約により得たこの力』。今こそ解き放つ時だ。全ての生命に安らぎを」
詠唱は完了した。そして――
『――安息の死を迎える回復魔法(リポーズデスヒール)』
俺がそう唱えると、城の中にいた全てのフードを被った男たちは、次々と死んでいく。目や鼻、口から、血を吹き出し次々と。直前まで騒がしかった音が、俺が魔法を唱えた瞬間、一気に静まり返る。
「……はぁ……レイラ……終わったよ」
***
俺はレイラが眠っている部屋に戻った。
「……お疲れ様です、アスフィ……」
「……ああ」
「アスフィ……でいいんですよね?」
「……ああ」
ルクスは当たり前のことを聞いてきた。
「その……髪色もそうですが、身長が高くなっているものですから……」
ああ、そういえば目線が少し高くなっているな……
髪色は自分では分からない。
「……私とお揃いですね。カッコイイと思いますよ?」
と笑いかけるルクス。
お揃い、か。白髪にでもなっているのだろうか。
「エルザは……」
「大丈夫です、息はしています。ただ腕が……もう剣は振れないでしょう」
「……そうか」
無くなった部位は治せない。
あの後、俺は辺りを必死に探した。
だが、エルザの腕と思われるものは見当たらなかった。
エルザが寝ているのは俺のベッドだ。
その横ではレイラが安らかに眠っている。
「……くそっ」
俺は壁を殴った。
「……アスフィのせいではありません。悪いのはやつらですから」
「そう……なのかな」
「はい……」
俺とルクスはエルザとレイラが眠る様子を見ながら、
ただただじっと見つめていた。
何をしたらいいのか分からない。これからどうすれば。
そんな気持ちだった。この国もどうなるのか。
ミスタリス王国はもうダメだ。
しばらくするとエルザが目を覚ました。
「………アスフィ……君なのか」
「エルザ……!!」
ルクスがベッドの上のエルザを強く抱きしめる。
エルザは天井の一点を見つめていた。
そこに何がある訳でもない。ただじっと……。
「アスフィ……君、イメチェンでもしたのかな? ……それともそれが君の本来の姿……なのかな」
エルザが顔だけをこちらに向け俺に聞いてきた。
「……どう……だろうな。……どっちも俺だろ」
「……そうか」
エルザは安心したのか、再び目を閉じた。
しばらく俺達は部屋で休むことにした。