文字数 1,320文字

付き合うようになってから、あたしは段々と龍君の家に出入りするようになった。郊外の静かな所にある、あたしに言わせれば、豪邸だ。この間に、両親には、一応挨拶をしてある。さて、ある日、龍君とあたしが部屋から出てきた時、出くわした龍君の母親があたしの事を異常にじろじろと見て、何か気になっているような顔で立ち去った。後で龍君から聞いた話では、その夜、龍君は両親に追求されたらしい。「どういうつもりか?」と聞かれたと。それは、あたしのシャツの前後が来た時と反対だったからだったそうだ。

両親の見解は、龍君も成人だし、何をしても構わないが、すべて自分で責任を取るようにと言う事らしい。そして、一言、釘を刺されたのが、「妊娠したらどうするのか?」と言う事だった。それで、龍君は、あたしに相談した。
「逸ちゃん、どうしよう?」
「どうしようって、龍君は、こう言う事には頭が働かないの? 優秀で、しっかりしてると思ってたのに。まぁ、いいか。じゃ、一つ聞くけど、妊娠するしないにかかわらず、あたしと結婚する気はある?」
不意打ちを食らったようで、何も答えられない。
「あたしの事好き?」
「好きだよ。当たり前じゃないか」
「じゃ、どのくらい好き? いつまで好き?」
「う~んと、沢山。そして、いつまでも」
「それだったら、結婚する気はある?」
「ある! 結婚してくれるの?」
「あたしは、プロポーズされたら、断らないよ」
「じゃ、プロポーズする。いつ結婚する?」
「あのねぇ、龍君の様な、立派な家庭では、多分、色々としきたりもあって、準備するのに時間が掛かるんじゃない? だから、取り敢えず、婚約するっていうのは?」
「流石は、逸ちゃん! こう言う事には冴えてるねぇ。決まり!」
「で~、いつ婚約指輪買ってくれるの? 婚約指輪ってダイヤモンドかなぁ?」

早速次の日、龍君はあたしを貴金属店に連れて行ってくれた。そして、両親に、婚約指輪を見せて、宣言した。それと共に、あたし達は、お兄ちゃんと彼女の事も何とかしないと、と思っていた。それで、まず、龍君からお金をもらって、あたしが、例の水上の温泉ホテルとバスを予約してあげた。その事を言うと、二人は喜ぶと言うよりも、緊張しているように見えた。

ところが、二人が水上に行くはずの当日、あいにくの台風が通過し、バス会社から、運行キャンセルの連絡があった。二人は、なぜか、ホッとしているように見えた。これを聞いて、龍君は首を傾げた。
「ねぇ、逸ちゃんの兄貴、かたわじゃないよな? ところで、ぼく達は、もう婚約したから、逸ちゃん、同棲してもいいよね。いつ来る?」
それで、龍君と打ち合わせて、あたしが転がり込む日を決めた。

その日、あたしは、密かに、荷物をまとめた。そして、夕方になって、お兄ちゃんと彼女に宣言した。
「奏多さん、お兄ちゃん、あたし、龍君と婚約したの。今晩から、龍君の所に行くね」
二人ともびっくりしたような顔をした。
「二人だけで、ごゆっくり!」
二人は、顔を見合わせ、まだ、あっけにとられたような、情けない表情で、あたしを見送った。まるで、「俺たち、私たちを置いて行ってしまうの? 今晩どうしたらいいの?」 とでも言っているように。全く、いい年して!
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