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ボクの父さん母さんは、日本で結婚し、お姉ちゃんが生まれてまだ小さい頃に、三人で、バンクーバーにやって来た。父さん母さんは、その頃まだホットではなかった不動産のビジネスを始めた。そして、ボクはここで生まれた。

バンクーバーは、北海道よりも北にあるのに、太平洋から来る暖かい空気のため、真冬でも外の水が凍るようなことは少ない。一年の半分近く凍り付いてしまうカナダの東部に較べれば、ずっと過ごしやすい。それに、カナダは、移住するのが世界中で一番簡単な国の一つだ。それで、丁度その頃、イギリスから中国に返されると財産を取り上げられるかもしれないと恐れて、多くの香港人がバンクーバーに移住し始めた。

おかげで、不動産はどんどんと高くなり、うちにはものすごい財産が出来た。郊外の丘の中ほどに、バンクーバー湾が良く見える三階建ての大きな家を建て、裕福な生活を送るようになった。特にお姉ちゃんは、プリンセスの様に大事に育てられていた。

家では、いつも、美味しい食事だが、すべて、お手伝いの人が用意してくれる洋食だ。それで、父さんも母さんも、たまには、日本食が食べたくなるようだった。そんな時、母さんがちょこちょこっと作ってくれたのが日本風のカレーライスだった。ごく普通のものが食べたくなるらしい。実は、お姉ちゃんもボクも、豪華な洋食より、こっちの方が好きだった。

お姉ちゃんはボクに優しかった。小さい時は、いつも手を繋いで歩いてくれた。日本語補習校で、難しい日本語を習う時は、いつも、教えてくれた。あと、ボク達は、猫を二匹飼っていた。ボクが餌をあげる役だったが、忘れていると、お姉ちゃんがボクの方を見て、ウインクでリマインドしてくれる。そして、ボクに困った事があると、「臨夢、そんな事心配する必要ないわよ」となぐさめてくれる。ただ一つ、不満だったのは、お姉ちゃんはキャッチボールの相手にはならなかった事。どうやって、あんな変てこなボールの投げ方が出来るのだろう?

そして、お姉ちゃんは、ボクが覚えている限り、ずうーっとフルートを吹いていた。高校の時は、友達と一緒に、ピアノ、バイオリン、フルートのトリオを組んで、あちこちで演奏していた。結婚式とか、イベントにもよく呼ばれた。ボクもピアノを弾くので分かっていたんだけど、お姉ちゃんは他の二人よりもずっと上手かった。いつも、フルートのソロの時、一番大きな拍手が起こった。

そして、お姉ちゃんは、高校の歴史のプロジェクトで、原爆の事を調べてから、その事にものすごい興味を示していた。それで、広島の大学に進んだ。ボクは、一度だけ、広島のお姉ちゃんの所へ行った事がある。アパートには、ベッドルームが二つあると聞いていたので、ボクはそこに泊まるつもりでいた。ところが、実際行ってみると、お姉ちゃんが、「ホテルに泊まってくれる?」と言い出した。ボクが最初に考えたのは、ボーイフレンドでもいるんじゃないかなと言う事だった。

それで、お姉ちゃんの気持ちを分かって、ホテルに泊まり、一回だけお姉ちゃんのアパートを訪れた。この時、やっと、ボクを泊まらせたくない本当の理由が分かった。アパートの中がめちゃくちゃだったからだ。ダイニングキッチンには、洗ってない食器が山積み、床には買い物の袋とか箱が散らばっている。お姉ちゃんの使っているベッドルームは、まぁ、取り敢えず、生きてはいける程度。ところが、もう一つのベッドルームは、服や荷物が、山の様に積んである、物置状態だった。足の踏み場もないと言った感じで、とても、ボクが泊まれる状態ではなかった。

お姉ちゃんは照れ臭そうに言った。
「これ、自分でも分かるんだけど、ちょっとひどいわよね」
ボクは、無言だった。
「私、バンに居る時から、もう少し自分で身の回りの事をしておけば良かったのよね。今となっては、手遅れみたい。臨夢、ちょっと手伝ってくれる?」
これには、参った。そう言われても、ボクはまだ中学生だったし、片付けが得意な訳でもなかった。それで、一緒に、始めたのだが、すぐにあきらめなければならなかった。
「お姉ちゃん、このままじゃ、とんでもないことになるから、お手伝いさんでも頼んだら?」

これじゃ、とてもボーイフレンドなんか連れて来れる訳がない。そして、ボーイフレンドが居ると言う様子も無かった。そう言えば、バンクーバーに居る時も、付き合っていたとは思えない。お姉ちゃん、もてない訳はないのに、どうしてかな? ボーイフレンド欲しくないのかなぁ? まさか、男嫌いじゃないよね? ボクは、ガールフレンド欲しいけどなぁ~と思った。
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