(2)

文字数 1,311文字

 呼び鈴は鳴った筈だ。しかし、誰も出て来ない。返事すらない。
 私は残念だってより、ほっとしている気持ちの方がずっと強かった。
 勿論、有希ちゃんを疑っていなかったとは云わない。正直、私は別人が出てきたらどうしようかと、それを恐れていた。
 だけど、仮に本人が顔を出したとしても、私は当惑したに違いないんだ。だって、勢いだけでここまで来たけど、実はあいつに、何を言うか何も考えていなかったんだ。
 もしかすると有希ちゃんは、今、この家が留守なことも知っていたんじゃないだろうか? それを知った上で呼び鈴を押させ、私自身も気付いていないことを気付かせたんじゃないだろうか?

 私は「ええかっこしいの出しゃばり」って思われることを恐れている。誰に? そう、自分にだ。でも、このままにも出来ない。何で? あれは悪いことだからだ。悪いことを見て見ぬふりをすることは出来ないさ。
 でも、正義の味方宜しく、悪い奴を懲らしめて、めでたし、めでたしってのも違うと思う。
 それは単に、ヒーローがストレス解消に正論言って八つ当たりをしているだけのことさ。
 とは言っても、悪いことは()めさせなくちゃいけない。でも、あいつ自身が万引きは悪い事だって理解して、()めると思わなきゃ駄目なんだ。
 そうだ、私はあいつを懲らしめるんじゃなくて、あいつを説得するべきなんだ。お店に謝りに行く、警察に行くってのは、あいつが自発的にやるべきことで、私が突き出しても何も解決しない。もし、あいつにその勇気が出せないなら、一緒に行ってやってもいい。それでも私は単なる付き添いだ。あいつが帰るってんなら、私は諦めなきゃいけないんだ。
 私は深く息を吐いた。
「有希ちゃん、帰ろう! 伯母さんの家に送っていくよ」
 私はきっと笑っていたと思う。自分でも結構いい顔してたんじゃないか?
「もういいの?」
「ああ、もういいや。電話で話してもいいし、手紙を書いてもいい。直接会わなくったって、気持ちを伝えることは出来るさ。きっと、あいつだって、悪いことしてるってことは分かっている筈だ。それを正論ぶっつけても仕方ないだろう? それより、そういうことは止めて、謝罪すべきだと私が思ってることを伝える。もし、無意識にそうしちゃう様だったら、店に行かない様にすることを勧めるし、一人になる時間が心配なら、私がその間付き合ってやってもいい。そう言うだけなら、手紙で充分だと気付いたのさ。有希ちゃんのお蔭で」

 もう夕陽も沈み、辺りも暗くなってきていた。
 考えて見ると昼めしを食っていない。食べたのはチョコパフェだけだ。それも半分有希ちゃんにあげている。腹に手を当てると、押された弾みで腹の虫がギューと鳴く。
「お腹空いたね。何か食べて行こうよ」
 馬鹿言ってんじゃない。これ以上遅くなったら、有希ちゃんの伯母さんが心配する。それにそんなお金なんかない!
「お金なら、さっき、晶お姉ちゃんに預けたじゃん」
 いや、それは有希ちゃんのお金だ。私はそう思ってポケットに手を突っ込んだ。だが、そこにある筈の有希ちゃんの財布が無い! しまった! どこかで落としたんだ!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み