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文字数 1,237文字

 私の全身から、嫌な脂汗が噴き出してくる。どうやら、私は一杯嵌められてしまったみたいだ。あの女、逃げて行く時に、私の手提げに盗んだ瓶を投げ込みやがったんだ! いや、もしかしたら、このアルバイト野郎が、冤罪だと分ると慰謝料だとか騒がれると思い、さっき電話掛けていた時に、ハンドソープを私の手提げに忍ばせたのかも知れない。
 だが、どうやったかなんて、今はどうでもいい。このままでは、荷物をぶっちゃけて、無実の罪を晴らすということも出来ないし、警察に行ったとしても、盗品も持っている私の言うこと何か、きっと誰も聞いてくれやしない!
 私は正直、途方に暮れた。自分がやったことなら、何を言われても仕方ないことだけど、誰かに罪を着せられて、何もしてないのに犯人扱いされるなんて、真っ平ご免だ。

 アルバイト野郎は、私が困っているのを見て、手提げに盗品が入れてあると確信したのだろう。急に余裕をもって笑みを浮かべだしやがった。本当に腹が立つ!
「おい、俺は別に、犯罪者を作ろうって心算はないんだぜ。お前が反省して『もうやりません』って言うのなら、今度だけは見逃してやろうって言ってんじゃないかよ。試験期間中だったら、面倒なことなんかしたくないだろう? 謝っちゃえよ。それで許してやっからさ!」

「お姉ちゃん、万引きなんかしてないよ。あたし、見てたもん」
 私が声をした方、つまり、店の売り場に出るドアの方に目をやると、まだ幼稚園に行っているかどうかという、小さな女の子がそこに立っていた。
「お姉ちゃん、無実だもん!」
「お嬢ちゃん、こんな所に入ってきちゃ駄目じゃんか! ここは関係者以外立ち入り禁止なの!」
 アルバイト野郎が、女の子を追い払おうとする。でも、この女の子は全然怯んではいない様だ。
「あたし見てたよ。別のお姉ちゃんが棚から物を()って逃げてくの。どうしてお兄ちゃんは何もしていない方のお姉ちゃんをいつまでも苛めるの? 防犯カメラで撮ってたんでしょ? それを見たらいいじゃない?」
 アルバイト野郎は、子供に言い負かされたのが、余程悔しかったらしく、少し苛ついている様だ。顔を少し赤くして、目がつり上がっている。
 そして奴は、私の手提げを無理矢理ひったくると、「いいか、中を見りゃ、ビデオなんて見る必要なんだよ!」って言って、手提げを逆さにして中身をテーブルにぶちまけた。
「ご免な、お嬢ちゃん。折角、私の為に弁護してくれたのに、手提げの中身を見られたら、もう返す言葉がないや。せめて、取られない様に、私が手提げをしっかりと持っていれば良かったのにな……」
 私はこの子に心の中で謝りながら、私の手提げの中身が、ガラガラとテーブルに落ちて行くのを見ていた。
 問題用紙、参考書、ひざ掛け、それから、それから……。テーブルの上には、私が手提げに入れていた物が全部落ちていった。
 でも、なぜか、恐れていたハンドソープの瓶は、テーブルの上に落ちてはいかなかった。
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