(3)

文字数 994文字

 謎が一つ解けた。あのハンドソープは、やっぱり私の手提げの中にあったのだ。それを有希ちゃんが、手品を使って隠してくれたんだ。
「有希ちゃん、さっき、私の手提げに……」

 私はそれを訊くのを()めた。それを言うと、有希ちゃんに「私が万引きした」と言っていると思われる様な気がしたんだ。
 私は自分が正しければ、誰に疑われても怖くないと思っていた。でも、今は少し怖い。有希ちゃんに、親友の文枝に、私を信じてくれる人に、そんな人たちに疑われるのが怖い。疑いの目で見られたくない。
 確かに私はハンドソープを盗んだりはしていない。だから、冤罪を恐れることは無いんだけど、疑いの目で見られるのが嫌なんだ。そして、疑いを晴らす為、相手を言い負かさなければならないことがもっと嫌なんだ。
 疑った相手もバツが悪いだろうし、疑われた私も何か気分が良くない。冤罪を晴らしても、何も嬉しい事なんか無い。かと言って、疑っているくせに何も言わない相手ってのも()らしい。
 そう思うと私は、有希ちゃんに「ありがとう」一つ言えなかった。
「情けない……」
 有希ちゃんは、きっと私が何を考えたか分かったに違いない。そして、きっとお礼すら言えない私を、軽蔑しているに違いない。
 私は外面(そとづら)は「男前女子」とか言われ、調子こいて粋がっているけど、正体は気弱で、人の目ばっかり気にしている臆病で情けない女なんだ。いや、人の目を気にしているから、「男前女子」なんて煽てられて、馬鹿やってしまうんだ。
 情けない自分は分かっている。本当は、直ぐに云わなくちゃいけない。そんなことも分かっている。今さら遅いってのも分かっている。でも……、言うべきことは言わなくちゃならないよな。
「有希ちゃん、さっき、私の手提げにハンドソープが入ってた筈だけど、それを手品で隠して、助けてくれたの有希ちゃんだよね。ありがとう! 助かったよ」
 有希ちゃんは吃驚(びっくり)した表情をしている。
 そりゃ、そうだ。
 正直に話すと、相手もそれを分かってくれて、仲良く大団円なんて、おとぎ話でしかありゃしない。大体、言いにくいことは相手も言われたくないんだ。本当のこと言ったって、誰も喜びはしない。そんなの私だって分かっている。そいつは言った人間の単なる自己満足だ。それでも私は言わなきゃいけないんだ! 私が日色晶でいる為に。
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