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文字数 1,104文字

 私と有希ちゃんは電車を降りて辺りを見回した。
 初めて降りる駅だが、私の実家から遠いことも無いので、土地勘が全くない訳ではない。そうは言っても、流石に私はあの女子高生の家までは知らなかった。
「有希ちゃん、本当に彼女の家がどこだか分かるの?」
「信じる、信じないは、晶お姉ちゃん次第だよ」
 有希ちゃんはそう言うと、私の手を掴んで住宅街の方へと引っ張っていく。私は正直、半信半疑ながらも有希ちゃんに従った。
 半信半疑って、有希ちゃんを半分も信じていないじゃないかって思う人もいるだろう。けど、こんな園児が、それも、遠くから来たと言う園児が、ここに住む十歳も上の高校生の住所を知っているって、そんな話を信じる方が不思議だろう?
 それでも、私は半分信じている。
 理屈の方が否定しているんだが、感情の方が有希ちゃんを信じているんだ。特に私は愚かだから、理性だけで物事を判断できない。少女の表情が、私には真実に思えてくる。それは、ある種、宗教に近いものなのだろう。

 ある程度、住宅街を進んで行くと、一軒のコンクリ打ち放しの新築住宅が見えてきた。正確には数軒の新築住宅の群だが、目的地はそのうちの一軒なので、一軒でいいよな。
 昔、ここには、ある程度の広さの、庭のあった一軒家があったのだが、世代が替わった時に取り壊され、何軒もの建売住宅に建て替えられていた。そのうちの手前から二軒目。それが有希ちゃんの示した彼女の家だ。
「横山……、沙耶ってのか……」
 住居表示には家族の名前が書かれていて、順番からすると沙耶ってのが、あいつの名前らしい。だが、本当にそれがあいつの名前だろうか?
「沙耶に会いたい」って言って、別の子が出てきたらどうしよう? ドアフォンのボタンに架かった指が躊躇して止まる。
「晶お姉ちゃん、このまま帰らない? そのボタンを押さない方が普通なんだよ。みんなそうだよ。晶お姉ちゃんだけが、そんなことする必要ないんだよ。有希を信じないって言ったって、それが当り前なんだよ。誰もお姉ちゃんを狡いとは思わないよ」
 有希ちゃんの云う通りだ。私は返す言葉もない。そうは思っても、指が動かない。
 確かめてからの方がいいに決まっている。だけど、もし出直したら、私はきっともう、あいつを非難できない。私は最後の最後で有希ちゃんを信じ切れなかった。そう思うと、自分のしていることが全て偽善に思えてくる。
 私は全身の重みをかけて、身体でドアフォンのボタンを押した。
 ここで逃げたら、私は日色晶じゃ無くなっちゃう。馬鹿でもいいさ。それが私なんだから。
「お姉ちゃんは偽善なんて絶対許せないものね……」
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