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文字数 1,210文字

「だから、何度も言っているだろう! 私は万引きなんてやってないって!」
「反省してるってんなら、黙っていてやるよ……。お前だって警察沙汰になんか、したくないだろう?」
「うるせえなぁ。だから、警察に連絡しろっての! 白黒はっきりつけてやるよ! 万引き犯は逃げってった女だってことをな」
「出鱈目言うんじゃねぇ!」
「出鱈目なんかじゃねえよ。逃げて行った女、見たことがあるんだ。出身中学だって知っている。名前までは知らないけどな! 警察なら名簿とかで調べてくれる。そいつが捕まりゃ、万事解決さ。だから、さっさと警察に連絡しろっての!」
 私はかれこれ一時間近く、このアルバイト野郎と奥の事務室で安っぽいテーブルを挟んで同じ話を繰り返している。もう、いい加減解放して欲しい。警察にでも何でも行ってやる。私は黙っていると言われても、やっていない万引きを認める気は無いし、許して貰う気もなどさらさら無い。
「そこまで言うんだったら、そうしてやるよ。ま、警察沙汰になったら直ぐには帰れねぇから家にでも電話しておくんだな。ああ、ここは電波状況が悪いから、あっちで掛けてこいよ。でもな、逃げんじゃねえぞ!」

 私は事務室の脇の廊下で家に電話を入れた。お袋は「警察沙汰になりそうだから、帰るのが遅くなるわ」って言ったら絶句していた。でも、電話の相手が馬鹿オヤジで無くて良かった。もし親父なら、包丁持ってここまで走ってきそうだ。ま、そうなりゃ、ここに来る途中で親父の方が先に捕まるだろうけどな。

 私は短い電話を終えて、先程の事務所に戻って来た。アルバイト野郎はテーブルに足を組んで座ったまま、私が戻ってくるのを、そのまま待っている。
 だが、それでも少し間を置いたためか、落ち着きを取り戻していた様だった。
「おい、もう少し待ってろ。あと三十分もしないうちに店長が帰って来る。店長の許可が出たら、俺が警察でも何でも連絡してやるよ」
「面倒くさ! さっさとしろよ! これでも試験期間中なんだ」
 私もいい加減、愚痴の一つも溢したくなる。
「おい、お前。試験期間中ってんなら、警察なんか行ってる暇ないだろう? もし、お前が無実だってんなら、持ち物全部見せて見ろよ。それで、何も出て来なかったら、俺も、お前が万引き何かしてなかったって認めてやるよ。そうなりゃ証拠も無いしな。勿論、持ち物を見せるのが嫌だってんなら、仕方ないけどな」
 この馬鹿、なんでそれを直ぐに思いつかないんだ! 私の鞄の中なんて、色気も糞もない。汚くて情けないってのはあるが、そんなの気にするような(たち)でもないしな。全部見せてやろうじゃないか! ま、思いつかなかったのはこっちも同じだけど……。
 私は自分の手提げを手に取った、でも、それを逆さにして自分の荷物をテーブルにぶちまけるは思いとどまった。手提げの中に、ハンドソープの瓶があるのが、チラっと見えたんだ。
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