第20話 舞台本番

文字数 1,260文字

 ついにa劇団、E君が出演する舞台初日を迎えた。夕方の公演、私の席は前方でステージがよく見える位置だった。
 この日まで、E君と会う機会はほぼなく、E君から連絡があった時に自主練習の付き添いをいつものレッスン場で数回しただけだった。役を得たことで、びっしり稽古スケジュールが組まれ、E君は忙しそうにしていた。私としては、自分の気持ちを整理し、落ち着かせる期間を持てて良かったなと思っていた。あのままE君と会い続けていたら、嫌な自分をたくさん見せることになっていたと思う。
 ブザーの音がして、観劇における注意事項のアナウンスが流れる。いよいよ、舞台の幕が上がる。興奮と緊張した気持ちで物語が始まるのを待った。

 軽快な音楽と共にステージ上に立つ役者にパッと照明が当たり、主人公の役者が動き出す。テンポの良い掛け合いが観客から笑いを誘い出す。そして舞台と観客が一体感をなしていく。
 場面が変わった。舞台袖から暗闇のステージにライトで照らされた役者が登場した。E君だ。しっとりとした美しい音楽を背にセリフを言う。そして、自主練習の時にいつも聴いていた低すぎず、でも高すぎない透き通った声で歌い出し、私の耳に響いた。私の好きな声。 
 そっと目を閉じ、その声に耳を傾けた。そして目を開けた、その時、ステージ上のE君がこちらに目を向けたような気がした。私はとっさにE君の方に目を向ける。もう、E君から目が離すことができなかった。
 その姿は、全身で役と向き合い、芝居に情熱を込めている、初めてあのレッスン場で出会い、共に過ごしてきた中で見た瞳と同じように、E君の瞳は輝いていた。

あぁ。

 懸命に自分で相応しくないと判断した感情を心の内にとどめて蓋をしてきた。脳内でその蓋に門番を立たせるイメージもして必死に閉じ込めてきた。それなのに…それなのに、E君を見ると、その声を聴くと、その瞳を見ると、閉じ込めていた感情が一気に溢れ出す。

ドクドクドク。

 溢れて止まらない。脳内でイメージした門番はとっくにどこかへ行ってしまったようだ。気づけば、目頭が熱くなり、涙が溜まってくる。今日はE君の大切な舞台初日だ。私はなんで泣いているんだ。自分に渇を入れてみても涙を止める効果はなかった。
 E君の隣は心地よくて、自分らしくいることができて、ずっと側にいたい。浅ましくもE君に一番近いところにいたのは私なのだと思っていた。
 E君が子供っぽく笑う顔が好きだとか、低すぎず高すぎないE君の声が堪らなく好みだとか、考え事している時に唇がしっかり閉じていない癖がE君らしくて好きだとか、風に髪をなびかせ、海を見つめるE君の横顔が好きだとか、言い切れないくらいに彼と過ごした日々が映像となって頭を巡って仕方がなかった。何よりも芝居が好きで、無邪気で真剣なE君を心から尊敬し、心から好いている。

 もう、認めざるを得なかった。だけど、認めたら、自分はどうなる?同性のE君に好意を抱いた男。そもそもE君にそんな自分を見せるのが怖かった。拒絶されそうで怖い。知られるのが怖い。
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