第14話 ハマヒルガオの丘

文字数 2,162文字

 天気は晴れて、青空の中、太陽が地面を照らしている。春にしてはやや暑さを感じる気温だった。
 助手席のE君は窓を開けて、少し頭を外へ出していた。髪が風で乱れている。
「暑いですか?冷房強めましょうか?」
 私は冷房を強めようと、風量を調節するボタンを押そうとした。
「いや、大丈夫。暑いんじゃなくて、風を感じたくて窓開けてみただけです。でも風を感じるというより、強風に吹かれたみたいになっちゃいました。」
 笑いながら言うE君の髪はボサボサになっていた。
「当り前じゃないですか、車から顔、出したら危ないですよ。でも…ボサボサになったE君面白い笑」
 私も笑いながら答えた。
 
 左右を防風林の松が覆う道路を真っすぐに行くと、「ハマヒルガオの丘」という看板が見えた。私は初めて聞いて分からなかったが、E君はここから見える海が好きらしい。あまり知られていないからそんなに人多くないんですよ、とE君は言っていたが、本当に人は多くなかった。
 私たちが着くと、車は私たちの他に一台のみ。その車に乗っている人は、休憩中の会社員のようで、運転手は会社の作業着を着ている男性ようだ。煙草を加え、パカっと縦に開いたケータイをいじっている。

 車を駐車場に停めて降りると、海の方から風が吹いて潮の香りがした。ハマヒルガオの丘は海を高い位置から見下ろせるようになっている。駐車場からは展望台へ向かう坂道と海へ降りていくことのできる下り坂の二つが延びていた。
 
 私たちは展望台へ向かうことにした。
展望台の屋根は三角形で、そこからは四つの柱が下に延びており、壁はない。中央には大きな丸い木の椅子がある。展望台から見える景色は、ハマヒルガオが咲く斜面と砂浜、海を全て見渡すことができた。ただ、私たちが来た時期はハマヒルガオが咲くのにはやや早すぎていて斜面は緑色の葉や草で覆われていた。
 ハマヒルガオの斜面と砂浜の間には車一台が通行できるくらいの幅の砂道があり、そこからまた斜面になっている。その斜面を降りれば砂浜と海だ。

「綺麗な景色ですね。海の風が気持ちいい。」
「綺麗ですよね。ハマヒルガオが咲いている時期に来ることができればよかったんですが。ん?あっ、F君見てください!端っこに咲いているのがありますよ。」
 E君の指さす方を見ると、薄ピンク色の花が二つ隣り合って咲いていた。
「本当は初夏頃に咲くのに、今日は少し暑いから勘違いして咲いたんでしょうかね。」
 E君は嬉しそうに言う。嬉しそうなE君に私は笑みがこぼれた。
 せっかちな二つのハマヒルガオは、風に揺れながらこちらを見ているようだった。
 二人、並んで大きな丸い木の椅子に座り、展望台から見える景色をしばらく眺めていた。海から吹く風は、私たちを撫でるように通ると、潮の香りを鼻の奥に残していく。

「海水浴シーズンじゃない今の時期の海が一番好きなんです。」
 水平線に船が一隻見える。釣りをする人か、それとも漁業をしている人だろうか。E君は広い海を見つめながら言った。
「多分これから夏前の砂浜清掃があるとは思うのですが、今は砂浜に漂着物やゴミが落ちていて汚いでしょう。そして人も少ないからか波の音がよく聞こえるんです。よく聞こえるせいなのか、波の音が荒々しく聞こえる。」
 私は耳を澄ませる。
 ザザアァ、ザザアァ。
 波は風に押されて砂浜に打ちつけられては、また次の波がやってくる、を繰り返している。
「俺はこの海を見るたびに、海って本当は人間を受け入れたくないと思っている、と感じるんです。特にここの海はそう感じます。ゴミがいっぱいあって荒々しい波の音を立てて、まるで人間を追い出しているようだ。だけどこれが海の本当の姿なんだろうなぁ、きっと。人間を追い出したくてたまらない、といった感じ。」
 E君は話を続ける。
「でも俺は汚くて荒々しい海が一番本当の姿をしているようで安心できて好きなんです。」
 E君が見つめる先を私も見つめてみる。
「ここは気持ちを落ち着かせるのにいい場所です。だからF君と来たかった。」
 にっと口角を上げてE君は笑う。まるで少年のように。そして真面目な顔をしてまた海の方を見つめた。

「今度のオーディションは絶対合格して舞台に立ちたいと思います。」
 海を見つめる瞳は強い決意を宿しながら、真っすぐ燃えるように光っている。私はその強い瞳に惹かれ、尊敬と切なさとが混じり合った気持ちになる。
 ふっと力が抜けたようにE君は言った。
「今日は一緒に来てくれてありがとう、F君。」

 海を眺めるE君の横顔は整っていて綺麗だ。E君の髪は海から吹いている風でなびいている。大きな手はゴツゴツしているようで実は細い指をしている。E君は手を後ろについて足を前に出しリラックスした姿勢をとった。
 そんな彼を私は見つめて思う。E君は私にとって、触れたくても触れることのできない切なくも愛おしい光のようであるということを。
 私は「ありがとう。」と声になったかも分からないような細い声で言った。
「ん?何か言いました?」とE君は聞き返したが、私は振り切るように立ち上がった。
「いえ、何でもありません。せっかく海に来たから、砂浜まで降りてみましょう!」
 そう言って私はE君の腕を引き、太陽に照らされ、キラキラと照り返している坂道を下って行った。
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