第2話 錆びた缶

文字数 1,186文字

 今日は天気が良い。とは言え、日差しの強い中に妻をずっと歩かせているわけにもいかない。そろそろ戻ろう、と言おうとした時、僕は足元の硬い何かに躓いて転びそうになった。
 何だろうか、と拾ってみる。それは、A5サイズのノートが入るくらいの長方形の缶だった。手に錆が付くほど汚れている。「それは何?」と言いながら妻も近づいて来た。
「ただのゴミだよ。」
 僕はそう言って錆びた長方形の缶を捨てようとしたが、妻が止める。
「待って、中に何か入っているみたい。音がする。」
 缶を振ってみると確かに鈍くゴトゴトと音がするのが分かった。そこら中に落ちているゴミと一緒だと思い、僕は興味を持たなかったが、妻は興味があるようだ。
「中身が気になるから、開けてみましょう。」
え~、手が汚れるよ、と文句を言いながらも妻に言われるがまま長方形の缶を開けようと思いっきり力を込めた。だが、缶はびくともしない。
「開かないし、捨てようよ。」
 僕はもう一度捨てようとする。
「貸して、私が開けてみる。」
 妻はひょいと僕から錆びた缶を取ると、持っていた日傘を代わりに持っていてと差し出す。どうやら本気で開ける気らしい。妻は缶の下箱を左手で抑え、上箱を右手で力を込めて引っ張った。だが、缶は開く様子を見せない。引っ張っても開かないとわかったら、今度は力を込めて缶を押しつぶすように握った。
ぐしゃ。
 鈍い音と共に形が崩れて缶からボロボロと錆が落ちていく。そしてそのまま缶をメリメリと真っ二つに裂いてしまった。
 妻の怪力には慣れていたつもりだったが、やはり毎度驚かされる。僕はポカンと呆気にとられた間抜けな顔で「ありがとう。さすがだ、きみはすごいよ。」と言った。妻は満足げに笑顔だ。

「とても古いボロボロのノートが入っているよ。」
 妻が錆びた缶の中から取り出したものは、年代物の書物のような全体が茶色くなった古いノートだった。潮とカビくさいような匂いが鼻をつんと射した。
 僕はページをパラパラめくってみる。妻も顔を近づけて良く見ている。紙は褐色していて、シミもついているが文字が読めるようだった。
「すごい、状態は悪いけど、文字が読める程度だ。これは…日記かな。」
 僕がそう言うと、「あっ」と妻が声を上げた。
「“2024年”と書いてあるよ。」
 ページの上を見ると、掠れているが“YEAR2024”と書いてあった。
「80、いや100年くらい前に書かれたものか。」
「そんなに年月が経っているものがあるなんて奇跡みたい!」
 2人で驚き合っているうちに僕は一つ不思議に思うことがあった。
(なぜ海に?砂浜にノートがあるのだろうか。)
 そんな僕の疑問を振り払うかのように妻は僕の腕を掴みながらやや興奮気味で言った。
「ねぇ、あの展望台で座りながらノート、見てみようよ。」
「うん、そうしよう。」
 僕はそう答え、二人で三角屋根の展望台へ向かった。
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