第23話 あれから

文字数 1,671文字

 あれから、E君の活躍は遠くからでもわかるくらいすばらしいものだった。a劇団で常に役を勝ち取り、E君の名前を見ない公演はない程だった。そして舞台だけではなく、テレビドラマへの出演も果たす。E君は人気俳優の道を駆け上っていったのだ。
 E君が有名になるにつれて、テレビなどの何らかの媒体を通してE君の姿を見たり名前を聞いたりすることが多くなった。すると、勝手に私の体は反応し、目や耳が“E君”を捉えてしまうのだ。だが、それは時が経つにつれて、感慨深い想い出となっていく。

 
 自分のことを話すと、E君と会わなくなってから、しばらくして私は観光業界に転職した。公務員時代に地元PRのために都市部に売り込みをしていた経験があったため選んだ業界だった。
 世間とか誰のだか分からない目なんて気にしないで、新たな業界で自分なりにがむしゃらに頑張ってみた。そのように行動できたのはE君と過ごした日々があったからだと思う。
 それから仕事の合間に小説を描くことにもチャレンジしてみた。実は、E君の演技や舞台に触れるたびに自分も物語を描いてみたい気持ちが湧いてきていたのだ。でも、素人で拙い言葉しか出てこなくて、すごく嫌になって何度も途中で描くのをやめたい気持ちにもなった。やればやるほど、物語を描くことはとても難しいことだと分かった。それに孤独だ。誰も見向きもしないところでひたすら描いていなければならない。あの時、私が小説を描いていたならば、この気持ちをE君と共有できていたのだろうか。
 自分なりにやれることはやったけど、結局、私が小説家として花開くことはない。でも、一つの趣味として自分の人生に取り入れることはできているような感じだ。そうできたのはE君のおかげだと思っている。君には感謝しかないよ、E君。

 一つ本当のことを言うと、実は、最後に会った日から、一度だけE君が出演しているa劇団の公演を観に行ったことがある。それは、あの震災のチャリティー公演として毎年a劇団が行っている公演だった。
 お客さんの中には、E君のファンの人もたくさんいて、E君のことを語り合い盛り上がっていた。ファンの人たちが語る姿を見て、E君と過ごした日々がなんだか夢だったのではないか、と私は不思議な気持ちになったのを覚えている。
 公演が始まると、君はあの時とは変わらない姿でお客さんたちに演劇を通して夢や希望、明日を生きる力を与えていた。その証拠にどのお客さんも笑顔になっていたよ。

 
 あれから17年が経って、人々はケータイからスマートフォンを持つようになった。そんな時代の変化と共に「セクシャルマイノリティー」や「LGBTQ+」といった人たちを始めとする多様性を認める価値観も出てきた。
 私は時々思うことがある。E君と過ごした日々にそういった価値観がもっと認められていたならば、そうしたら、私はE君に気持ちを伝えることはできていたのだろうか。
 今に至るまでに私もある程度、人生経験を積んできたが、臆病な自分は基本的には変わっていない気がする。でも、少しの勇気を持ち、伝えてみてもいいのかもしれない…なんて思ったりするくらいには変わっただろうか。多様性と言っても人それぞれの解釈をしていて、その人がどう感じ、どう考えているのかにかかっている。
 これは認められない気持ちだと私は勝手に決めつけて、怖くて、あの時は逃げてしまった。「E君のパートナーになりたい」とE君に伝えた時、君はどう感じ、何と言うのか。もうこの問いの答えは分からない。

 
 これは私が私の気持ちを大切にするために書き留めた。私がこれからの人生を新たなパートナーと歩んでいくために。自分を大切にするために。私は今までの自分も抱えて生きて行きたいと思う。

 あの時はE君の表情も見ることができず、涙で終わってしまった。だけど、もし、今、会えるとしたら、君に笑顔で伝えたいことがある。
 17年前、E君と出会って、君を好きになって、そして今の私がある。君を好きになれて本当に良かった。ありがとう、E君。心からの感謝と尊敬を君へ。
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