第19話 思い違い

文字数 1,048文字

 休日の朝、固いサイドテーブルの上でケータイが震え、ヴォーヴォーと大きな音を出した。私は布団から片方の手だけを出し、手探りでケータイを手に取る。そしてベットに横になったままケータイをパカっと開いた。E君からのメールだった。

『オーディション合格しました!F君が自主練習に付き添ってくれたおかげです。ありがとうございます!』
(あぁ、オーディション合格したんだな、良かった。)
 私は自分のことのようにほっと胸を撫でおろした。同時にメールを読んで、E君が合格を喜んでいる様子が自然と思い浮かぶ。きっと、真っすぐな目をして「ありがとうございます!」と勢いよく言っているだろう。私はふっと笑みがこぼれた。
 E君、私のおかげというよりも君の実力だよ。私はそっと心の中で呟く。メールの最後にはこう書いてあった。
『この前の飲み会では一緒に落ち着いて話できなかったので、今度お詫びとお礼を兼ねて一緒にご飯行きましょう。』
 今度。
 言葉が私の心に引っかかる。「今度」はあるのだろうか。
 Iさんに言われたからじゃない。今度E君に会ったら、自分でもよく分からないボーダーラインのようなものを超えてしまいそうな気がする。それが怖いと怯える自分と、でも超えてもいいんじゃないかと突き進もうとする別の自分もいる。

 私は返事の文章を考えた。
『この前の飲み会は少し予定があったから先に帰らせてもらいました。気にしなくていいですよ。それよりもオーディション合格おめでとうございます!僕も本当に嬉しいです。E君、とても努力していましたから。これから忙しくなるんじゃないですか?体に気を付けて稽古頑張ってください。応援しています。』
 決定を押して、送信ボタンを押す。メールが送信済みファイルにあることを確認してからケータイをパタンっと閉じた。
 
 飲み会の日から私の胸の中はザワついていた。ザワつきをかき消すように自分に言い聞かせていた。私のE 君への気持ちは認めない。自分も知らなかったことにする。世の中は男と女で恋人となる。この気持ちはそれに反しているだろう。
 30歳を目前にして恋だなんて…。乙女でもあるまいし。
 時間が経てば元の自分になるはずだ。あれから自分にそう言い聞かせ続けている。
 
 季節はいつの間にか春を越しつつあった。そろそろハマヒルガオが咲いてくる時期だ。
 カーテンの隙間から入る光がきらきらと夏のように眩しい。私は眩しさで目を細めながら、ベットから身を起こす。重く気だるい体を引きずりながら、ゆっくりと一日を開始した。
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