第29話
文字数 1,773文字
明らかに、かなたは日に日に弱っていっている……。
具体的な事は何ひとつ分からなかったけれど、美紀さんも私に何かを伝えたそうにしては、ぐっとそれを飲み込んでいるような状況だった。
そして、「今を大切にしてあげて……」と、目を潤ませ私にそう言う。
「……はい」
どんどん痩せこけ、頬の膨らみも全く無くなってしまった かなた。
クスリの所為なのだろう。日によっては、酷く浮腫 んだ体。
そんなかなたに、私は一体なにをしてあげられるのだろう。
暗くならないように努め、かと言って余計な気遣いはしないように。
けれど私は毎日のように帰りながら咽 び泣く。
回復を只々信じて時を刻む……。
そしてまた声を飲み込むようにして泣く。
病気のかなたの傍にいることがこれほど辛いなんて、思いもしなかった。
たまに過る、かなたが死んでしまうんじゃないかという不安と恐怖……。
その度に私はきつく目を閉じ、頭を思いっきり左右へと振る。
ときには拳で強くこめかみの辺りを叩いて自分を懲らしめる。
けれど私の人間性が現れる思考回路も時の間、通り過ぎたりもした。
『出会ってさえいなければ、こんな辛い思いをしなくて済んだんじゃないのか……』と。
でも、それでも、『かなたの傍にいたい』、本能的に只それだけが、結局のところ私の全てで、私を自然と突き動かすものだった――。
そうしてある日のお見舞いに行ったその帰り、私は久しぶりにあの公園へと足を運んだ。するとあのお婆さんがいつもの様にして、お稲荷さんに向かって手を合わせているのを入り口で見かける。
私は直ぐ後ろを通って中へと入ったのだが、数歩過ぎ去ったところで立ち止まり、そして振り向きお婆さんを見つめた。
「……」
程なくして、お婆さんは瞑っていた目をゆっくりと開きながら軽く頭を持ち上げ、合わせていたその手をそっと離した。
そして、気配を感じたのか、私の方へと振り返る。
「……こんばんは」
私は、お婆さんに硬い調子で声を掛けた。
「こんばんは」
お婆さんは、優しく微笑んでくれる。
「ここのお稲荷さん、ご利益あるとですか?」
するとお婆さんは少しキョトンとしたあと、柔らかい口調で私に答えてくれた。
「こげな寂れて見向きもされんお稲荷さんやからねぇ……ご利益あるとかしらね?(笑)」
「じゃあ、お婆さんはなんで拝みよっとですか?」
「私は、感謝を伝えていただけばい」
「感謝?」
「そう。今日も充実した日を送らせてくれてありがとうございました。明日も充実した日にできるように、しっかりと気張ります……ってね」
「……」
「結局、良い今日にするか、悪い明日にするかは、自分次第やけん」
「……」
お婆さんは、遠い誰かを想いながら話をしているかのようだった。
そしてその瞳には、色々なことを経験したからこそ、今のお婆さんがあるんだろうということを私に感じさせる。
それにこうして話してみると、お婆さんはとても品のある人で、何処となく私がお気に入りにしている、あのお母さんの写真の雰囲気と相通ずるものがあるような気がした。
『しっかりと気張ります……か……』
私は、かなたの今までの様々な様子を思い出す。
ニコニコと楽しそうにしているかなた。
困っているかなた。
嬉しそうなかなた。
トレーニングが出来ると目を輝かせているかなた。
悔しくて泣いているかなた。
努力を惜しまないかなた……。
そして、かなたは今も懸命に頑張っているじゃないか。
そんなかなたの傍にいて、私が不安や恐怖、そして自身の醜い心の所為で、毎日を充実させることに目を向けられないでどうするのか。
「そっか……そうですよね。お婆さん、ありがとうございます!」
「……(笑)」
お婆さんの笑顔はとても美しく、そして、私に勇気を与えてくれた。
『――よし!』
私はお婆さんと入れ替わるようにして、お稲荷さんに手を合わせる。
『今日もかなたと一緒に過ごさせてくれて、ありがとうございました。明日も、そしてこれからも、ずっと二人で素敵な日を迎えていきます……』
そうして私達はまた、日が昇る明日を迎える――。
具体的な事は何ひとつ分からなかったけれど、美紀さんも私に何かを伝えたそうにしては、ぐっとそれを飲み込んでいるような状況だった。
そして、「今を大切にしてあげて……」と、目を潤ませ私にそう言う。
「……はい」
どんどん痩せこけ、頬の膨らみも全く無くなってしまった かなた。
クスリの所為なのだろう。日によっては、酷く
そんなかなたに、私は一体なにをしてあげられるのだろう。
暗くならないように努め、かと言って余計な気遣いはしないように。
けれど私は毎日のように帰りながら
回復を只々信じて時を刻む……。
そしてまた声を飲み込むようにして泣く。
病気のかなたの傍にいることがこれほど辛いなんて、思いもしなかった。
たまに過る、かなたが死んでしまうんじゃないかという不安と恐怖……。
その度に私はきつく目を閉じ、頭を思いっきり左右へと振る。
ときには拳で強くこめかみの辺りを叩いて自分を懲らしめる。
けれど私の人間性が現れる思考回路も時の間、通り過ぎたりもした。
『出会ってさえいなければ、こんな辛い思いをしなくて済んだんじゃないのか……』と。
でも、それでも、『かなたの傍にいたい』、本能的に只それだけが、結局のところ私の全てで、私を自然と突き動かすものだった――。
そうしてある日のお見舞いに行ったその帰り、私は久しぶりにあの公園へと足を運んだ。するとあのお婆さんがいつもの様にして、お稲荷さんに向かって手を合わせているのを入り口で見かける。
私は直ぐ後ろを通って中へと入ったのだが、数歩過ぎ去ったところで立ち止まり、そして振り向きお婆さんを見つめた。
「……」
程なくして、お婆さんは瞑っていた目をゆっくりと開きながら軽く頭を持ち上げ、合わせていたその手をそっと離した。
そして、気配を感じたのか、私の方へと振り返る。
「……こんばんは」
私は、お婆さんに硬い調子で声を掛けた。
「こんばんは」
お婆さんは、優しく微笑んでくれる。
「ここのお稲荷さん、ご利益あるとですか?」
するとお婆さんは少しキョトンとしたあと、柔らかい口調で私に答えてくれた。
「こげな寂れて見向きもされんお稲荷さんやからねぇ……ご利益あるとかしらね?(笑)」
「じゃあ、お婆さんはなんで拝みよっとですか?」
「私は、感謝を伝えていただけばい」
「感謝?」
「そう。今日も充実した日を送らせてくれてありがとうございました。明日も充実した日にできるように、しっかりと気張ります……ってね」
「……」
「結局、良い今日にするか、悪い明日にするかは、自分次第やけん」
「……」
お婆さんは、遠い誰かを想いながら話をしているかのようだった。
そしてその瞳には、色々なことを経験したからこそ、今のお婆さんがあるんだろうということを私に感じさせる。
それにこうして話してみると、お婆さんはとても品のある人で、何処となく私がお気に入りにしている、あのお母さんの写真の雰囲気と相通ずるものがあるような気がした。
『しっかりと気張ります……か……』
私は、かなたの今までの様々な様子を思い出す。
ニコニコと楽しそうにしているかなた。
困っているかなた。
嬉しそうなかなた。
トレーニングが出来ると目を輝かせているかなた。
悔しくて泣いているかなた。
努力を惜しまないかなた……。
そして、かなたは今も懸命に頑張っているじゃないか。
そんなかなたの傍にいて、私が不安や恐怖、そして自身の醜い心の所為で、毎日を充実させることに目を向けられないでどうするのか。
「そっか……そうですよね。お婆さん、ありがとうございます!」
「……(笑)」
お婆さんの笑顔はとても美しく、そして、私に勇気を与えてくれた。
『――よし!』
私はお婆さんと入れ替わるようにして、お稲荷さんに手を合わせる。
『今日もかなたと一緒に過ごさせてくれて、ありがとうございました。明日も、そしてこれからも、ずっと二人で素敵な日を迎えていきます……』
そうして私達はまた、日が昇る明日を迎える――。