第27話
文字数 2,471文字
私達はかなたの後を追いかけ病院へと向かった。
私はかなたの様子について、大きな勘違いをしていた。
かなたは私なんかとは違って、数々の大舞台で修羅場を経験しているであろう、トップのプレーヤーじゃないか。
そんなかなたが、あんな試合なんかで顔色をどんどん蒼くしていく筈がない。
「……」
私は自分の認識の甘さに、唇を噛み締めたままになる。
『かなた……』
私達が辿り着くと、既にかなたは集中治療室へと運び込まれていて、いつも診ている先生が治療にあたり、その甲斐あって、数時間後には誰もいない病室へと移ることができた。
けれど治療後に先生からご家族へ告げられたこと……それは、病気の再発だった。
「……」
この間には隆哉さんと綾乃さんも駆け付けていて、それを聞いた甘露寺家の人々は、皆一様に重苦しい空気に包まれ、美紀さんは口元に手を当て肩を震わせ、綾乃さんは長政さんに詰め寄り、「様子ば見てなかったとね!」と、涙ながらに叱責する。
長政さんは、ただひたすら「すまん……」という言葉を繰り返し、見るに見兼ねた隆哉さんが「親父の所為じゃなか。俺かて、かなたの異変にちゃんと気付いてやれんかった」と博多弁で割って入る。
恐れていた事態が起こってしまったことへのショックと、今後のかなたへのケアについて、見えない答えを探すように、ため息が漏れ聞こえていた。
「……」
そしてその日、かなたが目を覚ますことはなく、「これ以上、ここにいても迷惑になるけん、出直そう」という、お父さんの提案に従い、私達は帰ることにした。
――翌日。
私は一睡もすることなく、直ぐに面会へと向かった。
けれど病室へ向かう途中、美紀さんに呼び止められる。
「ごめんなさい。意識は戻ったんだけど、その……誰にも会いたくないって言ってて……」
「そうですか……」
「本当に、ごめんなさい……」
「明日、また来ます」
私は焦点の定まらないままに頭を下げて、フラフラと帰った。
〈大丈夫ね?〉
LINEは、既読にはならなかった――。
「ごめんなさい……」
翌日も、かなたは会ってはくれなかった。
「また明日、来ます……」
そうして、一週間の時が流れた。
〈なんで会ってくれんと?〉
既読にならないLINEにメッセージを残す。
〈会ってくれるまで、毎日行くけんね〉
そうして三日後――
「どうぞ」
病室の前で待つ私に、日に日に憔悴していく美紀さんが入るよう促してくれる。
「ありがとうございます」
「ちょっと買い物に行ってくるから、栞ちゃん、かなたのことお願いね♪」
「……はい!」
美紀さんは病室のかなたに聞こえるように、明るく軽い感じで話し掛け、そして、私としっかりと目を合わせたあと、深々と頭を下げた。
「……」
同調するように、私もそれに倣う――。
「――!?」
病室へ入った瞬間の余りの空気の重さと生気のない雰囲気に、一瞬、私は部屋を間違えてしまったと脚が止まる。
けれど先程の美紀さんとのやりとりを思い出し『それはない』と結論付けて、なんとか足を一歩二歩と動かし進んでみると、今度は、心臓を鷲掴みにされたような気分になった。
「……」
二週間も経っていないにも関わらず、ベットに横たわるかなたは、痩せこけ全ての髪が真っ白になってしまっていた。
「……どげん?」
私は顔を強張らせながらも無理やりに笑顔を作り出して、まるイスを枕元へと近づけ、顔だけをこちらに向けるかなたと目を合せる。
するとその瞳には、数々の色々な感情が、激しく渦巻いていた。
「見ての通り(苦笑)」
「……」
「LINEくれてたのに、返事しなくて、ごめん……」
「ううん、よかよ」
「優しくしないで……」
「ぇ?」
「当たる場所、なくなっちゃう……」
『そっか、そうやね……』
かなたの気持ちが、痛い程よく分かった。
『腫れ物に触るような扱いじゃ……ダメ』
多少なりとも同じ思いをした私だからこそ、向き合える筈のものがあるじゃないか。
だから私は、かなたの為……ううん、自分の為に想いを伝える――
「ちゃんと返事ばするんが、彼氏の……ううん、人としての最低限のマナーやろ!?」
「ごめん……」
「今度そげなことしたら、別れるけんねっ!?」
「!? 僕、まだ、彼氏なの……?」
「はぁ!? なん言いよっと! 君から別れるんは許さんけど、私から別れるっていうまでは、君はずっと私の彼氏ばい!!」
「……」
かなたが瞳にジワッと涙を浮かべる。
「こんな姿なんだよ……?」
私は透かさずジーンズを捲し上げ、ソックスを下げて彼に右脚を見せつけた。
「こげな脚ばい……?」
「綺麗だよ」
「格好よかよ」
かなたが嗚咽を漏らす。
「だけど僕は病気なんだよ!? またいつ元気になれるのか、わからないんだよ!? 今度こそ、本当に死んじゃうかもしれないんだよっ!?」
「やけん……なんね?」
「そんなのといたら、栞ちゃんの時間が勿体ないよ! もっと良い人みつけて――!?」
私はこれ以上、言葉にしていても埒が明かないと思ったので、かなたを黙らせることにした。
「……」
どれくらいの時間、そうしていたのだろう。
私は、かなたの言葉を遮り、唇を重ねた――
「栞……ちゃん……?」
初めてのキスは、ガサガサの唇と薬の味。
それと、溶け合う想いの混じった、素敵なものだった。
触れた唇をゆっくりと離し、かなたの顔を、そして瞳を、しっかりと見つめて話し掛ける。
「私は、君の彼女でよかったとよ。このポジションは、誰にも譲らんけんね。それに今の、私のファーストキスなんやけん、有り難く思わんと有明海に沈めるばい♪」
「……肝に銘じます」
そういって、かなたは涙ながらに、嬉しそうに微笑んだ。
私はかなたの様子について、大きな勘違いをしていた。
かなたは私なんかとは違って、数々の大舞台で修羅場を経験しているであろう、トップのプレーヤーじゃないか。
そんなかなたが、あんな試合なんかで顔色をどんどん蒼くしていく筈がない。
「……」
私は自分の認識の甘さに、唇を噛み締めたままになる。
『かなた……』
私達が辿り着くと、既にかなたは集中治療室へと運び込まれていて、いつも診ている先生が治療にあたり、その甲斐あって、数時間後には誰もいない病室へと移ることができた。
けれど治療後に先生からご家族へ告げられたこと……それは、病気の再発だった。
「……」
この間には隆哉さんと綾乃さんも駆け付けていて、それを聞いた甘露寺家の人々は、皆一様に重苦しい空気に包まれ、美紀さんは口元に手を当て肩を震わせ、綾乃さんは長政さんに詰め寄り、「様子ば見てなかったとね!」と、涙ながらに叱責する。
長政さんは、ただひたすら「すまん……」という言葉を繰り返し、見るに見兼ねた隆哉さんが「親父の所為じゃなか。俺かて、かなたの異変にちゃんと気付いてやれんかった」と博多弁で割って入る。
恐れていた事態が起こってしまったことへのショックと、今後のかなたへのケアについて、見えない答えを探すように、ため息が漏れ聞こえていた。
「……」
そしてその日、かなたが目を覚ますことはなく、「これ以上、ここにいても迷惑になるけん、出直そう」という、お父さんの提案に従い、私達は帰ることにした。
――翌日。
私は一睡もすることなく、直ぐに面会へと向かった。
けれど病室へ向かう途中、美紀さんに呼び止められる。
「ごめんなさい。意識は戻ったんだけど、その……誰にも会いたくないって言ってて……」
「そうですか……」
「本当に、ごめんなさい……」
「明日、また来ます」
私は焦点の定まらないままに頭を下げて、フラフラと帰った。
〈大丈夫ね?〉
LINEは、既読にはならなかった――。
「ごめんなさい……」
翌日も、かなたは会ってはくれなかった。
「また明日、来ます……」
そうして、一週間の時が流れた。
〈なんで会ってくれんと?〉
既読にならないLINEにメッセージを残す。
〈会ってくれるまで、毎日行くけんね〉
そうして三日後――
「どうぞ」
病室の前で待つ私に、日に日に憔悴していく美紀さんが入るよう促してくれる。
「ありがとうございます」
「ちょっと買い物に行ってくるから、栞ちゃん、かなたのことお願いね♪」
「……はい!」
美紀さんは病室のかなたに聞こえるように、明るく軽い感じで話し掛け、そして、私としっかりと目を合わせたあと、深々と頭を下げた。
「……」
同調するように、私もそれに倣う――。
「――!?」
病室へ入った瞬間の余りの空気の重さと生気のない雰囲気に、一瞬、私は部屋を間違えてしまったと脚が止まる。
けれど先程の美紀さんとのやりとりを思い出し『それはない』と結論付けて、なんとか足を一歩二歩と動かし進んでみると、今度は、心臓を鷲掴みにされたような気分になった。
「……」
二週間も経っていないにも関わらず、ベットに横たわるかなたは、痩せこけ全ての髪が真っ白になってしまっていた。
「……どげん?」
私は顔を強張らせながらも無理やりに笑顔を作り出して、まるイスを枕元へと近づけ、顔だけをこちらに向けるかなたと目を合せる。
するとその瞳には、数々の色々な感情が、激しく渦巻いていた。
「見ての通り(苦笑)」
「……」
「LINEくれてたのに、返事しなくて、ごめん……」
「ううん、よかよ」
「優しくしないで……」
「ぇ?」
「当たる場所、なくなっちゃう……」
『そっか、そうやね……』
かなたの気持ちが、痛い程よく分かった。
『腫れ物に触るような扱いじゃ……ダメ』
多少なりとも同じ思いをした私だからこそ、向き合える筈のものがあるじゃないか。
だから私は、かなたの為……ううん、自分の為に想いを伝える――
「ちゃんと返事ばするんが、彼氏の……ううん、人としての最低限のマナーやろ!?」
「ごめん……」
「今度そげなことしたら、別れるけんねっ!?」
「!? 僕、まだ、彼氏なの……?」
「はぁ!? なん言いよっと! 君から別れるんは許さんけど、私から別れるっていうまでは、君はずっと私の彼氏ばい!!」
「……」
かなたが瞳にジワッと涙を浮かべる。
「こんな姿なんだよ……?」
私は透かさずジーンズを捲し上げ、ソックスを下げて彼に右脚を見せつけた。
「こげな脚ばい……?」
「綺麗だよ」
「格好よかよ」
かなたが嗚咽を漏らす。
「だけど僕は病気なんだよ!? またいつ元気になれるのか、わからないんだよ!? 今度こそ、本当に死んじゃうかもしれないんだよっ!?」
「やけん……なんね?」
「そんなのといたら、栞ちゃんの時間が勿体ないよ! もっと良い人みつけて――!?」
私はこれ以上、言葉にしていても埒が明かないと思ったので、かなたを黙らせることにした。
「……」
どれくらいの時間、そうしていたのだろう。
私は、かなたの言葉を遮り、唇を重ねた――
「栞……ちゃん……?」
初めてのキスは、ガサガサの唇と薬の味。
それと、溶け合う想いの混じった、素敵なものだった。
触れた唇をゆっくりと離し、かなたの顔を、そして瞳を、しっかりと見つめて話し掛ける。
「私は、君の彼女でよかったとよ。このポジションは、誰にも譲らんけんね。それに今の、私のファーストキスなんやけん、有り難く思わんと有明海に沈めるばい♪」
「……肝に銘じます」
そういって、かなたは涙ながらに、嬉しそうに微笑んだ。