第11話

文字数 2,193文字

 制服もすっかり衣替えが終わり、本格的な暑さがしっかりと自分の存在をアピールするようにアスファルトを揺らめかせる七月。
 あれから私と弥生、そして彼と三人で帰って行く機会が増えて、彼とLINEの交換もした。
 けれど、私はまだ彼にちゃんと謝れてはいなかった……。

「じゃあ、明日は博多駅で待ち合わせて、そこから歩いていくけんね♬」

「わかった。そしたら君はウチのお父さんが送ってくれるけん、一緒に乗っていったらよかよ」

「ありがとう、助かるよ♪」

 私達は今、明日に控えた博多祇園山笠の追い山という最終日のお祭りを見にいこうと、昼休みの学校の廊下で話し合っているところだった。
 彼が「お祭り見てみたい」と私達に話していたので、この荒々しいお祭りを見に行くことにした。
 彼はずっとテニス漬けの毎日を送って来ていたらしく、普通を楽しむ時間が中々取れなかったようだ。確かに、私も実力は違えど似たような境遇だった。
 だけどこの追い山に関しては、私の事情は違っていた。
 そもそも私は生で見たいと思ったことがない。それは何故かというと、開始時刻が4時59分という、私にとって電源オフで充電中の時間帯だったからだ……いや、もう、低血圧気味の私には、ホント厳しい(泣)。
 けれど謝るきっかけのようなものを探している私は、彼が言い出して直ぐ、この試練(?)に挑むことに決めた。

「そうね……櫛田入りはもみくちゃにされちゃうから、次か、その次くらいにお勧めの御供所地区にしよ。 あそこも迫力があっていいとよ! そうすると場所の確保と櫛田神社からのコースを考えて、待ち合わせは4時30分!」

 弥生が目を輝かせて興奮気味に指示を出す。

「えーーーーっ!?」

「文句言わん!」

 弥生、大人しいんは、ウソやったっとね……(涙)?
 すると丁度そのタイミングで、校内アナウンスが流れてきた。
 鴨志田先生の声だ。
 
 キーン、コーン、カーン、コ~~ン♪

「えー、学校に馴染んでしまっている、一羽の白サギに餌を与えないでくださいねぇ」

 ……学校は、平和そのものだった。

「栞、甘露寺くん、おはよう!」

 博多駅前、博多口。
 まだ真っ暗なこの時間帯にも関わらず、追い山を見に行く人達の活気づいた姿があちこちにある。
「おはよう、古賀原さん。朝から元気いいね(笑)」

「当然♬ 山笠は男のロマン! 山笠があるけん、博多たい!」

「弥生、あんた女やろうもん……」

 私はまったく開かない目で、きっちりと弥生に突っ込みを入れる。

「細かい事は気にせんと♬ さぁ、張り切っていかんと、人混みに飲み込まれてしまうとよ!」

「わ!? 弥生っ!? ちょっと待っ――」

 弥生は立ったまま夢の世界へ羽ばたこうとしていた私の腕をギュッと掴んで、颯爽と歩き出した――。

 博多祇園山笠。
 それは、700年以上続く櫛田(くしだ)神社の奉納神事で、毎年7月1日から15日まで開催される。
 諸説あるようだけれど、その起源は仁治(にんじ)2(1241)年、博多に疫病が流行した際、承天寺(じょうてんじ)の開祖・聖一国師(しょういちこくし)が祈祷水を撒いて町を清めて疫病退散を祈願したことが始まりとされていた。
 その当時の山笠はというと、飾りつけした人形を途中で休憩したり、昼食を取ったりしながらのんびりと練り歩くスタイルの祭だったようだけれども、ほんの些細な出来事がきっかけで競争するようになったと云われている。
 そしてその些細な出来事というのが、〔櫛田社鑑〕に記されている記録によると、貞享(じょうきょう)4(1687)年正月、竪町(恵比須流)に嫁いだ土居町 (土居流)の花嫁が花婿ともども里帰りしたところ、宴会が盛り上がり、土居町の若者が花婿に桶を被せるなどしたため、竪町の若者達がそれに腹を立て一触即発になってしまったことが原因らしい。
 その場は仲裁も入り何とか収まりはしたものの、これが禍根を残すことになって、そしてそれが夏のお祭りの時に表面化してしまう……。
 それは、昼食休憩を取っていた土居流を恵比須流がここぞとばかりに走って追い越してしまったのだ。
 本来ならば順に辿り着くべきところを、後続の流れに追い越された土居流は、このままでは恥を掻かされると色めき立ち、面食らいながらも負けてはならじと慌てて走り出して、ここで初めて流れ同士の競争が起こる。
 そしてそれを見ていた見物人達は、「なんだ なんだ、どうした どうした!?」と驚きつつも、余興が増えたとばかりに話題と評判を呼び、それが〔追い山〕に発展したということだった。
 世の中、何が引き金となって700年以上も続くお祭りに変わっていくのか分からないものだ。
 そしてそんな血の気の多い祭りにも度重なる存続の危機があったようで、博多っ子はそんな苦難の局面も気張りと繋がりの強さで乗り切り、現在の博多祇園山笠は無くてはならないお祭りとして、この街にしっかりと根付いている。
 そうして最終日の今日、総勢三十名程の(ながれ)と称する区画割りされた男達の集団で〈おいさ おいさ〉の掛け声と共に状況に応じて交代で山笠を()き、定められた約5キロのコースを懸命に駆け抜け、そのタイムを流別に競い合うのだった。
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