第1話

文字数 3,017文字

 高校の入学式を数日後に控えた天気の良い昼下がり、私は春休み中も欠かさず通っている病院へ行ったその帰り、いつものように、家の近所にある小さな公園に立ち寄っていた。
 一ヶ月以上も松葉杖を使っていると、その使い方も慣れたもので、今では自分の体の一部のようになっている。
 病院は自宅マンション前にあるバス停から十五分ほど揺られた所にあり、そして帰り着くバス停もその反対側と大変に便が良い。
 何も用事がないのであればそこから横断歩道を渡って真っ直ぐ家に帰ればいいものを、降車口から松葉杖の先をトンと歩道へ付けてポンと片足を着地させると、何故か私は今きた道を戻り、最初の角を右に曲がって、そこから少し進んだ住宅街の中にあるこの公園へと辿り着く。

「よいしょっと……」

 小さい頃は全く気にしたことがなかった、勝手知ったるこの公園は、少し造りが変わっているのかもしれない。
 L字型に歩道に面した公園入り口の一方には、直ぐ右手に水飲み場と公衆トイレがあって、そしてもう一方には、左手に古びたお稲荷さんが祀ってあり、そこには、年季の入ったお賽銭箱や拝殿上に掛けられた錆びた鈴と薄汚れた紅白の鈴緒に傷だらけの小さな鳥居が見向きもされずに佇んでいる。
 稀にモダンな装いのお婆ちゃんが拝んでいる姿を目にするのだけれど、一体、これだけ粗末にされているお稲荷さんに何をお願いして、どんな御利益があるのだろうかと不思議に思う時もあった。
 そしてそんなお稲荷さんを他所に、そのまま真っ直ぐに進むと、中央には高さ5センチ程の煉瓦に囲われた砂場と、その右側には、砂場の方に向けられたブランコが二台。そして砂場の左側には、長椅子がぽつんと一基備え付けられている。
 そんな公園の中で一番目につくものと言えば……それはやっぱり、壁打ち場なんじゃないかなと思う。
 砂場の向こう側、下の一部分が(めく)れ上がったフェンスで仕切られた壁打ち場。
 この壁打ち場があったことで、物心つく以前から、私は硬式テニスに触れることになった。
 おそらくそれは、福岡(天神)駅から五つ目の駅である、大橋駅の前で小さな平屋のテニスショップを営むお父さんの影響が何より大きい。
 小さい頃、お父さんとこの公園に来る時には、必ずテニスボールとラケットを持って来ていた。
 お父さんがボールを投げて、私がそれを壁に向かって打つ……。
 たったそれだけのことを延々と繰り返す時間は、私にとって最高の時間だった。

(しおり)。白い線の上ば、狙わんといけんばい」

 お父さんはそう言って、壁に描かれた白い線の少し上を指差す。

「うん!」

 私は何度も何度もその場所目掛けてボールを打った。
 そしてそれが上手く出来ないことが悔しくて、また、テニスそのものが好きで好きで仕方がなかったこともあって、小学校一年生になる頃には急いで学校から戻ると、ランドセルを家の中に放り投げて、自分で靴箱の前に立て掛け準備しておいたラケットとボールを抱え込んでは、日が暮れるまで夢中で壁打ちをするようになっていった。
 そしてそんなある日、私の一心不乱な姿を見続けたお父さんが、学年の一つ上がった私に「スクールば通うか?」と、ふいに問い掛けてきた。

「!?――うん!」

 私はそれに対して、気分が悪くなるほど何度も頷いたことを今でも憶えている(笑)。
 そうして私はテニスクラブへと通うようになり、大会にも出場するようになっていった。
 その実力はというと、最初の頃こそゲームカウントを間違えたり、緊張し過ぎてチェンジコートで休憩を取らないままに移動したり、試合が終わったことにも気づかなかったりということをしていたのだが、高学年になった頃には、福岡県でもトップクラスの実力を備えるようになった。
 そして中学二年生になった夏の大会では、九州大会でベスト16、翌年にはベスト4に食い込んで、お父さんやスクールのコーチ達を喜ばせた。

『私のテニス人生は、これから――』

 高校の進学先も決まり、高校に入学したらより一層テニス漬けの毎日を送ろうと、そう心に決めて日々の練習に励んでいた二月の中旬、私は不運にも事故に遭ってしまった。
 トレーニングの一環でクラブの周辺を走っていた私に、大型バイクが転倒して、歩道に乗り上げ私を巻き込んだのだ。
 気が付くと私は宙に浮いていて、次にはクラブと歩道の敷居になっている壁に激突。瞬間、目の前が真っ暗闇になった後に見えたものは、自分の脚だった。

「――え?」

 私の知ってる、脚じゃなかった。
 私の為に一生懸命ボールを追いかけてくれた、右脚じゃなかった。
 その脚は膝から下が捻じ曲がっていて、(すね)の部分からは、骨が肉を(えぐ)り、皮膚を突き破って前側と外側からしっかりと姿を現していた。
 そしてその骨の先には、誰のものなのか、血もべっとりと付着していた。
 私は一瞬、自分の身に何が起こったのかを理解することが出来なかった。
 でも否定、拒否、拒絶という感情が直ぐに押し寄せて来て、私は絶叫したあと気を失った。
 思えばあの時、気を失って良かったと思う……。
 だって、あの後に襲ってきた筈の激痛から逃げ果すことができたのだから。
 そしてその間にたくさんの人が集まって来ていたらしく、そのうちの誰かが直ぐに通報してくれたお陰で、私はそのおよそ十分後には救急車で病院へと運ばれて、次に目を覚ましたのが一回目の手術の後、ベットの上だった。

「お父さん……コーチ……」

 そこには、私のことを覗き込む二人の姿があった。
 どういうことなのか理解できないままでいる私に、コーチが優しく声を掛ける。

「中牟田……事故に遭ったのは、覚えとうね?」

「――!?」

 私は記憶を手繰り寄せ、自分の身に起きたことを鮮明に思い出し、目を見開いて飛び起きようとした。

「痛いっ!?」

 けれど激痛が現実を叩き込むようにして私の顔を歪めさせた。
 そして私は痛みが走ったその方向へと恐る恐る視線を下げてみると、固定されて包帯をぐるぐる巻きに捲かれ、荷物のようにして少し高い位置に置かれた脚が、そこにはあった。

「なん……これ?」

「……栞。焦らず、ゆっくり治せばよか」

 膝前十字靭帯損傷および腓骨と脛骨の開放骨折による大怪我。
 幸い感染症に罹ることもなく、その後二回目の手術も無事に成功して、きっちりとプレーが出来るようになるまでには、おおよそ四~五カ月くらいはかかるだろうということが告げられた。

「……」

 リハビリ後、以前のような感覚でプレー出来るかどうかは、やってみなくちゃ分からない。
 それに今この大事な時期に練習が出来ないということは、ライバル達との競争から即脱落したことをも意味している。
 小学校の先生がよく使っていた言葉でいうところの、言わずもがな……だ。

『私の人生は、あっという間に終わってしまった――』

 ここから気を取り直して、もう一度、頑張ろう、踏ん張ろうとは思えなかった。
 私にそんな強さは備わってはいなかった。
 
 それに、傷痕も残るらしい……。
 
 そうなると、もう、テニスは遊びでもやりたとは思わなかった。

「……」

 私はあっと言う間に、テニスが嫌いになってしまった。
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