第23話

文字数 2,832文字

「いらっしゃいませ」

 チリンチリン♪と、清涼感のある鈴の音と共にドアを開けた。

「あら、栞ちゃん! ? 久しぶりやね~!」

「ご無沙汰してます(笑)……よかですか?」

「もちろん!」

 彼のお祖母ちゃん、綾乃(あやの)さんが嬉しそうにカウンターを指し示す。
 今日は久しぶりにLe.reposでランチを頂くことにした。

「今日は……おらんとですか?」

 私は見えない厨房に、首を左右へと振りながら大黒様の姿を捜してみる。

「最近、息子の隆哉(たかや)に任せっ切りで、テニスばっかりなんよ!」

 綾乃さんはトレーに乗せていたお水を私の前へ置くと、空いたそれをラケットのようにして振ってみせた(笑)。

「初めまして。いつもかなたがお世話になっております」

「?」

 私達が談笑していると、柄の違う胸当てエプロンをした女性がスッと綾乃さんの隣に立ち、私に挨拶をくれた。

美紀(みき)さん、そんなに畏まらんでよかよ(笑)。この子は私達の家族みたいなもんなんやけん!」

 そういって、美紀さんという人に綾乃さんは気さくに話し掛ける。

「……かなたくんの、お母様……ですか?」

「はい」

!? こ、こちらこそ、いつもお世話になっとって……いえ、なっておりまして……」

 私は慌てて頭の中にある、間違っていなさそうな標準語を引っ張り出そうと躍起になった。

「栞ちゃんも、どげんしたと……? 気楽にせんね(笑)」

「は……はい」

 私が壊れたおもちゃのようにしていると、それを見た義理の親子は、本当の親子のようにして笑い合っていた。

「――お待ちどうさまです(笑)」

 鉄板から煙がジュージューと立ち上り、食欲をそそる音と薫りが立ち込めるデミグラスのハンバーグを、美紀さんが綺麗な手でそっと優しく私の前へと運んでくれる。

「ありがとうございます」

 ほっそりとした首筋に、ウェーブのかかったセミロングのヘアースタイルと、明る過ぎないアッシュベージュのカラーがよく似合う。

「かなたから、あなたの話をよく聞くんですよ(笑)」

「ぇ!?

 横から見えたウエストラインに釘付となって、つい自分の腰をイスの奥へと引っ込めるようにしていた私に、美紀さんが声を掛けた。

「〈とっても優しい良い子なんだ〉って……。あの子がテニス以外の話、ましてや女の子の話をするなんて、思いもしなかったんです(笑)」

 そういって、美紀さんは笑窪を浮かべる。
 私はその笑顔を見て『よう似とう……』と、頭の中で彼の笑顔を思い出していた。

「あの子、テニスが真剣に出来なくなって本当に塞ぎ込んで……でもこっちへ来てから、ようやく少しずつ色んなことに興味を持ち始めて、あなた達と接するようになって、今までとは違うあの子になっていっているんですよ(笑)。母親の私からすると、今のかなたの方が年相応なんじゃないかなって、そう思ってます」

「今までは?」

「戦いに身を投じる戦士とでもいうのかしら……いっつもピリピリしていて、二言目には〈絶対に負けられない、もっと上を目指すんだ!〉って、そればっかりで(苦笑)……でも先生の許可が出て、あの子が変わらずにそれを望むなら、私達はまた応援するつもりではいるんです(笑)」

「……そうなんですね(笑)」

 彼がいっつもピリピリしているなんて、想像が出来なかった。
 けれど私自身も、中学の時の友達に言わせると、随分とまるくなったそうだ。
 勝負の世界というものは、そういったものが自然と身についてしまうのだろう。
 でもその世界に舞い戻ることを彼は強く望んでいる訳だし、こうしてご家族のサポートもある。

「……」

 とにかく彼には充実していて欲しい。ただそれだけを願ってしまう……。
 
 すると――

「ほら、美紀さん! そんなに栞ちゃんに話しかけとったら、食べたくても食べられんでしょう!? 未来のお嫁さんに嫌われたら大変ばい!」

「え!? お、お……お嫁!?」

 私が美紀さんと目を合せながらそんなことを考えていたら、随分と夢のある妄想を抱かさせられてしまった。
『こげな綺麗で優しそうな人ば、「お義母(かあ)さん」って呼べたら、最高やろうね』と、そんなことをポ――ッと美紀さんを見つめ思ってしまう……。
 そして美紀さんはそんな私を見て、「ごめんなさいね。冷めないうちにどうぞ♪」と、そう言って優しく微笑んでくれた。

「――熱っ!!」

 私は妄想が膨らみ過ぎてしまい、ボ――ッとしながら軽くお辞儀をしたあと、アツアツのハンバーグをフーフーしないままに頬張ってしまった(泣)。

「よかったら、どうぞ♪」

 私が食べ終わるころ、眼鏡を掛けた、とても優しそうな雰囲気の男性がスッとグラスに入った さくらんぼのゼリーとフランボワーズのムース仕立てのスイーツを差し出してくれる。

「?……ありがとうございます」

「いつもかなたと仲良くしてくれて、ありがとう」

「お父……様?」

 その男性は、微笑みを浮かべて、コクリと頷く。
 こうして見ると、彼はどちらにも似ているのが良く分かった。
 特に鼻筋や輪郭なんかは、お父さん、隆哉さんにそっくりだ。

「学校でのかなたは、どんな様子かな? あまり立ち入るのも親としてどうかと思うんだけど……」

 都会での生活が長かったのか、隆哉さんは標準語で話す。

「最近は、以前よりも元気にしていると思います」

「……そう」

 私は隆哉さんの少し考え込む様子が気になった。

「どうかしましたか?」

「……うん。病院の先生からは問題ないと言われているんだけどね。たまに気になる様子を見せる時があって……。本当にたまになんだけど、ほんの一瞬だけ、調子悪そうにしている時を見かけるものでね……それで聞いてみたんだ」

「……」

 私はその話で、初めて会った時と、小永吉先輩との試合後の彼の様子を思い出す。
 それに稀にだったけれど、学校でも冴えない表情でいたり、体を重そうにしていることもあった。

「まぁ、心配し過ぎるのもよくないからね。今後もかなたと仲良くしてやってね(笑)」

 そういって、隆哉さんは颯爽と厨房へと戻って行く。
 確かに、体調の変化というものは誰にでもあるわけだから、気にし過ぎるのもどうかと思われる所もあるのかもしれないけれど、彼には定期的な受診が必要ということを考えてみれば、少し神経質になるのも仕方のないことだろうと思う。

「……はい」

 私はその後ろ姿と彼の後ろ姿を重ね合わせながら、『私も気に留めよう』と、スプーンでピンク色の中身を(すく)い、ヒョイと口の中へと放り込んだ。

「ゎ!?……バリ旨か」

 口の中に広がる甘みと酸味が、爽快な気分とトロける余韻を伴って、喉越し豊かに収まっていった。
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