第20話

文字数 4,617文字

〈はっ!? なんそれ!?〉

 私は驚愕する。

〈だから、エントリーしたよ!〉

〈応援いくけん、頑張ってね♬〉

〈ありがとう♪〉

 師走の街中の忙しさも落ち着いて、ショップの大掃除とかを手伝っていた年の瀬、弥生から正月はどうするのかをグループLINEで聞かれていた。
 すると彼から三日の日は、新春トーナメントに私と申し込んだという知らせを見ることになる。
 それはアマチュアの大会で、要は草トーナメントと呼ばれるものだった。

〈少し、練習しておく?〉

〈イヤイヤイヤイヤ…… イヤッ!! その前に、なんで勝手にエントリーしよっとね!?〉

〈よかやん、栞~~〉

〈だって、お祖父ちゃんがぎっくり腰やっちゃって、出られなくなったから〉

〈やけんて、なんで私よ!? 小永吉先輩でも誘ったらよかろう!?〉

〈箱根駅伝みたいんだって〉

〈ウチのお祖父ちゃんは!?〉

〈温泉旅行〉

〈ウチのお父さんは!?〉

〈娘に聞いてくれって〉

〈……〉

〈栞、頑張って~~w〉

 そうして私は試合に出ることになった。
 それも男子ダブルスの方で(汗)。
 流石に男性相手に練習もしないでコートに立つのは怖かったので、彼に散々ありったけの文句を言った後、元旦と二日の計二回、学校で彼と小一時間ほどの練習をしてもらった。

「……」

 春日公園以来のテニスは、あの時よりも体がスムーズに動いたような気がして、楽しかった。
 傷痕の硬さも、なんとなく私に従う意思を見せ始めているような、そんな感じもした――。

「おはようございます!」

「おはよう甘露寺くん。今日は娘のことば、よろしく」

「はい、こちらこそ!」

「……」

 お父さんに送ってもらう途中、弥生を拾い、会場となる福岡空港近くのテニスクラブに辿り着く。
 そして「受け付けはこちらで~す!」という声のする方へと赴き、コートの目の前に設置された大会本部へと足を運んだ。
 するとそこには、朝の清々しい匂いの中、既にテニスが大好きな人達が血気盛んに集まっていて、素振り等をして試合開始に備えていた。
 受付を済ませた私達も、三人で談笑しながらストレッチをしたりして開始を待つことにする。

 そして――

「甘露寺・中牟田ペア、おりますかぁ!」

「はい!」

「試合球です。コートは6番コートです。1セット先取でノーアドバンテージ、5-5の場合は、次のゲームを取った方が勝ちになりますので、よろしくお願いします」

「わかりました♪」

「栞、頑張ってね!」

「う、うん」

 試合は3ペア、ラウンドロビン形式で行われ、それぞれの結果で順位付けされて各順位のトーナメントに割り振られる。
 じゃあ、3位が楽でいいじゃないか……ということになるのだが、「絶対1位通過で優勝しようね!」という、彼のやる気になんとなく付き合うことになった。
 と言っても、ラウンドロビンでの私のプレーはといえば、サーブをダブルフォルトで失点しないことと、リターンを極力返すこと(男性の中でもサーブの良い人の場合は、そうもいかなかったけど……)、それから彼の邪魔をしないという、ただそれだけのことをしていた。
 そして弥生の応援の甲斐もあって、ゲームを失うこともなく、予定通り1位通過をあっさりと決めていたのだけれど、私はなんとなくの試合に対して、モヤモヤするものを感じていた。

『こげなふうにコートに立つんは、どげんなんやろう。テニスばやめた小永吉先輩やって、彼と対戦した時には、あげん一生懸命プレーしよったのに。彼かて、今もしっかりプレーしよる。なのに……』

 そんな気持ちだった――。

「?」

 全試合の順位が決まるまで、私達はクラブハウスの中で寛ぐことにしていたのだけれど、脚が固まるのが恐かった私は、少し歩き回ろうと受付へと行ってみることにした。
 するとそこには、朝のうちには見なかった、数々の多種多様な品々が並んでいた。

「……あの、すいません。1位通過で優勝した場合、商品なんですか?」

「ああ、1位の優勝は――」

「君ーーーーっ!」

「へ!?」

「栞、どうしたと!?」

 私は顔面に〔真剣(マジ)〕という字が浮いて見えるほどの形相で彼に駆け寄る。

「君、なんしよっと!? こげなところでソファに座ってダラダラしよったら、体が固まるやろうもん! アップばしとかんね!」

「え!?」

「絶対、優勝するばい!」

「栞、どうしたと……?(汗)」

 そう、この時はじめて知ることになった優勝の商品、それが私のハートに火を点けたのだ。
 
 それは――「夢つくし10キログラム!」
 
 日本穀物検定協会が年産米の食味ランキングで特Aを受賞させた地元のお米であり、おいしさに定評のあるコシヒカリを父に、丈夫で栽培しやすい特性を持つキヌヒカリを母にしたブランド米!
 これさえあれば、我が中牟田家の米ライフは当分の間、華やいだものになるのは間違いなし!

「絶対に優勝するけんね!」

「ぅ!?……うん!」

 彼は、突然目の色を変えた私に脂汗を滴らながらも、その意志をみせる。
 弥生はというと、兎にも角にもやる気になった私を見て満足そうだった。
 
 そうして各順位が出揃い、8ドローでトーナメントが繰り広げられて、私達は今、決勝の舞台へとコマを進めていた。
 そして現在、5-5ノーアドバンテージで彼のリターン一本勝負という局面を迎えている……。
 彼も当然そうだけど、決勝の相手も草トーのレベルなんかじゃなくて、どうやら実業団でプレーをする選手の人達らしかった。
 その二人は息の合ったプレーで、私のサービスゲームやリターンになると、とにかく彼にボールを触らせないようにすることに徹して私へと狙いを定め、また、彼のサービスゲームでは打つコースに山を張っては、たまに私の方へと返球してきたりもしていた。

 準々決勝、準決勝も私達は数ゲームを失っていたのだが、その理由は、相手のレベルもさることながら、私のやる気が空回りして、練習もしていなければ試合勘もなくなっている私が、彼にもっと任せればいいものを手を出し過ぎてミスを連発していたからだった。
 私の『なんとしても米を持ち帰る!』という熱い思いが、完全に裏目に出ていたのだけれど、どうしても止めることが出来なかった。

 そしてその理由は、実は他にもあった。

 それは、コートに立って真剣にポイントを決めたりミスしたりすることへの喜びや悔しさが、そうさせていた。
 ポイントを決めて、「よしっ!」と、キュッと手を握り込む動作や、ミスした時に『次!』と、自分の腿を叩いて喝を入れる行為が、私の中で燻っていた何かを突き動かした。
 それに、エースを決めた後に彼とハイタッチをしたり、私がミスをすれば「ドンマイ!」と言って励ましてくれる彼の優しさにも、私は勇気づけられ背筋をしゃんとすることができていた。

「栞、甘露寺くん……ファイト!」

 弥生がフェンス越しに、白い息を吐きながら声を掛けてくれる。
 張りつめた空気が、コートの中の私達と外の数十人のギャラリーに漂う。

 向かい風が、私の前髪を揺らす……。

 敵のサーバーが、前衛に立つペアとサーブのコースをサインで確認し合ったあと、気合の入った掛け声を伴って、渾身のサーブを打ち込んできた!

「ハッ!」

 すると彼は風をものともせずに、今までの中で一番速いテンポでリターンする!

「ㇷンッ!」

 前に立つ私は、今通り過ぎた筈のボールが一瞬で向こう側へ戻って行ったことに驚いてしまっていたのだけれど、それは敵も同様だった。

「わっ!?」

 サービスダッシュを見せ掛けていたサーバーは、僅か一歩、コートの内側へ入ったところであっと言う間に返ってきてしまった うねる そのど真ん中のボールに、倒れ込みながらもラケットだけを諦め半分に出した!
 
 すると――!?

「中牟田さん、落ち着いて!」
 
 そのラケットのフレームにボールがコツンと当たり、前衛の私の方へと、追い風に乗ってユラリフワリ舞い上がって来た!

「夢つくしーーーーっ!」

 私はラケットを下から大きく持ち上げ打点目掛けて振り翳し、トドメのスマッシュをベースラインへと叩き込む――!

「……」

「ま、まぁ準優勝も悪くないよ♪(汗)」

「そ、そうよ栞! 賞品だって焼酎やろ!? 栞のお父さんが喜ぶっちゃないと!?」

「……」

 結果は準優勝。
 私の放った渾身のスマッシュは、コートの枠に収まることはなく、その後ろ、フェンスまでのっぺりと到達した。
 直後、眼前では敵が抱き合い喜んでいる姿を目にし、後ろでは、空っ風を受けながら声を潜めて佇む彼。
 それに口を開けたまま微動だにしない弥生の乾いた眼差しを受けて、私は灰になったのだった。

「……テニスは好かん」

 今、私達は途中で帰ったお父さんの迎えをクラブの正面玄関で茜色の夕日を真正面に浴びて待っているところで、私は不貞腐れた顔のまま、ボソッと口にした。
 私は自分の不甲斐なさに腹立たしいということだけではなくて、彼の面子を潰してしまったことに対しても、悔しくて仕方がなかった。
 シングルスなら、彼は絶対 間違いなくあの二人に勝つことが出来る。
 けれど私の実力不足と、そもそもダブルスが不得手な私では、彼の足どころか、体ごと引っ張り重荷でしかなかった。
 そしてそのことについて謝った私に、「楽しみたかっただけだし、ダブルスは、お互いの責任だよ♪」と、そういって彼は慰めてくれた。
 彼のその優しさに嬉しい反面、私は、やはり深く申し訳ない気持ちで一杯になる……。
 そしてそんな私を見て、二人は顔を見合わせ、先程からどうしたものかと目で相談し合っているのだった。

「――やけど、また出てもよかよ……」

 私は二人の気持ちに応えたいのと、【コートに立つ】という自分を確かめるようにして、少しだけ蒸気した顔でポソっと呟いた。
 実際、私はまたテニスがしたいという思いになっている気がした。
 何も、今までのように〔選手として〕ではなくても、『テニスは楽しい』と、改めてそう感じていたからだ。
 するとそんな私の表情を見た二人はホッとしたように、「うん!」と彼が大きく頷き、弥生は、「そうよ、栞。リベンジよ! 今度は太鼓持ってきて応援しちゃあ!!」と、バチを持ったようにして太鼓を叩く仕草を作る。
 私は、「弥生、テニスは国別対抗戦とか以外は、鳴り物とかはいかんとよ(笑)」と教え、「ざんねん!」という弥生が照れ笑いを浮かべた頃、お父さんが愛車を転がし軽快にその姿を現した。

「おー、お待たせ。今日は、このまま皆でもつ鍋ば食べに行かんね?」

「わぁ!? オジさん、ありがとうございます! 私も娘にして欲しかぁ♬」

「なら、栞ばどっか嫁に出そうかね(笑)」

「それなら直ぐに出す先ありますよ♬」

「なら、話は早か(笑)」

「ちょっと!? 二人してなん言いよっと!!

 お父さんと弥生の会話の所為で、彼と私は、ずっと顔を夕日と同じ色に染めることになってしまったのだった。
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