第18話
文字数 4,628文字
「ほら栞! しっかり追いかけんね!!」
「なん言いよっと!? 私ケガが――」
「怪我はもういいっちゃろ!?」
「それにしても、古賀原さん上手だねぇ……初めてテニスするとは思えないよ♪」
やっと秋が自己主張を始めた十月。
私達は今、日曜日の昼下がりに春日公園という公営施設のコートに来ていた。
その理由は、以前から弥生が「テニスしたい!」と言い続けていたので、それに付き合わされているのだ(泣)。
弥生はナイキのスポーツウエアを身に纏い、足のサイズが同じだったので、シューズとラケットは私のを貸してあげた。
少し気になったのが、弥生がロングパンツを穿いていることだった。
確かに寒くはなってきているのだが、動けばそれなりには熱くなる訳だし、ウォームアップを直ぐに脱いでTシャツ姿になっていることを考えてみても、持っているのであれば六~七分丈でも良いように思う。
『たぶん気、遣っとっちゃろうね……』
私は弥生に、その必要はないことを伝えようと思った。
彼は当然の如くテニスウエアでコートにいる訳だけれども、私はというと、途中で熱くなって脱いだカーディガン以外は、以前と同じような姿でいる。
そしてそんな私がテニスをするのは、彼に組んでもらった夏のちょっとしたダブルス以来だったので、流石に弥生の何処へ飛ぶのか分からないボールを追いかけ切る自信はなくて、隣のコートへ幾度となく謝りに行っては、ボールを回収する……そんなボールガールのような役になっていた(涙)。
けれど感心したこともあって、それは、初心者であれば空振りのひとつもしそうなところを、弥生はとにかくボールをラケットの面に当てて、必ずこちら側に送り返してきていたことだった。
これについては正直スゴイなと思ったのだが、だけどそのぶん、私の心拍数も凄いことになっている……(そろそろヤバイ(汗))。
「ちょ、ちょっと……もう無理……君、代わって」
「うん、いいよ♪ じゃあ、古賀原さん。距離を短くして、軽く打ってみよっか?」
「うん♬」
「――!?」
今更だったけど、その手があったか……もしかして彼は、早々にそのことに気付いてて、態 と黙っていたのでは――!?
「栞、どげんしたと?」
「ん!? なんでもなかよ(笑)。私、飲み物ば買ってくる!」
私がジッと睨むと、彼は心当たりがあるようで、私と目を合わせようとはしなかった(怒)。
そうして私がコートから離れたあと、二人はショートラリーを2~3回続けては途切りを繰り返し、どちらともなく「ちょっと休憩しよっか?」と、そう言ってコートから出て藤棚があるベンチに腰掛け落ち着いた頃、「甘露寺くんは、栞のこと好いとっちゃろ?」と、弥生が隣に座る彼に唐突に尋ねた。
『!?』
そして私は、この時ちょうど弥生達の後ろ近くにいて、声が聞こえてしまっていた――
「え!? どうして!?」
「わ!? 甘露寺くんでも、空振りするっちゃね!」
彼はコートから出てもラケットとボールを手放さず、面の上でポンポン♪と、小刻みにボールを突いていたのだが、その質問に思わず スコン!とボールを見事に落としてしまった。
「いや、だって……」
「だって……なん? 甘露寺くん、最初に会ったとき栞の【彼氏】って言いよったやろ?」
「それは、その方が話がまとまるのかなって思ったから……」
「それだけ?」
「……」
「好いとっちゃろ?」
「……」
「…………いつ、好きになったと?」
「……たぶん、初めて会った時から……かな」
「告白せんと?」
「……駄目なんだ」
「なんが?」
「迷惑かけちゃうかもしれないから」
「なんが?」
「色々と……」
「そんなことなかろ? 甘露寺くん優しかけん、大丈夫よ♬」
「ありがとう。でも、心配かけたり、悲しい思いさせちゃうかもしれないから」
「そんなん付き合ってれば、なんかあろうもん」
「……うん」
恐らく彼は、病気だったことを気にしているんだと思う。
弥生には、そのことについて話してはいなかった。だって、今の彼は思いっきりテニスをすることが出来ないだけであって、こうして普通に皆で楽しく遊ぶこともできる。それに私からペラペラと喋っていいような内容でもないと思うし、弥生だったらきっと私と同じように考えるだろうと、そう思ったことも理由のひとつだった。
「……」
それにしても、私の事がどうのこうのというのは抜きにして、彼はそのことについて自分に足枷 をしてしまっているようだ。
それは気遣いが出来て優しいからなんだろうけれど、一歩踏み出さないと分からない大切なことも、これから先たくさんあると思う。
それを〈病気だった〉とか、(彼の言葉から何となく推測すると)〈再発の恐れ〉とかで諦めてしまうのは、何か違う気もする。
だけど私だって何事もなく全て前向きに毎日を過ごしているのかと聞かれたら、「過ごしている」とは言えない。
私は未だにこの脚のことをしっかりと引き摺っている。
……加害者のことを、恨んでいる。
きっと、人はそれぞれ、何かを抱えながら生きてるんだと思う。
そこに大きさなんて関係ない。
そして、それは人に託すことなんて出来ないと思う。
だけど、それを踏まえて心を通わせて、お互いに強くなっていくことなら出来るんじゃないかと、最近、私は朧気 ながらそんなことを少しずつ思い始めている。
『難しか……』
私が答えのない難問を重たくなっていく頭で考えていると、軽い口調ながら、弥生が少しだけ震えた声で口にした――
「なんか、焦れったかね。なんなら…………わたしと付き合う?」
その瞬間、弥生の柔和な雰囲気の中に、彼を真剣な眼差しで映す瞳があるような気がした。
「え!? えっと…………その……」
彼は身を屈めて拾い上げた筈のボールと手にしていたラケットを落としてしまう。
手放されたそれぞれは、ポン ポポン!! カラン コロン!という響きで蔑 ろにされたことに対して不平を述べる。
そして私はというと、両手で抱えた3本のジュースを胸元で力強く抱き締め、事の経緯を知らず知らずのうちに吸い込まれるように注視していた。
そしてそんな私達三人の間に、短くも、長い長い〔沈黙〕が訪れる――
その〔沈黙〕は、次に誰かが言葉を発した瞬間に、ついさっきまでの私達ではいられなくなってしまうんじゃないかというものだった。
それはまるで、私が事故に遭う瞬間のように……
それはまるで、彼が病気になってしまった時のように――
そしてそんな中、弥生は〔それ〕の機嫌を決して損ねないように、丁寧に見送るかのようにして動揺している彼の代わりに不平を述べたそれぞれを宥めるように拾い上げ、「冗談♬ それぐらい焦れったいと」、そう言って彼にそっと手渡した。
彼は受け取りながら、ありがとうではなく、「……ごめん」を伝える。
「別に謝ることじゃなかよ(笑)」
「……うん」
『……』
冗談なんかじゃない。
弥生は本当に彼のことを好きになっていたんだ。
私はいつも一緒にいたのに、そのことに気付けなかった……ううん、気付こうとしなかった。
いま思い返せば、彼が小永吉先輩と試合をした時には、もう、しっかりとフラグが立っていたじゃないか――
〈わぁ、格好よかぁ!〉
〈栞みてん! 笑窪、可愛かねー♬〉
〈本当に彼と栞は付き合ってなかと?〉
〈人を好きになるんに、会った回数は関係なかろ?〉
〈標準語っていうか……〉
『……弥生……』
弥生は今の関係性を凄く大切にしてくれているんだと思う。
もし真剣に想いを伝えて断られたりでもしたら、この関係性が終わってしまう、その為にはそれとなく伝える以外に方法はない……と、そう考えたんじゃないだろうか。
『弥生だって、一歩、力強く踏み出さんと気付けんこと、たくさんあるっちゃないと?』
私は心の中で苦しくも呟いた。
すると――
『弥生は、私のこういう気持ちにも、気づいとっちゃろうね……』と、そう思った。
弥生のことを応援したいのに、心の底から応援できない気持ち。
私自身、まだよく分かっていない、彼に対する淡い気持ち……。
そんな私がいつもいる状況で、弥生が唯一与えられたチャンスが、今、この瞬間だったのかもしれない。
『……』
それに、彼が私のことを好きかも知れないということにも驚いた。
話の流れでは、好き……みたい……。
こんな私の、一体どこを好きになるというのだろう。
顔を見れば文句ばかり、喧嘩腰で話すような女じゃないか。
最近では以前あの公園で彼が話したことやその表情から、つい彼のことが気になって目で追いかけじっと見てしまう自分がいた。
それは彼が何を考え、悩み、思っているのかについて、自然と私の気持ちが向いてしまっている所為だった。
だからたまに「なに?」と、彼が照れ笑いを浮かべながら私に尋ねてくることがあるのだが、「なんでもなか」と、素知らぬふうに返してしまっている……。
色々な想いが、私の中へ入ってくる。
私の心の奥深いところからは、淡いものが、次から次に湧いて出てくる。
どうしたらいいのか、分からない……。
『解らん。判らんけど――』
「ジュース、買 うてきたよ!」
「ありがとう、栞♬」
「ありがとう♪」
「それにしても、日差しはまだまだ強かね~」
「甘露寺くんも、今年の夏で少し焼けたっちゃないと?」
「うん! なんとなく黒くなった気がする(笑)」
「私は白うなっていきよっとよ!」
「それでも栞は黒かね♬」
「小麦色て言うてよ!?」
「アハハ。では小麦ちゃん。さっそく練習相手ば お願い♬」
「オッケー!」
「わっ!? 中牟田さん、コーラ振ったでしょ!?」
「さっき知らん顔しとったことへの罰」
「……」
「栞、なんの話ね?」
「なんでもなかよ♪」
「わぁ~、怪しか二人やね~~♬」
「さぁ、練習、練習!」
私はこの後、違和感の抜けない右脚が千切れてもいいと思いながら、弥生のボールを必死で追いかけ返球し続けた。
だって今、私に出来ることは、それぐらいしかないように思えたから……。
彼は、ネットポストに手を掛け私達のプレーを黙って見ている。
そして弥生は、そんな私の姿を見て、私と二人してネットにあるボールを取りに近づいた時に、「バカ……」と、ひと言だけ小声で囁いた。
声がした瞬間、弥生のその表情を見ることは出来なかったけれど、私達三人の距離から一番最初に離れていく弥生の凛とした後ろ姿が、私に何かを告げているような気がした。
そしてベースラインへと戻り振り返ってみると、「栞! 大好きばい!!」と、満面の笑みを浮かべてそう言って、弥生はホームランボールを私へと寄越した。
「――私も!!」
そうして帰る頃には、運動音痴と言っていたことを只の冗談だとするように、弥生は普通にラリーをするまでになっていた――。
「なん言いよっと!? 私ケガが――」
「怪我はもういいっちゃろ!?」
「それにしても、古賀原さん上手だねぇ……初めてテニスするとは思えないよ♪」
やっと秋が自己主張を始めた十月。
私達は今、日曜日の昼下がりに春日公園という公営施設のコートに来ていた。
その理由は、以前から弥生が「テニスしたい!」と言い続けていたので、それに付き合わされているのだ(泣)。
弥生はナイキのスポーツウエアを身に纏い、足のサイズが同じだったので、シューズとラケットは私のを貸してあげた。
少し気になったのが、弥生がロングパンツを穿いていることだった。
確かに寒くはなってきているのだが、動けばそれなりには熱くなる訳だし、ウォームアップを直ぐに脱いでTシャツ姿になっていることを考えてみても、持っているのであれば六~七分丈でも良いように思う。
『たぶん気、遣っとっちゃろうね……』
私は弥生に、その必要はないことを伝えようと思った。
彼は当然の如くテニスウエアでコートにいる訳だけれども、私はというと、途中で熱くなって脱いだカーディガン以外は、以前と同じような姿でいる。
そしてそんな私がテニスをするのは、彼に組んでもらった夏のちょっとしたダブルス以来だったので、流石に弥生の何処へ飛ぶのか分からないボールを追いかけ切る自信はなくて、隣のコートへ幾度となく謝りに行っては、ボールを回収する……そんなボールガールのような役になっていた(涙)。
けれど感心したこともあって、それは、初心者であれば空振りのひとつもしそうなところを、弥生はとにかくボールをラケットの面に当てて、必ずこちら側に送り返してきていたことだった。
これについては正直スゴイなと思ったのだが、だけどそのぶん、私の心拍数も凄いことになっている……(そろそろヤバイ(汗))。
「ちょ、ちょっと……もう無理……君、代わって」
「うん、いいよ♪ じゃあ、古賀原さん。距離を短くして、軽く打ってみよっか?」
「うん♬」
「――!?」
今更だったけど、その手があったか……もしかして彼は、早々にそのことに気付いてて、
「栞、どげんしたと?」
「ん!? なんでもなかよ(笑)。私、飲み物ば買ってくる!」
私がジッと睨むと、彼は心当たりがあるようで、私と目を合わせようとはしなかった(怒)。
そうして私がコートから離れたあと、二人はショートラリーを2~3回続けては途切りを繰り返し、どちらともなく「ちょっと休憩しよっか?」と、そう言ってコートから出て藤棚があるベンチに腰掛け落ち着いた頃、「甘露寺くんは、栞のこと好いとっちゃろ?」と、弥生が隣に座る彼に唐突に尋ねた。
『!?』
そして私は、この時ちょうど弥生達の後ろ近くにいて、声が聞こえてしまっていた――
「え!? どうして!?」
「わ!? 甘露寺くんでも、空振りするっちゃね!」
彼はコートから出てもラケットとボールを手放さず、面の上でポンポン♪と、小刻みにボールを突いていたのだが、その質問に思わず スコン!とボールを見事に落としてしまった。
「いや、だって……」
「だって……なん? 甘露寺くん、最初に会ったとき栞の【彼氏】って言いよったやろ?」
「それは、その方が話がまとまるのかなって思ったから……」
「それだけ?」
「……」
「好いとっちゃろ?」
「……」
「…………いつ、好きになったと?」
「……たぶん、初めて会った時から……かな」
「告白せんと?」
「……駄目なんだ」
「なんが?」
「迷惑かけちゃうかもしれないから」
「なんが?」
「色々と……」
「そんなことなかろ? 甘露寺くん優しかけん、大丈夫よ♬」
「ありがとう。でも、心配かけたり、悲しい思いさせちゃうかもしれないから」
「そんなん付き合ってれば、なんかあろうもん」
「……うん」
恐らく彼は、病気だったことを気にしているんだと思う。
弥生には、そのことについて話してはいなかった。だって、今の彼は思いっきりテニスをすることが出来ないだけであって、こうして普通に皆で楽しく遊ぶこともできる。それに私からペラペラと喋っていいような内容でもないと思うし、弥生だったらきっと私と同じように考えるだろうと、そう思ったことも理由のひとつだった。
「……」
それにしても、私の事がどうのこうのというのは抜きにして、彼はそのことについて自分に
それは気遣いが出来て優しいからなんだろうけれど、一歩踏み出さないと分からない大切なことも、これから先たくさんあると思う。
それを〈病気だった〉とか、(彼の言葉から何となく推測すると)〈再発の恐れ〉とかで諦めてしまうのは、何か違う気もする。
だけど私だって何事もなく全て前向きに毎日を過ごしているのかと聞かれたら、「過ごしている」とは言えない。
私は未だにこの脚のことをしっかりと引き摺っている。
……加害者のことを、恨んでいる。
きっと、人はそれぞれ、何かを抱えながら生きてるんだと思う。
そこに大きさなんて関係ない。
そして、それは人に託すことなんて出来ないと思う。
だけど、それを踏まえて心を通わせて、お互いに強くなっていくことなら出来るんじゃないかと、最近、私は
『難しか……』
私が答えのない難問を重たくなっていく頭で考えていると、軽い口調ながら、弥生が少しだけ震えた声で口にした――
「なんか、焦れったかね。なんなら…………わたしと付き合う?」
その瞬間、弥生の柔和な雰囲気の中に、彼を真剣な眼差しで映す瞳があるような気がした。
「え!? えっと…………その……」
彼は身を屈めて拾い上げた筈のボールと手にしていたラケットを落としてしまう。
手放されたそれぞれは、ポン ポポン!! カラン コロン!という響きで
そして私はというと、両手で抱えた3本のジュースを胸元で力強く抱き締め、事の経緯を知らず知らずのうちに吸い込まれるように注視していた。
そしてそんな私達三人の間に、短くも、長い長い〔沈黙〕が訪れる――
その〔沈黙〕は、次に誰かが言葉を発した瞬間に、ついさっきまでの私達ではいられなくなってしまうんじゃないかというものだった。
それはまるで、私が事故に遭う瞬間のように……
それはまるで、彼が病気になってしまった時のように――
そしてそんな中、弥生は〔それ〕の機嫌を決して損ねないように、丁寧に見送るかのようにして動揺している彼の代わりに不平を述べたそれぞれを宥めるように拾い上げ、「冗談♬ それぐらい焦れったいと」、そう言って彼にそっと手渡した。
彼は受け取りながら、ありがとうではなく、「……ごめん」を伝える。
「別に謝ることじゃなかよ(笑)」
「……うん」
『……』
冗談なんかじゃない。
弥生は本当に彼のことを好きになっていたんだ。
私はいつも一緒にいたのに、そのことに気付けなかった……ううん、気付こうとしなかった。
いま思い返せば、彼が小永吉先輩と試合をした時には、もう、しっかりとフラグが立っていたじゃないか――
〈わぁ、格好よかぁ!〉
〈栞みてん! 笑窪、可愛かねー♬〉
〈本当に彼と栞は付き合ってなかと?〉
〈人を好きになるんに、会った回数は関係なかろ?〉
〈標準語っていうか……〉
『……弥生……』
弥生は今の関係性を凄く大切にしてくれているんだと思う。
もし真剣に想いを伝えて断られたりでもしたら、この関係性が終わってしまう、その為にはそれとなく伝える以外に方法はない……と、そう考えたんじゃないだろうか。
『弥生だって、一歩、力強く踏み出さんと気付けんこと、たくさんあるっちゃないと?』
私は心の中で苦しくも呟いた。
すると――
『弥生は、私のこういう気持ちにも、気づいとっちゃろうね……』と、そう思った。
弥生のことを応援したいのに、心の底から応援できない気持ち。
私自身、まだよく分かっていない、彼に対する淡い気持ち……。
そんな私がいつもいる状況で、弥生が唯一与えられたチャンスが、今、この瞬間だったのかもしれない。
『……』
それに、彼が私のことを好きかも知れないということにも驚いた。
話の流れでは、好き……みたい……。
こんな私の、一体どこを好きになるというのだろう。
顔を見れば文句ばかり、喧嘩腰で話すような女じゃないか。
最近では以前あの公園で彼が話したことやその表情から、つい彼のことが気になって目で追いかけじっと見てしまう自分がいた。
それは彼が何を考え、悩み、思っているのかについて、自然と私の気持ちが向いてしまっている所為だった。
だからたまに「なに?」と、彼が照れ笑いを浮かべながら私に尋ねてくることがあるのだが、「なんでもなか」と、素知らぬふうに返してしまっている……。
色々な想いが、私の中へ入ってくる。
私の心の奥深いところからは、淡いものが、次から次に湧いて出てくる。
どうしたらいいのか、分からない……。
『解らん。判らんけど――』
「ジュース、
「ありがとう、栞♬」
「ありがとう♪」
「それにしても、日差しはまだまだ強かね~」
「甘露寺くんも、今年の夏で少し焼けたっちゃないと?」
「うん! なんとなく黒くなった気がする(笑)」
「私は白うなっていきよっとよ!」
「それでも栞は黒かね♬」
「小麦色て言うてよ!?」
「アハハ。では小麦ちゃん。さっそく練習相手ば お願い♬」
「オッケー!」
「わっ!? 中牟田さん、コーラ振ったでしょ!?」
「さっき知らん顔しとったことへの罰」
「……」
「栞、なんの話ね?」
「なんでもなかよ♪」
「わぁ~、怪しか二人やね~~♬」
「さぁ、練習、練習!」
私はこの後、違和感の抜けない右脚が千切れてもいいと思いながら、弥生のボールを必死で追いかけ返球し続けた。
だって今、私に出来ることは、それぐらいしかないように思えたから……。
彼は、ネットポストに手を掛け私達のプレーを黙って見ている。
そして弥生は、そんな私の姿を見て、私と二人してネットにあるボールを取りに近づいた時に、「バカ……」と、ひと言だけ小声で囁いた。
声がした瞬間、弥生のその表情を見ることは出来なかったけれど、私達三人の距離から一番最初に離れていく弥生の凛とした後ろ姿が、私に何かを告げているような気がした。
そしてベースラインへと戻り振り返ってみると、「栞! 大好きばい!!」と、満面の笑みを浮かべてそう言って、弥生はホームランボールを私へと寄越した。
「――私も!!」
そうして帰る頃には、運動音痴と言っていたことを只の冗談だとするように、弥生は普通にラリーをするまでになっていた――。