第17話

文字数 4,865文字

「お、お帰りなさいませ。ご……ご主人様」

「萌え萌え愛すコーヒーふたつ、お願いします!」

「か、畏まりました……」

 ちゃんと聞いておけばよかった(泣)。
 メイドがこんなにもハードルが高いなんて思わなかった(涙)。

 教室はすっかりアニメイドカフェへと様変わりしていて、黒板側をカウンターのようにして5席をくっ付け並べている。
 そして教壇にある机にテレビを設置して、アニメイドらしくアニメを流し(ちなみに今はエヴァンゲリオン)、窓側には本棚を用意して、そこにベルサイユの薔薇からワンピースなど、幅広く漫画をズラッと陳列していた。
 それから、厨房に見立てたスペースを教室の後ろ側にすることで素早い対応を可能にし、室の中央に向かい合わせの席を4席作ることで談笑できるカフェらしさもしっかりと演出する。
 それぞれの席には机ということをなるべく感じさせないように、ピンクや緑といった、色取り取りのテーブルクロスが敷かれて、そこにドラゴンボールの悟空やフリーザ、ソードアート・オンラインのウンディーネアスナ、コードギアスの紅月カレン等のフィギュアが並べられ、誰かの自作だろうと思われる、ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうかのヘスティアとシル、それに、Re:ゼロから始める異世界生活のレムとラムが等身大で室内それぞれに置かれていて、男女問わず、その創作力の高さに感嘆の声を漏らしていた。
 営業スタイルは1人ワンオーダー、10分/100円の自動加算制で、場慣れしたメイドが数人、「1杯、頂いてもよろしいですかぁ?」と、甘えた声を出して売り上げに貢献したり、会計の時にクレームをつけるお客には、男子が素早く取り囲んで有無を言わさず支払わせ「ありがとうございました!」と元気よく送り出す(汗)。
 そんな風営法ギリギリを思わせる中、私達メイドが給仕に励んでいる訳だったが、私は主に厨房で料理を任されていた。

「……」

 そこに立つ私は、どうしても周りの目が気になって、ついつい右の脚を隠すような仕草を作ってしまっている……。
 するとメイド服の要らぬ女子力アップの所為か、どうやらそれが返って男子を刺激するようで、中央の席、こちら側に向いて座る男子達が私の脚をジロジロと体を傾けながら覗き見ていた。

「――お待ちどうさまでございます、ご主人様☆ 萌え萌え愛すコーヒーはすっごく冷えてても、弥生のご主人様への熱い想いは、ずっと冷めないままでございます♡」

「――オオッ!!!」

 ナチュラルに楽しんでいるように見えなくもない弥生が(笑)、私のことを気遣い、男子達の目を私から引き剥してくれる。

「ごめんね、弥生」

「ううん。それよか、私の方こそごめんね」

 トイレから出て来た私は、どうやら死んでしまいそうな表情をしていたようで、流石の弥生もその様子に驚き、「どげんしたとっ!?」と私の肩を鷲掴みにして、何があったのかを話すよう迫ってきた。
 私は弥生のその迫力と心配してくれる気持ちに身を預けるようにトイレへと戻り傷痕を見せて、包み隠さずその経緯を伝えた。
 すると弥生は、「やけん体育の時間は、脛にもサポーターしよったっちゃね……」と、今まで(あえ)て触れないでいてくれたことを話してくれる。
 そして、「体調わるいことにしたらいいけん、せんでよかよ」と、そう言って気遣ってもくれた。

「ううん。ちゃんとせんかったのは私やけんいいと。でも、なるべく見せんで済むようにしとっても……よか?」

 弥生は任せておけと云わんばかりの決意の表情で私に「もちろん!」と告げてくれる。

「……ありがとう」

 私は弥生のその頼もしさと優しさに、目に薄っすらと涙を浮かべた――。

 そうして教室へ戻ったあと、弥生はテキパキと他の三人の女子にそれとなく指示を出して、一人はカウンター担当、弥生含め三人は接客担当で、それから謎の交代制の男子の立ち位置等も配置し直してくれた。
 そのお蔭で私はあまり動き回らずに済んで、ほとんど傷痕を見られることも無く順調に(こな)していると、「あ、いたいた♪」と、彼が弥生と私を見つけて、唯一空いていた廊下側の向かい合った席にこちらを向いて腰掛けた。
 
 まずいことにその席は、私の脚が最も視界に入りやすい席だった……。

「すいませ~ん」

 テーブル席の三組が、注文の声をそれぞれ発する。
 直後、「お願いします♪」と、彼が私に笑顔で手を上げた。

「!?」

 違う席の注文を受け始めた弥生と私が思わず視線を合わせる。
 見れば他の子達も既にそれぞれ対応中だ。
 状況的に、どう考えても私しかいない。

「……」

 彼がキョトンとして、私の事を見ている……。

「――!」

 私は覚悟を決めて、注文を取りに行くことにした。

「お、お帰りなさいませ。ご……ご……ご主人様」

「頑張ってるね(笑) とっても良く似合ってるよ♪」

 私の上から順に腰までを彼は目に留めながら微笑み、そう言って褒めてくれた。
 そして直ぐにメニュー表へと目を移す。

「……」

 明らかに彼が気を遣ってくれているのが分かって、逆に、辛かった。

「お絵かきオムライス、お願いします♪」

「スランプ中やけん、お絵かきできん」

!?

「……」

「じゃ、じゃあ マジカルアイス」

「マインド切れしとう」

「!? そ、それじゃあ……ばりこてメイドチップス……こ、粉落としで(汗)」

「……畏まりました」

 私は仏頂面のまま、彼に背中を見せる……。
 なんでだろう。本来ならば、傷痕のことを知っている彼のその気遣いに感謝するべきところなのに、なんでこんなにも嫌な、そして悔しい気持ちになってしまったのだろう――。

「お待たせしました、ご主人様。ばりこてメイドチップス粉落とし……さっさと食わんと、くらすぞこらーーっ!……で、ございます」

「あ、、、、ありがとう ござい、ます……」

 そうして私の脚へは決して視線を飛ばさない彼が、来客者全員に引いてもらっているクジを引く。

 ――と、「当たっとう……」

「わ!? 甘露寺くん、スゴかね!」

 加勢に駆けつけてくれた弥生が楽しそうに話す。

「え、なになに?」

「メイドとチェキが撮れる当たりクジばい♬ 1日3枚しか入っとらんくて、もう2枚出よっとよ(笑)」

「で、誰と撮るの?」

「注文うけたメイドさん♬」

「――!?」

「……なん? 文句あると?」

「いえ、嬉しいです……」

 そうして弥生の、「萌え萌え、キュンキュン、ハイちーず♬」に合わせて、私達はパシャリとフレームに収まった――。

「……」

 私はそこに映る態度の悪いメイドと、引き攣った笑顔のご主人さまを乱暴に視界に収めたあと、自分のぶんを丁寧にスクールバックの中へと仕舞い込んだ……。

 そして文化祭ニ日目は事前にテーピングを施して傷痕を隠し、アニメイドカフェも無事に終了して、フィナーレであるダンス部のパフォーマンスと軽音部の歌唱でその幕を閉じる。

「じゃあね 栞♬」

 その日は私も彼もお互いの教室へ足を運ぶことはなく、片付け等の為に一緒に帰ることもなかった。

「うん!」

 私は弥生と一緒に帰ったその足で、何とはなしにあの公園へと真っ直ぐに向かう……
 
 すると――「ぁ……」
 
 そこには、制服のまま壁打ちをする、彼がいた。

「……」

 私は黙ってその後ろ姿を目に映す。

 初めて見た時と同じように、安定したリズムとフォームを繰り返す彼。
 フォアハンドに飽きたのか、バックハンドに切り替えて同じ時を楽しげに刻む彼。

 ……優しい彼。

 そうして暫くすると、ボールをラケットの面でヒョイと受け取りこちらに振り返った。
 彼は私に気が付き、一瞬だけ驚いたような表情をしたあと、直ぐに笑顔を作って軋むフェンスを開いてこちらへとやってきた。

「中牟田さん、来てたんだ」

「うん……なんで制服のままなん?」

「ん? 早く打ちたかったから(笑)」

 その表情はまるで、私が小学生の頃のようだ。

「やる?」

 彼がスッと、ラケットとボールを私に差し出す。

「よか」

 私はプンと顔を背けて、数歩の距離の長椅子に腰かけた。
 すると彼もゆっくりと近づき、ふわりと私の横に腰を下す。

 その瞬間、私の鼓動が早くなる――

「気、遣ってくれたっちゃろ?」

「……脚のこと?」

 私は落ち着いてくれない心の音が彼に伝わらないように、機嫌悪そうにしてブランコに向けて頷く。

「見て欲しくなさそうだったから」

「……うん。だって、キショかろ? こげな脚……」

 すると彼は、無言でブランコをしっかりとその目に見据えたあと、ゆっくりと確かめるように話し出した――

「僕は中牟田さんの、怪我をする前の脚のことは知らないけど、その脚も見てみたかったなって思う……だけど、今の中牟田さんの脚が汚いとか、見たくないとか、そんなふうには思わないよ。だって、中牟田さんに変わりはないんだし、僕の今しってるその脚の方を、むしろ僕は見ていたい」

「!?」

 私は彼の横顔を、大きく体を捻って直視した。
 心の音が今度は速さだけじゃなくて、一回一回の大きさも伴う……。
 本当は〔汚い〕という解釈をしたところを〔気色わるい〕に訂正させたかったのだけれど、そんなことはもうどうでもいいことに変わっていたし、それよりも早く次の言葉を聞きたかった。
 
「中牟田さんは、中牟田さんだよ。脚のことだけじゃなくて、テニスが嫌いだったとしても、好きでも……」

 見れば右半分のその顔は、先程の炊飯器から立ち上っていた湯気よりも蒸気しているようで、そしてお赤飯のように、かなり赤みも帯びていた。

「……」

 私は自分が否定、拒否、拒絶をした私を受け留めてくれる彼に、何を言えばいいのか分からなくなってしまった。
 昨日のことも結局のところ、怪我をしていない姿で彼に見て欲しかったという私の欲が、嫌な気持ちを生んだ理由だし、彼に気を遣わせてしまったことについても、事故にさえ遭わなければという悔しい気持ちが原因だった。
 だって、怪我をする前の私が私であって、今の私は私じゃない……そんなふうにずっと思っていたから。

「……」

 私は激しく高鳴るその音と、自分のそんな思いが彼と私の間にあって、それで私達が繋がっているような感覚で話し掛ける。

「君は……」

「?」

「君は、辛くないと?」

「テニス、思いっきりできなくて?」

 私は小さく頷く。

「……辛いよ。本当は死んでしまいたくなるほど」

「!?」

 彼のその表情は、生きることを背負っている……そんな感じだった。

「でも、そんな簡単には死ねないよね(苦笑)。だって、死ぬ思いして生き延びたんだし、それに、皆もそう願ってくれているし……」

 そこで彼の気持ちが、繋がっているようなものを通して、少しだけ私に伝わってきた。
 どれだけ辛い闘病だったのかは想像することしか出来ないし、実際、想像したところで私の頭じゃ想像しきれない……。
 だけど、今の彼の言葉の色合いからすると、以前のようにテニスが出来ないのであれば、その闘病に大した意味は無いし、それにもしかしたら、彼も皆のサポートに感謝しつつも、やり場のない、暗いドロッとした自分の感情に心が圧し潰されてしまいそうになっているんじゃないのかと、そう感じた。

「……」

 そして彼は、私の方を向くことなく、言葉を続ける。

「でも! 今は毎日〔楽しい〕を探してるから、充実してるよ♪」

『ウソ……』

 私に繋がり伝わってきたものとは、全く違うということが、直ぐに分かった――。
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