第13話

エピソード文字数 2,838文字

「え!? お祖父ちゃん、私テニスしよらんよっ!?」

「今はしよらんくても、今までしとったっちゃろうもん。出来んようなら球出しでもよかけん、()んね」

 常に30度を超える最高気温と、ジリジリと照りつける太陽の所為で、私の体は溶けた後に蒸発してしまって、跡形も残らないんじゃないかという八月の夏休み、お祖父ちゃんから電話が入った。
 なんでも試合が近いので、練習相手をして欲しいとのことだった。
 テニスをしたくない私は、お祖父ちゃんにあれこれ理由を付けて断ろうと懸命に試みたものの、球出しならどう考えてみても出来る訳だし、それに、高校に入学させてくれた大恩も踏まえると、当然、断るわけにはいかなかった――。

「で、なんで僕が一緒に行くことになるの?」

 定期健診の結果、細かい数値の変化はみられるものの、正常な範囲と診断された彼を伴って、私は今、夕方17時過ぎの学校に足を伸ばしていた。

「君が相手すれば、全て上手くいくけんやろうもん……」

 坂の途中から蝉の鳴き声が一層激しさを増して、私は声を張る。
 日没は19時頃の筈だから、間違いなく、最低でも1時間はいることになりそうだ。

「中牟田さんのお爺ちゃんは、孫娘とやりたいんじゃないの?」

「……」

 痛い所を突かれ、私は蝉の大合唱の所為で聞こえない振りをした。

「甘露寺んとこのか……少しは出来るらしいっちゃなかか。ちっと相手ばしちゃろ」

 彼の心遣いは、全く持って無用だった。
 コートで彼を紹介するなり、初めて至近距離で会う孫娘に感動することもなく、私の祖父の目の色は狂喜を帯びた(汗)。

「あの、今更ですが……入学させて頂いて、ありがとうございました!」

「そげなことはどうでもよか。さっさと始めるばい」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 彼は私に頼まれたことをそのまま彼の祖父、Le.reposのオーナーである甘露寺長政(かんろじながまさ)さんに話したらしい。
 すると、「爺に会うとやったら、一言だけ礼ばいっとかんね」と、事情を伝え聞かされたということだった。
 そして、二人それぞれがベースラインへと向かおうとした、その時、「かなた。そげな老いぼれの相手ばすることなか」という声が聞こえてきた。
 私達が驚き振り向くと、コートの入り口には、いつの間にやら長政さん、ご本人の姿があった。そしてその出で立ち……テニスウエアは、うちのお祖父ちゃんと見分けがつかないほどに一緒だ(汗)。
 真っ白な半袖のポロシャツを真っ白な短パンにきっちりと仕舞い込み、脛の真ん中あたりまである長さの真っ白なソックス。そしてシューズも真っ白。
「ウインブルドンにでも出場するんですか?」と、そう聞きたくなるような恰好を二人共にしているのだが、昔のプレーヤーは、大抵こんな着こなしだったらしい。
 そして唯一ウエアで見分けがつく所と言えば、胸のところに施されているワンポイントのワニの向きが、右か左かということ……それぐらいだった。
 しかし、外見については全くもって似るところはなくて、お祖父ちゃんは強面で頭は夕方でも強烈な日差しに負けず劣らずの輝きを放ち、一方の長政さんは目尻の垂れ下がった大黒様のような顔立ちに、真っ白ではあるものの、きっちりと髪が頭皮に根を生やしている。

「こんにちは! お久しぶりです♪」

「おお、栞ちゃん。元気ね?」

「はい♪」

「なんか、栞。このクソ爺と知り合いね?」

「――!? ち、ちっちゃい頃から、よく食べに行かせて頂いとうと。食後のデザートとかも、いつもご馳走になっとうとよ♪……(汗)」

 私は長政さんに申し訳ない気持ちで一杯だった。
 あぁ、お祖父ちゃん。どうか、そのお言葉を慎んで……(泣)。
 すると長政さんがウチのお祖父ちゃん、上白水大膳(かみしろうずだいぜん)をチラッと見た後に負けず劣らずの暴言を宣った。

「栞ちゃんは、こげな頑固爺に似らんで本当によかったばい。もし似よったら、整形ばせなならんとこやったね」

「――お祖父ちゃんっ!?」

 彼が最初の長政さんの発言で、もう既に顔色を変えていたところにきて、更にその色を濃くして蒼ざめる。

「お前んとこの孫かて、同じやろうもん」

「なんか!? かなたは儂によう似とうけん、顔よか、テニスよかになったったい!!」

「なぁん言いよっとか!? 貴様(きさ)んに似よったら、目の開いとらん牛蛙みたいなツラになっとった挙句に、つまらんドロップショットしか打てんごとなっとったやろうがっ!?」

「なんかこの!? 貴様ん《きさ》の方こそ、こげな美人が品の無い青大将みたいな面になっとった上に、しょぼかスライスサーブしかできんかったとこやろうもん!?」

「なんか貴様ん! 貴様んその不味そうなツラば、飲み込んじゃろうかっ!?」

「口ば開けた瞬間、ナメクジ放り込んじゃあたいっ!!」

「……」

 私達は長年培ってきた掛け合いのようなそのやり取に目を丸くする。

「さっさと準備せんか!? 本番前に()られに来るんは、貴様ぐらいたい!」

「なんいいよっとか!? この間の大会は、儂が優勝したっちゃなかか!」

「この間の大会はつまらん大会やけん、貴様んに華を持たせてやっただけたい!」

「相変わらず器の小さか男やね!? 素直に負けば認めんか!!」

「なんか!? その前は俺が勝ったろうもんっ!?」

「それこそ勝たせてやったっちゃなかか!?」

「なぁんが――」
 
 コートの出入口付近で、ご老人の健やかなる激しいバトルが暫く続き、やっとそれぞれが自分のラケットを取り出すところにまで辿り着く(汗)。

「長政ぁ……また買い替えたとか? 貴様んにそげな重かもん使えるわけなかろうが」

 彼の祖父の取り出したラケットは、レジェンドと呼ばれるロジャー・フェデラー選手が使用している真っ黒なラケットで、重さが340グラムもあるものだった。

「はぁぁぁぁっ!? 大膳くらすぞこら! 貴様んと(ちご)うて、儂はいつも重かフライパンば持っとったい!! 貴様んの方こそ、トップスピンば掛けられんくせしてから、そげな派手なラケット()うて恥ずかしくないとか!? ……ははぁん、それともなんか。年相応のラケットも選べんほど、もうボケてしもうたとかっ!?」

 私のお祖父ちゃんもレジェンドの一人、ラファエル・ナダル選手が使用しているラケットで、メインカラーがイエローとブラック。そして、そのスロート部分は空気抵抗を減らす為に奇抜なデザインをしているものだった。

「せからしかたい! さっさと構えんかっ!?」

「貴様んこそさっさと構えんかっ!?」

「貴様んが――」

 そしてこの後も耳を塞ぎ、目を覆いたくなるような舌戦が、互いのベースライン上から繰り広げられた(汗)。
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