第25話

文字数 6,188文字

「長政! 今日はビシッと、よかとこば見せないかんばい!?」

「それはこっちの台詞たい! かなたや栞ちゃんの足ば引っ張ったらいかんぞ!?」

「なんか貴様(きさ)んっ!」

「貴様んこそ、なんかっ!」

「ぁ、あの!? 今日は皆で楽しく試合ばしましょう! アハ♪ アハハハハ……(汗)」

 夏休みに入り、先日、彼が話しをしていた大会に私達は出場することになった。

「ようし! 今日は大活躍ばするったい!!」

「小永吉先輩は皆さんの邪魔にならんごと、おとなしゅう静かにプレーしてくだいね♬」

「古賀原、応援になっとらんぞ……」

「中牟田さん、いつも息子がお世話になっております」

「こちらこそ、栞がいつもお世話になっとって、感謝しとります」

「お母さん。お父さんとお祖母ちゃんで今日はやってるの?」

「そうよ(笑)……あ♪ お父さんの作ってくれた差し入れのお弁当があるからね。皆さんの分もありますので、お口に合うかどうかはわかりませんが、よろしければどうぞ(笑)」

「美紀さん。この爺には毒入りくれちゃらんね」

「なんか、長政! 貴様んは入れ歯ば喉に詰まらせてくたばらんか!」

「なんか、大膳! 儂は入れ歯なんぞしよらん! 貴様んと一緒にするな!? それにくたばるんは、貴様んの方たい!」

「俺かて金歯以外、ぜんぶ俺の歯やろうもん! お前より先にくたばる訳なかろうが!?」

「なぁんが――」

「そろそろ時間じゃないかな……?」

 お祖父ちゃん達の舌戦に免疫のついてきたが彼がスマホを取り出し、時間を確認する。

「ほんとだ! コートば確認せんと!?」

 今日は福岡県内、最大規模を誇る博多の森テニス競技場に足を運んでいた。
 ここは国際大会等も開かれる場所で、週末には、ほぼ空きのないコートだ。
 本日はなんと、ここで団体戦が行われることになり、意外な顔ぶれが集まることとなる。

 メンバーはというと……彼と私。
 私達のお祖父ちゃん。
 それから小永吉先輩に、応援には、弥生と美紀さん。
 そして最後のメンバーは……お父さんだった。

「大膳。ムスッとしとらんで、徹也君といい加減、約束どおり仲ようせんか」

 長政さんは前回の大会で勝った方が相手の言うことを聞くという条件で戦ったらしい。そしてその結果でも中々首を縦に振ろうとしないお祖父ちゃんに対して、墓場まで持って行くと決めていた昔話を持ち出すことによって、お祖父ちゃんを説得したようだった。
 けれど長政さん曰く、「そこまでされたっちゅう言い訳でもなかやったら、あの爺の面子が立たんだけたい」ということらしい。
 そして、「まぁ、栞ちゃんが()ったら、大膳もそう片意地ば張ることも出来んやろ。孫の力は、それほどジジババには絶大たい(笑)」と、可笑しそうにそう話していた。

「……あ、あの……」

 畏まったままのお父さんが、お祖父ちゃんに話かける。
 こんなにも緊張しているお父さんを見るのは、初めてだった。

「別に、俺らは喧嘩なんぞしよらん」

 お祖父ちゃんがソッポを向きながらもボソッとそう告げたあと、「徹也! 今日はしっかりやらんと、くらすぞ!」と、力強くお父さんに声を掛けた。

「――はい!」

 お父さんは姿勢を正して、お祖父ちゃんに低く低く頭を下げる。

「お祖父ちゃん……お父さん……」

 私は二人のぎこちないながらも言葉を交わしてくれたことに胸が熱くなって、潤む目から涙を零してしまいそうになっていた。

 ……きっとお母さんも、この光景を喜んでいるに違いない――。

「ほらほら、栞ちゃん♪ これから頑張らなくちゃいけないんだから、気持ちをしっかりと強く持ってね(笑)」

「はい。ありがとうございます……」

 美紀さんがまるで私の本当のお母さんのようにして、そっと背中に手を回し、そして優しく激励の言葉を掛けてくれた。

「良かったね、栞……」

「……うん」

 雰囲気で察してくれた弥生が微笑みをくれ、そしてガラリと表情を変えた後、「(うるさ)かっ!」と、先程から感極まって号泣する小永吉先輩を一喝して黙らせる。

 すると遠く向こうの方から、私達へ呼び掛ける声が聞こえてきた――

「チーム上白水の皆さん、いらっしゃいますかー!? 至急14番コートへ、お入りくださぁい!」

「わ!? 皆、急いで行かんと!?」

「大膳! なんでチーム上白水なんか!? 甘露寺軍団やろうがっ!?」

「せからしかたい! 末席に加えてやっとっちゃけん、おとなしゅうしとかんか!!」

「おとなしゅうするんは――」

 なんだかんだでお祖父ちゃん達は、先頭に立って急ぎ足でコートへと向かう。
 14番と言われて迷うことなくまっしぐらに進むあたりは、いかに通い詰めているのかがよく分かった(笑)。

「――お願いします!」
 
 参加チームは計8チームで、1チームの人数は6名とされていた。
 ルールは変則でシングルスとダブルスを2面展開で同時に行い、1ゲーム毎にプレーヤーを入れ替え出場回数を出来るだけ同じにするというものだった。
 そして勝敗が1-1になった場合は、スーパータイブレーク方式という10点先取のダブルスで勝負を決めるのだが、これも特別ルールで9-9の点数になった場合は一本勝負となる。

「君~! ファイトー!!」

 そして私達は初めて経験するこの試合の仕方に緊張しながら、トーナメントを戦っていくのだった――

 初戦の相手は大学のサークルメンバーで構成されたチームで、元気はあるものの、ボールがコートの枠に収まる確率は私達より遥かに劣るので難なく勝利することができた。
 ここで驚いたことは、お父さんがテニスをするのは久し振りの筈なのに、なかなかに堅実なプレーを見せて、お祖父ちゃんから「今度、相手ばしちゃろう」と、闘志を剥き出しにされていたことだった(笑)。

 そして準決勝の相手は草トーナメントで上位に入る人達を擁したチームで、お祖父ちゃん達がプレーする番になると劣勢に立たされる場面も多々あった。
 けれど彼と小永吉先輩が状況を打開して、お父さんや私も踏ん張りをみせて二勝を先に上げることができ、私達チームは団結力も増していった。

 そうして迎えた決勝戦――

 相手チームは格段に強くなっていて、40代ぐらいの男性二人は、若かりし頃に全日本選手権にダブルスで出場するほどの実力者だった。
 そして他のメンバーはというと、テニスコーチをしている30代の男性に、年齢別の大会で九州代表にもなるほどの実力を持つ40代の女性と、大学の部活でプレーする元気な男女で構成されたチームだった。

「必ず優勝しよう!」

 お互い変則的なこの戦い方に慣れてきた頃で、私達は先手必勝を心掛け、最初にシングルスに彼を出して直ぐに1ゲームを奪ったあと、小永吉先輩で粘らせておいて「最初に出る」と言って聞かないお祖父ちゃんズでスタートしたダブルスにお父さんと私、そして彼を順番に控えさせておいて、タイミング次第で彼をそのままシングルスの方へ投入する……という戦法を取っていた。
 相手の方はというと、既にこちらの戦法と実力の程を確認済みらしく、彼の相手を敢てチームの中で一番上手じゃない女子大生を当てるようにして、元全日本選手達を出来る限りダブルスの方でプレーさせるようにしていた――

「栞、頑張って!」 

 試合の終わるタイミングにもよるのだが、参加者を出来るだけ平等にコートへ立たせなければならないというそのルールに、相手チームは取捨選択のメンバーを上手に当ててくる。
 それでも私達のチームは彼をシングルスの方に多く投入できたお蔭で、先に貴重な1勝を手にすることが出来た。
 けれどダブルスの方は元全日本選手とコーチの活躍によって、残念ながら惜敗を喫すことになる。
 ここで誤算だったのが、小永吉先輩と敵の40代女性のテニスが絡み合ってしまったことだ(汗)。
 余りにも長いストローク戦でプレー時間を無駄に費やし、とうとう焦れた弥生が「なんでチャンスボールまで丁寧に返球しようとよっ!?」と、眉間に皺を寄せて説教を始めてしまう程だった。そして先輩はというと、それを体格に似合わず体を小さくしながら大人しく聞き入り、「スイッチが入ってしもうた……」と、ボソリといじけたように呟いていた(苦笑)。
 
 そうして波乱含みのスーパータイブレーク。

 それぞれ1ポイントずつメンバーを一人、また一人と入れ替えながらのシーソーゲーム。
 このダブルスでは、相手チームの方が有利かと思われたのだが、やはりミスがそのままポイントに直結しまうという緊張感からか、意外にも凡ミスをしてくれていた。
 
 そして今、9-9という最高にシビれる場面……
 
 向こう側は、元全日本選手の二人。

 対するこちらは、サーバーが彼で前衛が私。

「栞、甘露寺くん♬ ファイト~!」

「甘露寺、中牟田! 頼んだばい!!」

「かなた、栞ちゃん…… ガンバって!」

「甘露寺くん、栞、集中!」

「かなた! 格の違いば見せてやれ!!」

「栞! 祖父ちゃんの孫っていうところば見せつけてよかぞ!!」
 
 そうして喧騒から一気に静寂が広がり、敵の二人がレディースポジションを整える……。
 相手の陣形は彼のサーブが別格に良いことを考慮して、前衛はベースライン付近に立ち、とにかく味方レシーバーが返球してくれることを信じて構えていた。
 そしてこちらはサーブのコースを確認し合いそれぞれポジションについたあと、時間が経過するに連れ、緊張から顔を蒼くする彼のボールを突く音が聴こえて来る……そして、
 
 ――バンッ!!
 
 板を叩き割るような音と共に彼のサーブがワイドへと入り、コートを抉るようにしてバウンドしたあと、そのボールが外へと逃げていく!

「――っ!」

 相手レシーバーは、一か八かでコートの外側へ寄っていたお蔭で、弾かれながらもなんとか面をこちらへ向けて返球する!

「栞ちゃん!」

 そしてそのボールは私の方へと上がってきたのだが、ナイスロブと言えるほどの深さには至らずに、私のチャンスボールとなった!

「――うん!」

 上がってくるそのボールに対して、私は、スマッシュの構えを作り始める……
 私は、モーションと同時に、あの壁打ち場で彼から教えてもらった光景を思い出す……
 ボールを壁の手前に打ち付けて、その勢いで跳ね上がらせながら練習したスマッシュを――

「栞ちゃん。スマッシュはね、左手を利用してラケットを真横に持ち上げて、そこから一気に頭の後ろへ持って行った方が、安定した形になるんだよ♪」

「へぇ、知らんかった……」

「それで意識しなくちゃいけないのは、左の腕。しっかりと伸ばして、支えておくことで打点が安定するんだ(笑)」

「ふんふん」

「あとはしっかりと振り切ればいいんだけど、その勢いに体が負けないようにね♪」

「はーい(笑)」

 ――そうして今、その場面がやって来た。 
  
 敵の二人は私が構えたことに勝機ありと感じて、眼光鋭く何処までも食らいつこうと、ベースライン後方で並行陣をしっかりと整える。
 
 私はその様子に怯む……そして逃げるように決まりそうなコースを探してみたけれど、およそダブルスラインの際を狙うぐらいしか、イメージがつかない……

『どっち!?』

 フォアサイド……バックサイド……それに深さについても、迷いが生じてしまう……。

 確かにそこを狙って入れば、決まるかもしれない……だけどそんな所を狙っても、私の技量じゃサイドアウトする確率の方が遥かに高いと思ったし、何よりあそこじゃ恐くて振り切れない……

『どうしよう……』

 判断が、つかない……

「栞ちゃんっ!」

「――っ!!」

 彼の声を背中に受けた瞬間、私は、あの光景の続きを思い出した――

「ダブルスの場合は、ベースラインを狙うんじゃなくて、サービスライン前後を狙うといいよ♪」

「なんで?」

「中途半端に深い所を狙っちゃうと、返ってきた時の距離感が難しくなるから(笑)」

「へぇ……じゃ、コースは?」

「迷ったら、相手の事なんか気にしないで、フルスイングで ど真ん中♪」

「なんか、気持ちよさそうやね!」

『――そう! 迷ったら!!』

 私は呼吸を整え、そのタイミングを計り、一歩しっかりと踏み込んでボールを捉えた!
 
 ――パシン!
 
 狙い通りに私の打ったそのボールは、軽快な音と共に相手コートのど真ん中にバウンドする!

 でも、

「――!?

 今コートに立っている中で最も球威のない私のそのショットを、前衛役の敵が起死回生とばかりに必死の形相で見事な放物線を描いてロブで返球してきた!

 見るとカバーの為に私の傍までやって来ていた彼の頭上をも軽々と超えて、そのボールは、ベースラインぎりぎりの所に落ちようとする……

『もう駄目!』

 私がそう思った、次の瞬間――
 
 彼は鋭い眼差しでボールの行方を確かめると、フワリと白髪を揺らめかせながら煌めくように駆け出して、あっと言う間にバウンドする近くまで辿り着く。

 そして背を向けたまま、私に横顔を覗かせ声を掛けた――

「栞! しゃがんで!!」

「――!?」

 私は訳も分からず彼の指示に従いしゃがみ込む!
 
 すると――
 
 彼はそのままボールのバウンドに合わせてポジションを微調整して、そして一呼吸置いた後、私の頭スレスレを通す、物凄いスピードボールを両脚の間から向こう側へと送り返した!
 
 ブゥーーーーンッ!!
 
 風を切る音が通り過ぎる。

 彼はこちらへと素早く体を切り返しながら、私に力強く声を掛ける。

「構えて!」

「はい!」
 
 私は言われたことに直ぐさま反応して、前を向き、気持ちと共にもう一度しっかりと構え直す! 

 見ればレシーブした相手が手だけをなんとか出して、か弱い浮ついたボールを私に返球してきた!

「もう一度!」

「はいっ!」
 
 私は迷うことなく、同じ場所、相手が待っているその場所に、渾身の力と思いを込めてスマッシユを叩き込んだ――!

「!?」 

 すると相手の二人は、どちらがそれを取るのかで一瞬躊躇ってしまった為に、結局どちらも手を出すことが出来ず、お互い顔を見合わせてそのボールを見送ってしまった。
 そしてそのボールはカシャン!というフェンスに当たる音を残して、コートに数回小さく弾んだ後に、落ち着く……
 
 ――静けさが、舞い戻ってきた。

「……か……勝った」
 
 私はフィニッシュのままに呟き、そして――

「かなたーーーーっ! 勝ったばぁぁぁぁい!!」

 両手を上げて、ベースラインにいる彼の方へ振り返った。

 すると彼は、満足そうに微笑んで、「よかった……」と、口元を僅かに動かし、そして、、、、

 そのまま倒れた――
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