第14話
文字数 4,462文字
「な、なんかゴメンね……」
「う、ううん。僕の方こそ……」
羞恥心から顔を赤くして下を向いたままになった孫を置き去りに、気付けば往年のプレーヤー達は、言葉の変わりに熱い庭球の戦いの幕を開いていた――
二人共にフォアもバックも片手打ちで、イースタングリップという、〔薄いグリップ〕と表現される握りで器用にストロークを打ち分ける。
球種はというと、ややスライスが掛かったボールだ。
それを低い弾道で真っ直ぐに押し出すスタイルで、バックの方がより回転量が多い。
そして打つ度に「あー!」、「う~!」という迫力のある声を張り上げて、それはそれはボールが…………ゆっくりと飛んでいく。
双方のテニスを観ていると、昔懐かしのファミコンを見ているかのようだった。
「よく続くねぇ」
「こげん1ポイントが長かったら、命の削り合いやね……」
私達は、ほのぼのとした必死のその戦いに、欠伸を堪えて首を左右へと行ったり来たりさせている。
そうして何回目かのチェンジコートのあと、「今日は、こげなところでよかろうもん……」と、お祖父ちゃんが大きく肩で息をしながら伝える。
「仕方なかね。勘弁しちゃろ……」
答える長政さんも苦しそうだ。
そして二人して水筒の水をゴクゴクと飲んだあと、「ダブルスするばい」と、お祖父ちゃんがさも当然のように言い出した。
「え!? だって、私……」
「サーブとリターンだけすれば、後は長政の孫がカバーするやろうもん」
聞けば二人はいつも年齢別の大会で一緒にペアを組んでは、大会を総ナメにしているらしい。
まったく、仲が良いのか悪いのか(汗)。
「栞ちゃん。かなたに任せたらよか」
「早 よ準備せんか」
「ぇ……ぁ……でも…………はい(泣)」
一人でも十分なオーラを放っているのに、二人のその圧に、私は只々小さくなるばかりだった――。
「……」
私はやるつもりがなかったので、半袖のシャツにデニムパンツという格好で、コートを傷めないようにテニスシューズだけは履いていた。
彼はというと、全てバボラットで統一されたウエアで、Tシャツ、膝下まで長さのある短パン、そして踝 まで隠れるショートソックスで準備は万端だ。
「少し、アップさせてください♪」
彼はそういうと、出入り口から見て左側のコートの真ん中、サービスラインの一歩後ろにラケットでボールをリズム良く突きながら立つ。
「中牟田さん、ショートラリーしよ!」
彼がラケットの先で向こう側へ立つようにと、私のことを笑顔で促す。
「……」
私は、誰にも聞こえないように溜息を吐きながら、形ばかりの予定で持って来ていた自分のラケットを手に取り、踵をズタズタとコートに擦り付けながら、彼と同じぐらいの場所へ立つ為に重い足取りで動き出す。
「……」
半年振りぐらいだろうか。
コートに立った私は、眩しさのようなものを覚えて、目を瞬かせた。
――そして、
「行くよ!」
彼が自分の足元にワンバウンドさせたボールの上がりっぱなを優しく捉えた。
「――!?」
軽快な音の後、丁寧にコントロールされたボールが、私の方へと嬉しそうにネットを越えてやってくる。
私は躊躇いながらも軽くテイクバックをして、そのボールをワンバウンドで迎え入れる準備をした……
――ポン♪という、私の中の雑念を振り払うような、清らかな音とインパクトの振動が手に伝わってきた。
遠ざけていた熱い何かが、スッと蘇る。
彼が私の打ったボールを丁寧に同じところへ返してくれる。
私は、また、彼にそのボールを送り返す。
「……」
戸惑いながらも繰り返される、二人だけの時間。
心が洗われて、無心になっていくのが分かる。
私は全く動く必要がない。
彼のことをただ信じて、同じようにテイクバックをすればいい。
向こう側には、私のことを見てくれている彼の姿がある。
『私、どげんしたっちゃろ……』
自分じゃないような、そんな錯覚に陥った。
嫌いになったはずのテニス。
それなのに私は、心が今にも踊り出してしまいそうだった。
もしかしたらそれは、絶対に相手にしてもらえないキャリアの彼に、今、こうしてラリーをしてもらえているからなんじゃないのか? そう思った。
だけど、なんか違う気もする――
「どう? 大丈夫?」
彼が私の体調、怪我の治り具合を確認する。
私はそこで初めて自分の右脚を気にしてみた。
動かす度に、錆び付いていたような筋肉が、少しずつしなやかさを取り戻していくのが分かる。
私の思う動きに対して、反射が良くなっていっているのも感じ取れる。
だけど傷痕のしこりや硬さは、どうしようもなく私の意志とは無関係にその存在を確立してしまっていて、ワンクッション出遅れるような感覚もあった。
それは仕方のないことなのかもしれないけれど、やっぱり辛い。
「……大丈夫」
「じゃあ、下がろうか♪」
彼はそういって、打ちながら徐々にベースラインへと下がっていく。
私も彼に倣い、ベースラインの二歩後ろまでそのまま下がった。
彼のボールは距離を伸ばしても私の打ちやすい所へと変わらず飛んでくる。
けれどそれでも、そのボールの伸びは私がこれまでに体験したことがないもので、少し目測を誤っただけでも振り遅れてしまっている。
そしてそんな私のミスショットを、彼は私がボールを打ち出す前に予測する方へと体重を傾けて、私のインパクトと同時に動き出すのだった。
『やっぱり、凄か……』
こうして打ち合ってみると、否が応でも彼の圧倒的な迫力がヒシヒシと伝わってくる。
貫禄・威厳・品格……そういったものが、一つ一つの動作に顕 れる。
トップ選手とはこういうものなのかと、今更になって知ることとなった私は、遅れて押し寄せて来た緊張感に飲み込まれそうになっていた。
すると――「よし、始めるばい!」
彼のラリーをする姿に早々と焦れた二人が彼のサイドへと乱入して、向こう側へ行けと彼を追いやった。
「中牟田さん。リターンのサイド、どっちやる?」
駆け足で私のもとへとやって来た彼が聞く。
「じゃ、じゃあフォアサイドで……お、お願いします」
私は挙動不審になりながら、彼にペコペコと頭を下げてポジションへとつく。
「――お願いします!」
そうして私達は年の差100オーバーのダブルスを始めたのだった――。
「かぁー、悔しかねぇ!」
「長政のスマッシュミスが、敗因ばい」
「なん言いよっとか大膳。貴様ん、何本ボレーミスしたと思いようとか?」
「貴様んのカバーの為やろが!?」
「儂のボールば、横取りしよっただけやなかか!?」
結果は7-5で私達の勝利。彼は二人の機嫌を損ねないように適度なラリーとチャンスボールを送ってシーソーゲームを演出していた。
そしてその所為で真剣そのもののお祖父ちゃんズは中盤以降、決め球とみると必ず私の方へと打ち込んできていた。
序盤こそ本当にじっとしていた私も、これには頭にきて、終いには目一杯叩き込み返してやった。
そうして気付けば私はポイントを取る度に彼とハイタッチで喜びを分かち合い、敵の詰 り合いも彼と笑って見ていたりもした。
それに今日、初めて彼がボレーを打つところを見ることが出来たのだが、バックボレーは私と違って片手打ちで、そのフォームはといえば、テニスというスポーツが、こんなにも優雅なものだったのかと思わず口が開いてしまう程だった。
そして試合後、圧倒的キャリアの彼と共感する時間を作っていたことに対する気恥ずかしさと、テニスコートに立った自分の気持ちが目まぐるしく変化していったことに対して、気が付けば困惑する結果となってしまった。
「あの、僕達そろそろ帰りますね……」
「ん? かなた、祖父ちゃんと車で帰らんね?」
「駅前の本屋さんでテニスマガジン買って帰るから、電車で帰るよ」
「そうか……今は、どげんもなかか?」
「うん、ありがとう♪」
「ん」
中牟田さんの表情が、いつもの大黒様に変わる。
「栞は、どげんすっとか?」
「私も甘露寺君と一緒に帰るね」
「車やらに気を付けて帰るとぞ」
私のお祖父ちゃんの目も、優しさに溢れる眼差しに変わっていた。
「ようし大膳、もうひと勝負ばい!」
「おう! 痛い目ば遭わせちゃろう!」
元気が有り余っている二人に別れを告げて、私は彼と一緒にその場を後にする――。
「……なん?」
シューズの底でアスファルトを軽快に踏み鳴らしながら、物言いたげな彼にシビレを切らした私が声を掛けた。
「え!? いや……別に……」
「なんか言いたいことあるっちゃろ?」
「……よかったらまた、一緒にやろうよ。古賀原さんもやりたいって言ってたしさ」
「……テニスは好かんと」
「……」
「なんっ!?」
「え!? だって、楽しそうだったよ……」
「……」
そんなことは分かってる。だけど、たった半年ぐらい前の、あの頃の自分の気持ちをいきなり置いてけ堀にするなんて、できっこない。
私は今まで選手として頑張ってきたんだから……。
それに、本当にテニスだけが純粋に楽しかったのかどうかさえも分からない。
自分の感情が、全然理解できていない……。
その所為で私は今、もの凄く不機嫌になっていた。
「……好かんと」
「……」
このあと私達は他愛もないやり取りを繰り返しながら、テニスが大好きな彼の雑誌購入に付き合い、ゆっくりと帰った。
そしてそんな私達が校門を出る頃のこと――
「長政。お前んとこの孫は、どうね?」
「落ち着いとうように見えるばってん、不安で仕方なか」
「栞もどげんなるか……」
「無理ゆうて悪かったな」
「せからしかぞ。それよか、長 う間、娘の……明子 の大切にしよった家族の様子ば知らせてくれて感謝しとうとぞ」
「なんがか。儂が勝手にやっとっただけのことやろうが。それにお前かて、本当に結婚に反対しよった訳やなかろうが。体の弱か明子ちゃんと、それを支えて行かないかん、徹也 君のことを考えてのことやろうもん。只の押し付けたい……それにしても、お前がようやく曲げとったへそば元に戻そうとしとった矢先に、明子ちゃんが逝ってしもうて……」
消えていく私達の後ろ姿を、同じ表情で二人は目に映す。
「長政! 始めるばい!!」
「おうっ!!」
見えなくなった孫達に何をしてやれるのだろうかと相談するように、二人は語らう代わりにラリーすることを選び、そして日が暮れるまでプレーを続けた――。
「う、ううん。僕の方こそ……」
羞恥心から顔を赤くして下を向いたままになった孫を置き去りに、気付けば往年のプレーヤー達は、言葉の変わりに熱い庭球の戦いの幕を開いていた――
二人共にフォアもバックも片手打ちで、イースタングリップという、〔薄いグリップ〕と表現される握りで器用にストロークを打ち分ける。
球種はというと、ややスライスが掛かったボールだ。
それを低い弾道で真っ直ぐに押し出すスタイルで、バックの方がより回転量が多い。
そして打つ度に「あー!」、「う~!」という迫力のある声を張り上げて、それはそれはボールが…………ゆっくりと飛んでいく。
双方のテニスを観ていると、昔懐かしのファミコンを見ているかのようだった。
「よく続くねぇ」
「こげん1ポイントが長かったら、命の削り合いやね……」
私達は、ほのぼのとした必死のその戦いに、欠伸を堪えて首を左右へと行ったり来たりさせている。
そうして何回目かのチェンジコートのあと、「今日は、こげなところでよかろうもん……」と、お祖父ちゃんが大きく肩で息をしながら伝える。
「仕方なかね。勘弁しちゃろ……」
答える長政さんも苦しそうだ。
そして二人して水筒の水をゴクゴクと飲んだあと、「ダブルスするばい」と、お祖父ちゃんがさも当然のように言い出した。
「え!? だって、私……」
「サーブとリターンだけすれば、後は長政の孫がカバーするやろうもん」
聞けば二人はいつも年齢別の大会で一緒にペアを組んでは、大会を総ナメにしているらしい。
まったく、仲が良いのか悪いのか(汗)。
「栞ちゃん。かなたに任せたらよか」
「
「ぇ……ぁ……でも…………はい(泣)」
一人でも十分なオーラを放っているのに、二人のその圧に、私は只々小さくなるばかりだった――。
「……」
私はやるつもりがなかったので、半袖のシャツにデニムパンツという格好で、コートを傷めないようにテニスシューズだけは履いていた。
彼はというと、全てバボラットで統一されたウエアで、Tシャツ、膝下まで長さのある短パン、そして
「少し、アップさせてください♪」
彼はそういうと、出入り口から見て左側のコートの真ん中、サービスラインの一歩後ろにラケットでボールをリズム良く突きながら立つ。
「中牟田さん、ショートラリーしよ!」
彼がラケットの先で向こう側へ立つようにと、私のことを笑顔で促す。
「……」
私は、誰にも聞こえないように溜息を吐きながら、形ばかりの予定で持って来ていた自分のラケットを手に取り、踵をズタズタとコートに擦り付けながら、彼と同じぐらいの場所へ立つ為に重い足取りで動き出す。
「……」
半年振りぐらいだろうか。
コートに立った私は、眩しさのようなものを覚えて、目を瞬かせた。
――そして、
「行くよ!」
彼が自分の足元にワンバウンドさせたボールの上がりっぱなを優しく捉えた。
「――!?」
軽快な音の後、丁寧にコントロールされたボールが、私の方へと嬉しそうにネットを越えてやってくる。
私は躊躇いながらも軽くテイクバックをして、そのボールをワンバウンドで迎え入れる準備をした……
――ポン♪という、私の中の雑念を振り払うような、清らかな音とインパクトの振動が手に伝わってきた。
遠ざけていた熱い何かが、スッと蘇る。
彼が私の打ったボールを丁寧に同じところへ返してくれる。
私は、また、彼にそのボールを送り返す。
「……」
戸惑いながらも繰り返される、二人だけの時間。
心が洗われて、無心になっていくのが分かる。
私は全く動く必要がない。
彼のことをただ信じて、同じようにテイクバックをすればいい。
向こう側には、私のことを見てくれている彼の姿がある。
『私、どげんしたっちゃろ……』
自分じゃないような、そんな錯覚に陥った。
嫌いになったはずのテニス。
それなのに私は、心が今にも踊り出してしまいそうだった。
もしかしたらそれは、絶対に相手にしてもらえないキャリアの彼に、今、こうしてラリーをしてもらえているからなんじゃないのか? そう思った。
だけど、なんか違う気もする――
「どう? 大丈夫?」
彼が私の体調、怪我の治り具合を確認する。
私はそこで初めて自分の右脚を気にしてみた。
動かす度に、錆び付いていたような筋肉が、少しずつしなやかさを取り戻していくのが分かる。
私の思う動きに対して、反射が良くなっていっているのも感じ取れる。
だけど傷痕のしこりや硬さは、どうしようもなく私の意志とは無関係にその存在を確立してしまっていて、ワンクッション出遅れるような感覚もあった。
それは仕方のないことなのかもしれないけれど、やっぱり辛い。
「……大丈夫」
「じゃあ、下がろうか♪」
彼はそういって、打ちながら徐々にベースラインへと下がっていく。
私も彼に倣い、ベースラインの二歩後ろまでそのまま下がった。
彼のボールは距離を伸ばしても私の打ちやすい所へと変わらず飛んでくる。
けれどそれでも、そのボールの伸びは私がこれまでに体験したことがないもので、少し目測を誤っただけでも振り遅れてしまっている。
そしてそんな私のミスショットを、彼は私がボールを打ち出す前に予測する方へと体重を傾けて、私のインパクトと同時に動き出すのだった。
『やっぱり、凄か……』
こうして打ち合ってみると、否が応でも彼の圧倒的な迫力がヒシヒシと伝わってくる。
貫禄・威厳・品格……そういったものが、一つ一つの動作に
トップ選手とはこういうものなのかと、今更になって知ることとなった私は、遅れて押し寄せて来た緊張感に飲み込まれそうになっていた。
すると――「よし、始めるばい!」
彼のラリーをする姿に早々と焦れた二人が彼のサイドへと乱入して、向こう側へ行けと彼を追いやった。
「中牟田さん。リターンのサイド、どっちやる?」
駆け足で私のもとへとやって来た彼が聞く。
「じゃ、じゃあフォアサイドで……お、お願いします」
私は挙動不審になりながら、彼にペコペコと頭を下げてポジションへとつく。
「――お願いします!」
そうして私達は年の差100オーバーのダブルスを始めたのだった――。
「かぁー、悔しかねぇ!」
「長政のスマッシュミスが、敗因ばい」
「なん言いよっとか大膳。貴様ん、何本ボレーミスしたと思いようとか?」
「貴様んのカバーの為やろが!?」
「儂のボールば、横取りしよっただけやなかか!?」
結果は7-5で私達の勝利。彼は二人の機嫌を損ねないように適度なラリーとチャンスボールを送ってシーソーゲームを演出していた。
そしてその所為で真剣そのもののお祖父ちゃんズは中盤以降、決め球とみると必ず私の方へと打ち込んできていた。
序盤こそ本当にじっとしていた私も、これには頭にきて、終いには目一杯叩き込み返してやった。
そうして気付けば私はポイントを取る度に彼とハイタッチで喜びを分かち合い、敵の
それに今日、初めて彼がボレーを打つところを見ることが出来たのだが、バックボレーは私と違って片手打ちで、そのフォームはといえば、テニスというスポーツが、こんなにも優雅なものだったのかと思わず口が開いてしまう程だった。
そして試合後、圧倒的キャリアの彼と共感する時間を作っていたことに対する気恥ずかしさと、テニスコートに立った自分の気持ちが目まぐるしく変化していったことに対して、気が付けば困惑する結果となってしまった。
「あの、僕達そろそろ帰りますね……」
「ん? かなた、祖父ちゃんと車で帰らんね?」
「駅前の本屋さんでテニスマガジン買って帰るから、電車で帰るよ」
「そうか……今は、どげんもなかか?」
「うん、ありがとう♪」
「ん」
中牟田さんの表情が、いつもの大黒様に変わる。
「栞は、どげんすっとか?」
「私も甘露寺君と一緒に帰るね」
「車やらに気を付けて帰るとぞ」
私のお祖父ちゃんの目も、優しさに溢れる眼差しに変わっていた。
「ようし大膳、もうひと勝負ばい!」
「おう! 痛い目ば遭わせちゃろう!」
元気が有り余っている二人に別れを告げて、私は彼と一緒にその場を後にする――。
「……なん?」
シューズの底でアスファルトを軽快に踏み鳴らしながら、物言いたげな彼にシビレを切らした私が声を掛けた。
「え!? いや……別に……」
「なんか言いたいことあるっちゃろ?」
「……よかったらまた、一緒にやろうよ。古賀原さんもやりたいって言ってたしさ」
「……テニスは好かんと」
「……」
「なんっ!?」
「え!? だって、楽しそうだったよ……」
「……」
そんなことは分かってる。だけど、たった半年ぐらい前の、あの頃の自分の気持ちをいきなり置いてけ堀にするなんて、できっこない。
私は今まで選手として頑張ってきたんだから……。
それに、本当にテニスだけが純粋に楽しかったのかどうかさえも分からない。
自分の感情が、全然理解できていない……。
その所為で私は今、もの凄く不機嫌になっていた。
「……好かんと」
「……」
このあと私達は他愛もないやり取りを繰り返しながら、テニスが大好きな彼の雑誌購入に付き合い、ゆっくりと帰った。
そしてそんな私達が校門を出る頃のこと――
「長政。お前んとこの孫は、どうね?」
「落ち着いとうように見えるばってん、不安で仕方なか」
「栞もどげんなるか……」
「無理ゆうて悪かったな」
「せからしかぞ。それよか、
「なんがか。儂が勝手にやっとっただけのことやろうが。それにお前かて、本当に結婚に反対しよった訳やなかろうが。体の弱か明子ちゃんと、それを支えて行かないかん、
消えていく私達の後ろ姿を、同じ表情で二人は目に映す。
「長政! 始めるばい!!」
「おうっ!!」
見えなくなった孫達に何をしてやれるのだろうかと相談するように、二人は語らう代わりにラリーすることを選び、そして日が暮れるまでプレーを続けた――。