第2話

文字数 1,619文字

 そうして私は強豪校に進学予定だったのを急遽とりやめて、別の高校に進学することに決めた。けれどこの時期に入学を受け入れてくれる学校なんて恐らく限られているだろうし、今から直ぐにそれを探し始めるだけの気力もなかった私は、一年浪人でもしようかと考えていたその矢先、どういう訳か、お父さんが「筑清学園やったら入れるばい」と、そう私に伝えてきた。
 そこは最寄とする大橋駅(お父さんの営むテニスショップと同じ)から福岡方面に向かう二つ目の(西鉄平尾)駅で降りて、そこから徒歩で約十分の距離にある、私立の学校だった。
 お父さんに理由を問い質したところ、私の(母方の)お祖父ちゃんがそこの理事長さんで、私の入学を頼みに行ったというのだ。

「なん……私のお爺ちゃんて、偉い人やったと?」

 お父さん方の祖父母は数年前に他界していて、お母さん方の話を聞いたことのなかった私は、なんとなく気を遣うものがあって、詮索するような事はしたことがなかった。

「……ん。実はな――」

 このとき初めてお父さんが私に語ってくれたことは、お父さんとお母さんは、実はお母さんの父親(私のお祖父ちゃん)に結婚を大反対されて、取りつく島もなかったのだそうだ。
 けれど結婚の意志の固かった二人は、駆け落ち同然、お母さんは勘当されたも同然でお父さんと一緒になったということで、私が生まれた時と、お母さんが亡くなったとき以外は、長らく音信不通にしていたらしい。
 しかし、今回、私が突然言い出したワガママをお父さんは叶えるべく、市内のお祖父ちゃんお祖母ちゃんの暮らす家に結婚させて欲しいというお願いに行って以来、二度目となる訪問をして、お祖父ちゃんには会えなかったものの、お祖母ちゃんに事情を説明して頭を下げてくれたとのことだった。
 そしてお父さんも驚くことに、その一時間後には〈手続きが完了した〉という連絡が、高校の事務員さんから入ったということだった。

「……」

 さすがに私はこのことについて断る理由もなく、お父さんに「ありがとう」と感謝を伝え、それから、お祖父ちゃんお祖母ちゃんに連絡を入れて、初めてその声を聞き、心温まる思いをすることができた。
 そしてお祖父ちゃんから、「何かあれば、直ぐに連絡ばせんといかんぞ」と、威厳の中に孫娘を想う気持ちを伝えられ、お祖母ちゃんからは、「たまには遊びに()んしゃい」と、優しさに溢れた言葉を掛けられたのだった。
 それはまるで、今まで止まっていた時計の針が、力強く時を刻み始めたかのようだった。血の繋がりという素敵なものに、私は心打たれた。

 ……だけど、だけどやっぱり、、、、テニスはもう嫌。

 今まで一生懸命頑張ってきたからこそ、その努力を一瞬で叩き壊されたショックはとても大きく、その悔しさは未だに膨れ上がっているし、はっきり言って、私は加害者を心底恨んでいる。
 その人は二十代前半の男性で、結婚したばかりの奥さんが急に産気づいたという連絡を職場で受けて、かなり焦っていたらしい。そしてその所為で運転を誤り転倒したということだった。
 その人は軽傷で済んだらしく、その後、無事に出産を終えた奥さんと赤ちゃんを連れて何度か謝罪とお見舞いに来てくれていたのだけれど、私はとても会う気にはなれなかった。
 代わりに応対したお父さんは、怒りをぐっと堪えて私の状況や心情を話し、「あんたも親になるっちゃけん、しっかりせないかんばい」と、そう諭したのだそうだ。
 お父さんは誰に対しても優しい人なので、仕方ないことなのかもしれないけれど、この時ばかりは少しぐらい厳しく言って欲しかった。
 だけど、『お父さんらしいな』とも、素直に思った。
 すると結局、私の思いは(くすぶ)ったままに、何処にどうやって暗いドロッとしたこの感情をぶつけたらいいのか、それが全く分らないままに、時間だけが過ぎて行っていた――。
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