第24話
文字数 6,519文字
「そうそう♪ 古賀原さん、ナイスショット!」
「やった♬ 栞もちゃんと聞いとかないかんよ!?」
「私は別にいいと」
夏休み間近の休日。
私達は今、学校のコートにいる。
それはすっかりテニスに興味を持った弥生が〈レッスンして♬〉と、彼にお願いをしていたからだ。
その経緯はというと、今年に入って弥生に頼まれ、私はテニスを数回ほど安定のデニム姿でしていたのだけれど、打ち方などを聞かれ困ってしまっていた。
私は人に教えられるほど上手とは思えないし、また、知識として身につけている事も多くはなかった。
なので、「前に教えてくれるて言いよったっちゃけん、頼んでみたら?」と、私が促したのだ。
ではなぜその私がいるのか。
それは、グループLINEで連絡が来たから……
そ、それに私もトップ選手のテニスに対する考え方には、少なからず……否、嫌いになったとはいえ、大いに興味があったから……
後は、なんとなく二人きりにさせるのに、抵抗があったからなのかもしれない……でもだからといって、対抗意識を燃やしている訳では、決してない――
「じゃあ、なんでそげな恰好しようとね?」
「ただの雰囲気作りやろうもん!?」
「中牟田さんのテニスウエア、初めて見たよ♪」
「……」
私も今日に限っては、練習で着ていたFILAのTシャツとパンツだった。
でも下は当然、ロングパンツ……。
弥生はというと、ナイキのテニスウエアとテニスシューズ、それにプリンスのラケットをウチのお店で買い揃えていたのだけれども、ウエアについては、確かに気を遣わなくていいと伝えてはいたものの、だからといって、なにもワンピース姿で肩も脚も出しまくりでやらなくてもいいんじゃないかとは思った(汗)。
「じゃ、古賀原さん。レディースポジション作ってみて♪」
「はい、コーチ♬」
「そんなにしゃがみ込まなくても大丈夫だよ(笑)」
「え? だって、テレビば見よったら、皆こげんして構えとらん?」
「それは体幹がしっかり安定して、最大限に使えるならっていうこと。それよりもきっちりと体を起こして、動きやすい程度に膝を曲げておけば、それで十分だよ♪」
「……うん。こっちの方が、私には良さそうやね!」
先程から彼のアドバイスは、私が聞いたことがないものばかりだった。
正直、天才と呼ばれている彼のことだから、感覚でしかプレーしていないのでは?……という気持ちもあったのだが、実際は知識として多くの事を習得していることに驚かされる結果になっていた。
「じゃあ、テイクバックを……って、いきなり横向いちゃダメだよ(苦笑)」
「なんで?」
「レディースポジションから肩だけを捻るようにして我慢すると、力が溜まりやすいんだよ♪ そしてそこから足を一歩ずつ入れ替えて、横を向いたようにするんだ(笑)。だけど力が抜けちゃったらもったいなから、全身の力は抜かないようにね♪」
「え!? 力ば抜くっちゃないと!? よく〈リラックスして~、タコのように~〉とか言うやろ?」
「そうなんだよね。なんでああいう教え方になったのか不思議だよねぇ。でもよく考えてみて……今から戦うのに、タコで戦える?」
「無理」
「でしょ。じゃあ、そもそもリラックスの意味合いは何かっていうと、ボールに対して最大限の威力を加えたいということだから、その為には筋肉の伸縮を利用して、それを上手く連動させるということに繋がるんだ。ということは、力んで肩が持ち上がったり、凝り固まったりするような力の入れ方だと連動した力は生まれにくいから良くないってことになって、今度は連動させる為にはどうしたら良いのかっていうのを考えると、筋肉のそれぞれが伸縮しやすい状態にしておくということになる……で、その為には適正なポジションにあるかどうかということが大事になってきて、それを感じやすいのがリラックスという発想なんだよ♪ 単純に言うと、万遍なく体全体に同じ割合で力が入っていればOKということ(笑)。それに考えてみて……もし仮にタコのように力が入っていないんだとしたら、そもそも立ってられないでしょ(笑)? 」
「確かに(笑)……じゃあ、ラケットもブラブラ持ったらいかんと?」
「もちろん。かと言って、握力検査の要領で持つのは無駄な力が多くなり過ぎるから、極力、手の平をベッタリとグリップに付けた状態が好ましいんだ。それでそのあと指を巻き付けるようにすると一番いいよ♪ 」
「そういえば甘露寺くん、グリップの持ち方は教えてくれんね? 〈フォアハンドはこの角度~~〉……みたいな」
「グリップを持つ角度は本当に人それぞれなんだ。大事なのはインパクトの時にそのショットに対して一番力が伝わりやすい角度だよ(笑)」
「なるほど♬」
「後はどんなショットでもテイクバックを出来るだけ早く完了させて、待つ時間を作ることと、そこから真っ直ぐに押し出す軌道をしっかりと確保することだね♪」
「え!? ちょっと待って! そしたらボレーはどげんすっと? 上から下に切らんといかんやろ? そうせんと回転だって掛からんやん?」
「あ~……それは中牟田さん、勘違いだよ。ボレーもしっかりと押し出すことが重要なんだ。だから切るっていうよりは、上から下への押さえ込む力をその中に加えてるっていう方が正しいよ。それに回転はガットの扱いで掛けるもので、その回転量を増やす為には、ラケットヘッドの遠心力をボールに伝えることが必要になってくるんだ(笑)」
「知らんかった……」
「自分の体を最大限に活かすことを考えれば、大体の答えは見つかると思うから、簡単だよ♪」
それを世間では難しいというんだ――。
「わ!? ちゃんと当たるようになった♬」
「古賀原さんは、本当に呑み込みが早いね♪」
「ありがとう!」
「……」
私はコートサイドで二人のやりとりを眺めていた。
彼がネットの近くからベースラインにいる弥生へ丁寧にボールを送る。
弥生はそのボールをフォア、バックと打ち分ける……。
なんだかそれはまるで、付き合っている二人が、燥 いでいるようだった。
「ふ~~、 ちょっと休憩!」
「中牟田さん……やる?」
弥生と彼が私を見る。
「………………やる」
二人は大きく目を見開いて、そのあと弾ける笑顔を作り出した――。
「何か練習したいショットは、ある?」
彼が倉庫にしまわれていたキャスター付きのカゴボールをセットして私に聞く。
「……私、やってた頃はフォアハンドストロークが苦手やったと」
「よし。じゃあ、それを練習しよう!」
そうして彼が球出しをしてくれた――
彼の球出しは、今まで受けた中で一番打ちやすいものだった。
けれど苦手にしているだけではなくて、ブランクのある私のショットは、ネットやオーバーと一切安定感のないものだった(泣)。
「中牟田さん、ラケット持ってる右手が主導になってるから、まずはフォームを整える左側を意識して! 左手の指先まで、どうやって形作るのかを!」
「……」
そんなこと、考えたこともなかった。
今まで如何に適当にショットを打っていたのかを思い知らされた。
「うん、いい感じだよ♪ そしたら次は、テイクバックを出来るだけ自分の方に引き付ける意識と、インパクトに向けて手元から出すイメージで、最後に打点がくるような感じで打ってみて!」
私は言われた通りに出来るよう心がけた。
すると、どんどんスイングが安定していって、インパクトの感触がクリアになっていくのが分かる。
『凄か……』
ボールの軌道もブレずに同じ深さへとバウンドしていく。
正直、自分じゃないようだった。
それに彼がよく打感を気にする理由は、こういうことなのかと納得もした。
「栞、あんたバリ上手 かね……」
「なんね、その顔は?」
水飲み休憩を取る私に、弥生が呆気に取られたような顔をして声を掛ける。
「この間の人とは、思えん」
「それは言わんとって……」
するとそこでボールを集めていた彼が、俯き立ち止まっているのが見えた。
「?……君~っ! どげんしたとぉ!?」
私は直ぐに駈け寄った。
「な、なんでもないよ♪」
「具合、悪いと?」
「大丈夫。ちょっと目眩しただけ……最近トレーニングし過ぎかも(苦笑)」
「……本当に大丈夫ね?」
「うん、もちろん!」
彼はそう言って笑顔を浮かべるのだが、何処か先ほどよりも精気を感じなかった。
――と、そこへ入口がガチャリと開く音がして、私達は振り向く。
「楽しそうやな!」
「小永吉先輩!」
見れば先輩がラケット片手に姿を現し素振りを始めた。
そしてそんな先輩に弥生が話し掛ける。
「部活は終わったとですか?」
「ああ……それにしても古賀原、えらいエロか恰好しとるな……」
「先輩、それ以上ジロジロ見よったら、訴えます♬」
「さ、さぁー! 俺もかたらして(仲間に入れて)!?」
蒼い顔になった先輩と、笑顔を絶やさない弥生の二人が私達の方を見る。
「もちろんです♪ ダブルスしますか?」
「お!? それよかやっか!」
「ペアどうすると?」
「俺と中牟田。甘露寺と古賀原でよかろ」
「甘露寺くん、全部お願い♬」
「それ、ルール違反になっちゃうから(汗)」
「君は、ほんとに大丈夫ね?」
「うん♪」
「……」
そうしてミックスダブルスが始まった――
まだサーブをやったことのない弥生は、アンダーでサービスボックスを狙い、なんとかダブルフォルトもなく試合を進めて行き、弥生の為に皆それぞれ手加減しながらのプレーをする。
けれど気心の知れた仲間でするテニスは楽しかった。
私は気が付けば、大笑いしながらプレーをしていた。
……けど、ネットの向こう側で弥生と楽しそうに言葉を交わしたり、褒め合ったりしている彼の姿や、ハイタッチするところを見て、少し胸がチクッとした――。
「楽しかったぁ♬」
「古賀原、おまえ初心者とは思えんなぁ!」
「コーチがよかですから♬」
「俺もコーチしちゃろうか?」
「丁重にお断りさせて頂きます」
「なんか、その言葉遣いは……」
「栞も、甘露寺くんにもっと習ったらよかやん♬ そしたら次は優勝間違いなし!」
「どうやろね……」
「大丈夫だよ、古賀原さん♪ 今度の大会は、絶対に優勝するから!」
「!? 君! 出てもよかとは言うたけど、また勝手にエントリーしたら許さんけんね!」
「? だってもう、中牟田さんのお祖父ちゃんがエントリー済ませたはずだよ?」
「はぁーーーーっ!?」
「栞、頑張って!」
「おっと、俺はそろそろ帰るばい」
「じゃあ、僕達も帰ろっか?」
「そうやね♬」
「……」
そうして駅で皆と別れたあと、私と彼は特に話すこともなくマンションの方へと向かっていたのだが、私はつっけんどんに彼に話し掛けた。
「ずいぶん、楽しそうやったね?」
「うん! 皆でテニスできて楽しかったよ♪」
「特に弥生とダブルスば組めて」
「?」
『馬鹿バカ馬鹿バカ河馬!……!? 違う! なんいいよっと!?』
私は心の中のモヤモヤと自分の厭らしさに独り苛立って地団駄踏んでしまう。
そしてそんな私のことを見て、彼が固まっている。
「あ……脚、痛くない?」
「そんなこと、どうでもいいと! なんなら弥生と付き合ったらよかやん!?」
「!?……どうしたの?」
「どうもせんよ。なんか、お似合いやったからそう言っただけやん!?」
「……なんか、怒ってる?」
「別に怒っとらんし! どうでもよかことやけど、君はいつまで経っても私のこと〈中牟田さん〉って呼ぶんやね!?」
「だって、それは……」
「付き合っとったら、〈栞〉やないとねっ!?」
「……」
私達はどちらからともなく進む方向を変えて、公園へとそのまま足を運び、長椅子に腰かけた。
すると彼が悲しげな顔をして話し出す。
「……僕はもちろん復帰を目指してるけど、それでも、自分の体のことが不安なんだ。こんな僕が中牟田さんと、これから先ずっと一緒に居られるかどうかなんて、分からないよ……」
「そんなの、私だっていつどうなるかなんて分からんよ。まさか事故に遭うなんて、思ってもみんかったし」
「……」
「自分の思った通りにいくことなんて、中々なかろ? それよりも、何かあったとしても、自分が思い描く方に少しずつでも向かっていく姿勢を大切にする方が、大事なことなんやないと?……私は君を見て、そう感じようとよ」
「……僕?」
「だって、君は選手として復帰したいと願って、努力しとうやん」
「……」
「私はそれを直ぐに諦めたけん、君を見てて尊敬するんよ。そんな君にこれからもし万が一……ううん、億が一に何かあったとしても、そんな君の傍に居 れたら、私は嬉しかよ」
これだけ滑らかに私の口から言葉が出てくるなんて、思ってもみなかった。
けれど私の心の中の、嘘偽りのない気持ちだった。
確かに、私は選手を諦め腐った……。
でも彼と出会って、選手ということが私にとっての全ての出来事ではなくなって、今は少し違う角度からテニスというものを意識することができて、嬉しかった。
そして、そう思わせてくれた彼の一番近くに居 たいという気持ちは、私にとって、ごくごく自然なことだった。
「中牟田さん……」
「栞……やろ?」
「栞……ちゃん」
「まぁ、許しちゃろ(笑)」
「それで……僕のことも〈かなた〉って、呼んでくれるの?」
彼が私の顔を恥ずかしそうにしながらも覗き込んできた。
私は先程まで自分で焼(妬)いていた全く甘味のない、やたらと歯にこびりつく梅ヶ枝餅のことなどはすっかりと忘れて、彼のその表情にキュンとしつつ、とっても心が温かくなるのを感じる。
「ううん。君のことは、今まで通り【君】、ばい!」
「ずるいなぁ~~(苦笑)」
「細かいこと気にしたらいかんよ? 私の彼氏は、懐の深か人にならんとね♪」
「頑張ってみる~~(笑)」
彼と打ち解けていく感覚に、幸せ過ぎて溶けてしまいそうだ……。
こんな気持ちになるなんて、思ってもみなかった。
『ぁ……(笑)』
私が嬉しさの中に恥ずかしさを伴って顔を背けると、久しぶりにあのお婆さんがお稲荷さんに手を合わせているところを見かける。
少しだけ、背中が丸くなっただろうか?
それでも元気そうな姿が見れて、私はそのことについてもほっこりとした気持ちになる。
「壁打ち……せん?」
彼の瞳に自分を映してそう言った。
「うん! やろう!!」
彼の笑顔が、いつもと違って見える。
何か、新しい自分を見つけたような、そんな笑顔だった。
多分きっと、私にも言えることなんだろうと思う。
『大切にしたい――』
私は強く、そう願った。
「――!?」
彼はすっと立ち上がると、私にそっと、力強く手を差し伸べてくれる。
「……♪」
私はその優しさに溢れる手を迷うことなく真っ直ぐに受け入れて、恥じらう気持ちをこれからの一歩とするように、しっかりと掴んで立ち上がる。
「……」
山笠以来の彼のその手は、少しだけ逞しく、大人になっているような気がした。
「次の試合までに、スマッシュばきっちりと教えてよ?(笑)」
「うん! でもその前に、ラリーね♪」
「よかよぉ~♪」
そうして私達は壁打ち場へと入り、そして横並びに立って、壁に向かってお互い相手の方へと、丁寧にボールをコントロールしていった――。
「やった♬ 栞もちゃんと聞いとかないかんよ!?」
「私は別にいいと」
夏休み間近の休日。
私達は今、学校のコートにいる。
それはすっかりテニスに興味を持った弥生が〈レッスンして♬〉と、彼にお願いをしていたからだ。
その経緯はというと、今年に入って弥生に頼まれ、私はテニスを数回ほど安定のデニム姿でしていたのだけれど、打ち方などを聞かれ困ってしまっていた。
私は人に教えられるほど上手とは思えないし、また、知識として身につけている事も多くはなかった。
なので、「前に教えてくれるて言いよったっちゃけん、頼んでみたら?」と、私が促したのだ。
ではなぜその私がいるのか。
それは、グループLINEで連絡が来たから……
そ、それに私もトップ選手のテニスに対する考え方には、少なからず……否、嫌いになったとはいえ、大いに興味があったから……
後は、なんとなく二人きりにさせるのに、抵抗があったからなのかもしれない……でもだからといって、対抗意識を燃やしている訳では、決してない――
「じゃあ、なんでそげな恰好しようとね?」
「ただの雰囲気作りやろうもん!?」
「中牟田さんのテニスウエア、初めて見たよ♪」
「……」
私も今日に限っては、練習で着ていたFILAのTシャツとパンツだった。
でも下は当然、ロングパンツ……。
弥生はというと、ナイキのテニスウエアとテニスシューズ、それにプリンスのラケットをウチのお店で買い揃えていたのだけれども、ウエアについては、確かに気を遣わなくていいと伝えてはいたものの、だからといって、なにもワンピース姿で肩も脚も出しまくりでやらなくてもいいんじゃないかとは思った(汗)。
「じゃ、古賀原さん。レディースポジション作ってみて♪」
「はい、コーチ♬」
「そんなにしゃがみ込まなくても大丈夫だよ(笑)」
「え? だって、テレビば見よったら、皆こげんして構えとらん?」
「それは体幹がしっかり安定して、最大限に使えるならっていうこと。それよりもきっちりと体を起こして、動きやすい程度に膝を曲げておけば、それで十分だよ♪」
「……うん。こっちの方が、私には良さそうやね!」
先程から彼のアドバイスは、私が聞いたことがないものばかりだった。
正直、天才と呼ばれている彼のことだから、感覚でしかプレーしていないのでは?……という気持ちもあったのだが、実際は知識として多くの事を習得していることに驚かされる結果になっていた。
「じゃあ、テイクバックを……って、いきなり横向いちゃダメだよ(苦笑)」
「なんで?」
「レディースポジションから肩だけを捻るようにして我慢すると、力が溜まりやすいんだよ♪ そしてそこから足を一歩ずつ入れ替えて、横を向いたようにするんだ(笑)。だけど力が抜けちゃったらもったいなから、全身の力は抜かないようにね♪」
「え!? 力ば抜くっちゃないと!? よく〈リラックスして~、タコのように~〉とか言うやろ?」
「そうなんだよね。なんでああいう教え方になったのか不思議だよねぇ。でもよく考えてみて……今から戦うのに、タコで戦える?」
「無理」
「でしょ。じゃあ、そもそもリラックスの意味合いは何かっていうと、ボールに対して最大限の威力を加えたいということだから、その為には筋肉の伸縮を利用して、それを上手く連動させるということに繋がるんだ。ということは、力んで肩が持ち上がったり、凝り固まったりするような力の入れ方だと連動した力は生まれにくいから良くないってことになって、今度は連動させる為にはどうしたら良いのかっていうのを考えると、筋肉のそれぞれが伸縮しやすい状態にしておくということになる……で、その為には適正なポジションにあるかどうかということが大事になってきて、それを感じやすいのがリラックスという発想なんだよ♪ 単純に言うと、万遍なく体全体に同じ割合で力が入っていればOKということ(笑)。それに考えてみて……もし仮にタコのように力が入っていないんだとしたら、そもそも立ってられないでしょ(笑)? 」
「確かに(笑)……じゃあ、ラケットもブラブラ持ったらいかんと?」
「もちろん。かと言って、握力検査の要領で持つのは無駄な力が多くなり過ぎるから、極力、手の平をベッタリとグリップに付けた状態が好ましいんだ。それでそのあと指を巻き付けるようにすると一番いいよ♪ 」
「そういえば甘露寺くん、グリップの持ち方は教えてくれんね? 〈フォアハンドはこの角度~~〉……みたいな」
「グリップを持つ角度は本当に人それぞれなんだ。大事なのはインパクトの時にそのショットに対して一番力が伝わりやすい角度だよ(笑)」
「なるほど♬」
「後はどんなショットでもテイクバックを出来るだけ早く完了させて、待つ時間を作ることと、そこから真っ直ぐに押し出す軌道をしっかりと確保することだね♪」
「え!? ちょっと待って! そしたらボレーはどげんすっと? 上から下に切らんといかんやろ? そうせんと回転だって掛からんやん?」
「あ~……それは中牟田さん、勘違いだよ。ボレーもしっかりと押し出すことが重要なんだ。だから切るっていうよりは、上から下への押さえ込む力をその中に加えてるっていう方が正しいよ。それに回転はガットの扱いで掛けるもので、その回転量を増やす為には、ラケットヘッドの遠心力をボールに伝えることが必要になってくるんだ(笑)」
「知らんかった……」
「自分の体を最大限に活かすことを考えれば、大体の答えは見つかると思うから、簡単だよ♪」
それを世間では難しいというんだ――。
「わ!? ちゃんと当たるようになった♬」
「古賀原さんは、本当に呑み込みが早いね♪」
「ありがとう!」
「……」
私はコートサイドで二人のやりとりを眺めていた。
彼がネットの近くからベースラインにいる弥生へ丁寧にボールを送る。
弥生はそのボールをフォア、バックと打ち分ける……。
なんだかそれはまるで、付き合っている二人が、
「ふ~~、 ちょっと休憩!」
「中牟田さん……やる?」
弥生と彼が私を見る。
「………………やる」
二人は大きく目を見開いて、そのあと弾ける笑顔を作り出した――。
「何か練習したいショットは、ある?」
彼が倉庫にしまわれていたキャスター付きのカゴボールをセットして私に聞く。
「……私、やってた頃はフォアハンドストロークが苦手やったと」
「よし。じゃあ、それを練習しよう!」
そうして彼が球出しをしてくれた――
彼の球出しは、今まで受けた中で一番打ちやすいものだった。
けれど苦手にしているだけではなくて、ブランクのある私のショットは、ネットやオーバーと一切安定感のないものだった(泣)。
「中牟田さん、ラケット持ってる右手が主導になってるから、まずはフォームを整える左側を意識して! 左手の指先まで、どうやって形作るのかを!」
「……」
そんなこと、考えたこともなかった。
今まで如何に適当にショットを打っていたのかを思い知らされた。
「うん、いい感じだよ♪ そしたら次は、テイクバックを出来るだけ自分の方に引き付ける意識と、インパクトに向けて手元から出すイメージで、最後に打点がくるような感じで打ってみて!」
私は言われた通りに出来るよう心がけた。
すると、どんどんスイングが安定していって、インパクトの感触がクリアになっていくのが分かる。
『凄か……』
ボールの軌道もブレずに同じ深さへとバウンドしていく。
正直、自分じゃないようだった。
それに彼がよく打感を気にする理由は、こういうことなのかと納得もした。
「栞、あんたバリ
「なんね、その顔は?」
水飲み休憩を取る私に、弥生が呆気に取られたような顔をして声を掛ける。
「この間の人とは、思えん」
「それは言わんとって……」
するとそこでボールを集めていた彼が、俯き立ち止まっているのが見えた。
「?……君~っ! どげんしたとぉ!?」
私は直ぐに駈け寄った。
「な、なんでもないよ♪」
「具合、悪いと?」
「大丈夫。ちょっと目眩しただけ……最近トレーニングし過ぎかも(苦笑)」
「……本当に大丈夫ね?」
「うん、もちろん!」
彼はそう言って笑顔を浮かべるのだが、何処か先ほどよりも精気を感じなかった。
――と、そこへ入口がガチャリと開く音がして、私達は振り向く。
「楽しそうやな!」
「小永吉先輩!」
見れば先輩がラケット片手に姿を現し素振りを始めた。
そしてそんな先輩に弥生が話し掛ける。
「部活は終わったとですか?」
「ああ……それにしても古賀原、えらいエロか恰好しとるな……」
「先輩、それ以上ジロジロ見よったら、訴えます♬」
「さ、さぁー! 俺もかたらして(仲間に入れて)!?」
蒼い顔になった先輩と、笑顔を絶やさない弥生の二人が私達の方を見る。
「もちろんです♪ ダブルスしますか?」
「お!? それよかやっか!」
「ペアどうすると?」
「俺と中牟田。甘露寺と古賀原でよかろ」
「甘露寺くん、全部お願い♬」
「それ、ルール違反になっちゃうから(汗)」
「君は、ほんとに大丈夫ね?」
「うん♪」
「……」
そうしてミックスダブルスが始まった――
まだサーブをやったことのない弥生は、アンダーでサービスボックスを狙い、なんとかダブルフォルトもなく試合を進めて行き、弥生の為に皆それぞれ手加減しながらのプレーをする。
けれど気心の知れた仲間でするテニスは楽しかった。
私は気が付けば、大笑いしながらプレーをしていた。
……けど、ネットの向こう側で弥生と楽しそうに言葉を交わしたり、褒め合ったりしている彼の姿や、ハイタッチするところを見て、少し胸がチクッとした――。
「楽しかったぁ♬」
「古賀原、おまえ初心者とは思えんなぁ!」
「コーチがよかですから♬」
「俺もコーチしちゃろうか?」
「丁重にお断りさせて頂きます」
「なんか、その言葉遣いは……」
「栞も、甘露寺くんにもっと習ったらよかやん♬ そしたら次は優勝間違いなし!」
「どうやろね……」
「大丈夫だよ、古賀原さん♪ 今度の大会は、絶対に優勝するから!」
「!? 君! 出てもよかとは言うたけど、また勝手にエントリーしたら許さんけんね!」
「? だってもう、中牟田さんのお祖父ちゃんがエントリー済ませたはずだよ?」
「はぁーーーーっ!?」
「栞、頑張って!」
「おっと、俺はそろそろ帰るばい」
「じゃあ、僕達も帰ろっか?」
「そうやね♬」
「……」
そうして駅で皆と別れたあと、私と彼は特に話すこともなくマンションの方へと向かっていたのだが、私はつっけんどんに彼に話し掛けた。
「ずいぶん、楽しそうやったね?」
「うん! 皆でテニスできて楽しかったよ♪」
「特に弥生とダブルスば組めて」
「?」
『馬鹿バカ馬鹿バカ河馬!……!? 違う! なんいいよっと!?』
私は心の中のモヤモヤと自分の厭らしさに独り苛立って地団駄踏んでしまう。
そしてそんな私のことを見て、彼が固まっている。
「あ……脚、痛くない?」
「そんなこと、どうでもいいと! なんなら弥生と付き合ったらよかやん!?」
「!?……どうしたの?」
「どうもせんよ。なんか、お似合いやったからそう言っただけやん!?」
「……なんか、怒ってる?」
「別に怒っとらんし! どうでもよかことやけど、君はいつまで経っても私のこと〈中牟田さん〉って呼ぶんやね!?」
「だって、それは……」
「付き合っとったら、〈栞〉やないとねっ!?」
「……」
私達はどちらからともなく進む方向を変えて、公園へとそのまま足を運び、長椅子に腰かけた。
すると彼が悲しげな顔をして話し出す。
「……僕はもちろん復帰を目指してるけど、それでも、自分の体のことが不安なんだ。こんな僕が中牟田さんと、これから先ずっと一緒に居られるかどうかなんて、分からないよ……」
「そんなの、私だっていつどうなるかなんて分からんよ。まさか事故に遭うなんて、思ってもみんかったし」
「……」
「自分の思った通りにいくことなんて、中々なかろ? それよりも、何かあったとしても、自分が思い描く方に少しずつでも向かっていく姿勢を大切にする方が、大事なことなんやないと?……私は君を見て、そう感じようとよ」
「……僕?」
「だって、君は選手として復帰したいと願って、努力しとうやん」
「……」
「私はそれを直ぐに諦めたけん、君を見てて尊敬するんよ。そんな君にこれからもし万が一……ううん、億が一に何かあったとしても、そんな君の傍に
これだけ滑らかに私の口から言葉が出てくるなんて、思ってもみなかった。
けれど私の心の中の、嘘偽りのない気持ちだった。
確かに、私は選手を諦め腐った……。
でも彼と出会って、選手ということが私にとっての全ての出来事ではなくなって、今は少し違う角度からテニスというものを意識することができて、嬉しかった。
そして、そう思わせてくれた彼の一番近くに
「中牟田さん……」
「栞……やろ?」
「栞……ちゃん」
「まぁ、許しちゃろ(笑)」
「それで……僕のことも〈かなた〉って、呼んでくれるの?」
彼が私の顔を恥ずかしそうにしながらも覗き込んできた。
私は先程まで自分で焼(妬)いていた全く甘味のない、やたらと歯にこびりつく梅ヶ枝餅のことなどはすっかりと忘れて、彼のその表情にキュンとしつつ、とっても心が温かくなるのを感じる。
「ううん。君のことは、今まで通り【君】、ばい!」
「ずるいなぁ~~(苦笑)」
「細かいこと気にしたらいかんよ? 私の彼氏は、懐の深か人にならんとね♪」
「頑張ってみる~~(笑)」
彼と打ち解けていく感覚に、幸せ過ぎて溶けてしまいそうだ……。
こんな気持ちになるなんて、思ってもみなかった。
『ぁ……(笑)』
私が嬉しさの中に恥ずかしさを伴って顔を背けると、久しぶりにあのお婆さんがお稲荷さんに手を合わせているところを見かける。
少しだけ、背中が丸くなっただろうか?
それでも元気そうな姿が見れて、私はそのことについてもほっこりとした気持ちになる。
「壁打ち……せん?」
彼の瞳に自分を映してそう言った。
「うん! やろう!!」
彼の笑顔が、いつもと違って見える。
何か、新しい自分を見つけたような、そんな笑顔だった。
多分きっと、私にも言えることなんだろうと思う。
『大切にしたい――』
私は強く、そう願った。
「――!?」
彼はすっと立ち上がると、私にそっと、力強く手を差し伸べてくれる。
「……♪」
私はその優しさに溢れる手を迷うことなく真っ直ぐに受け入れて、恥じらう気持ちをこれからの一歩とするように、しっかりと掴んで立ち上がる。
「……」
山笠以来の彼のその手は、少しだけ逞しく、大人になっているような気がした。
「次の試合までに、スマッシュばきっちりと教えてよ?(笑)」
「うん! でもその前に、ラリーね♪」
「よかよぉ~♪」
そうして私達は壁打ち場へと入り、そして横並びに立って、壁に向かってお互い相手の方へと、丁寧にボールをコントロールしていった――。