油注がれた者

文字数 1,924文字

万一、お前がジャンプして避けても、ガキンチョとおっさんはそうはいくまい。お前はこの剣を受けるしかないぞ。
……やってみれば良い。その瞬間に踏み込んであなたを倒す。剣が誰にも届かないうちに、一撃で沈めてしまえばいい。
できるかな? 絆の力を見ることになるぞ?
お、おいルイズ! 止めさせるぞ!
大丈夫、ドニエならいける。まだ何か小細工があるとしても、周りの連中は所詮ザコ……
そういう問題じゃない。おれたちは目立つわけにはいかない、って最初に言っただろ。

このまま行くと、どっちが勝ってもただでは済まない。これ以上の騒ぎになったらダメなんだ。
んなこと言ったって、どうすんだよ?

あちらさんは「お気持ちの問題」なんだろ? 止めろと言って止めるとは思えないぞ。
うむ、そこんとこだが……。
? なんだその瓶?

お前がさっきぶっかけられたやつか。
さよう。
こっち向けんなよ、そんなもん。
おい、止めろ。あたしの頭に近付けるな。

……ど、どうする気だ? お前まさか、ちょ、待っ
ビシャァアー
ドポッ ドポッ ドポッ

ぶぇぇええ!

ぺっ、ぺっ、な、何すんだぁ……
いよっしゃ! ぶん投げるぞ!
えっ!? ちょ、何すっ
ちゃんと飛び付けよ! おりゃああ!!
わーっ!!
ブゥンッ
出力、一時的に10馬力に引き上げ。引き上げました。

……行きますよ。
おう、さっさと来やがれ。

あたしは逃げも隠れもしねぇ…
べちゃっ
むぐっ!?
うべっ!
ひ、姫様!?
ぴ、ピカールてめぇえ! あたしを投げるなんて……
む、むぐぐ。げーっ!! 離れろ、ばっちい!
ちょ、ちょっとタンマ! 動くのやめて、落ちる!
顔にしがみつくな!

このっ……うわ!?
ひえっ!
ズルッ

ドシン!
ぶぎゃ!
あだっ!
姫様ー! だ、大丈夫ですか!
ジャンヌさんがこけた!
て、「鉄柱剣」がこっちに倒れて……ひぃ!
ズシーン!!
アワワワー!
よし今だ、人がばらけた!

掴まれルイズ!
えっあっ、おう。
ドニエさんも早く!
は、はい!
あっ! てめぇら待て!
逃がすな! 追えーっ!
アワワワー!!
待ちな!
アワワ?
……行かせてやれ。

「あたしを倒せたら行かせてやる」って約束だからな。一本取られたってこったぜ。
それよりお前ら、怪我はないか?
「鉄柱剣」にぶつかった奴はいねぇようです。
す、すみません!!

俺がおかしな瓶を持ち歩いていたばっかりに……。
わっはっは、気にすんな!

あのちびガキ、叩きのめしてはやれなかったが、まあ濡れネズミにはしてやった。あれで勘弁してやろうぜ。
瓶を売ってた奴は後でしめるがな。

さあ、水とタオル持ってきてくんねぇか。ばっちくてかなわんぜ。
はい!
はぁ、はぁ……。どうやら追って来ないようだな。
うぇえ、気持ち悪いよお。風呂入りてえよお。
我慢しなさい。
ピカールてめぇ、どういうつもりだよ? 逃げれたのはいいけど、あたしにぶっかける必要なかったんじゃねえのか?
いや、必要だったよ。そこが「お気持ち」ってやつだな。
あのジャンヌとかいう奴、ファミリーのボスなんだろ。「子分がやられたら、ボスとしてカタキを打つ」ってところを見せなきゃいけないから、つっかかってきたわけだ。

だから、丸く収めるにはお前に何らかドロを付けなきゃ駄目なんだ。そうじゃなきゃ、あのまま逃がしてはくれなかったろうよ。
そ、そーなのか……?

あいつを「倒した」からあたしらの勝ちなのかと思ったけど。
そんなとんちで逃がしてくれるかよ。

仮にジャンヌを気絶させても、周りが収まらんだろう。
逆に、ドロさえ付いてれば、ジャンヌはおれらを見逃すメリットを意識する。リスクのある戦いをあれ以上しないで済むし、「自分でした約束は守る」ってところも見せられるし。

それで、落としどころに乗ってくれたわけだな。
ほえー……。
い、いやっ。

だとしても、なんだか釈然としねぇな。最初に絡んできたのはあっちだろ。
まあ、そうだけど。その辺は土地のルールというか、おれらも分かってるわけじゃないからなぁ……。
すみません、私が考えていたのは相手を倒すことばかり……
いや、ドニエさんがあれだけ強かったから駆け引きが発生したんだ。結果的に無傷で逃げられてよかったよ。
お、川だ。ここで水浴びしていこうや。

ほらルイズ、脱がせてやるから両手上げな。
じ、自分で脱ぐよぉ。
一方、大衆酒場「樽々亭」。
ふーやれやれ。
……さっきのメガネの男、なんて呼ばれてたっけ?
ピカールとか言ってましたね。
ふむ。

あの男、必死な感じでちょっと可愛かったよなあ。
ええ? 召使に戦わせて自分のガキを投げて、だらしねえ奴じゃないですか。
いやいや、結構いかれた奴だと思うよ。頭も回る感じだし。

それにちびガキと「親子」って雰囲気じゃなかったな。何か訳ありだったのかもな。

ウチにも、ああいう奴が一人欲しいなあ。
ふむ……。
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登場人物紹介

マチュラン・ピカール

種族:人間
魔女と人間が争うファンタジー世界で、拷問官としてブラック労働に従事している男。転職したいがそのアテはなく、毎日ルーチンワークで魔女を拷問している。

ルイズ

種族:魔女
強大なる魔女王の60番目の娘。2さい。権力が大好きで、次代の王妃となって世の中をほしいままにすることが夢。そのために婿を必要としている。

シニストラリ

種族:人間

ピカールの同僚の性魔学者。研究以外のことを一切気にしない変人。魔女の結婚式を自らの目で調査することが目標。

アニー・ボゲ

種族:人間
潔癖症の裁判官。みだらなコンテンツを徹底的に嫌い、あらゆる権限を行使して風紀の引き締めをはかる。しかし本人はやや露出狂ぎみ。

ジャンヌダルク

種族:人間
盗賊団の首領。部下にはベタベタに甘いが、収奪をはたらく相手に対しては残虐で血も涙もないハードヤンキー。部下からの人気は高い。

ドニエ

種族:ゴーレム
ルイズの乳母。魔法によって作られた魂なき土人形で、AIに従って冷徹かつ無感情に行動する。……はずである。

マシュー・ホプキンス

種族:人間

「魔女狩り部隊」随一の戦士にしてボゲ判事の部下。常にドクロの戦化粧を施している恐るべき男。

ミセリコルデ

種族:魔女

とくに王族とかではない魔女。亀甲縛り姿で荷馬車に囚われているところをルイズたちに見つかるが……。

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