ジモティーからの誘い

文字数 2,112文字

……首相、そういうわけで「畜産改善局」新設のために2000グルデンの予算を通してもらいたい。
2000グルデン……!? お言葉ですが判事殿、つい先日、あなたの提案に従って1000グルデンを計上したばかりでは……
状況が変わりましたのよ。必要な法案はこちらで成立させるから、予算案の修正と、実施にあたっての「雑用」をお願いしますわ。

帝に話を通しておくとか、そういうのを。
い、いくら何でも性急ではないかと。国民の支持を得るためには、今しばらくの準備期間が……
お黙りなさい。

我々にとって切り札となり得る手がかりが、ついに見えてきたかもしれないのです。表向きは「畜産改善」の名目としますが、魔女の研究には今後ますます費用を注ぎ込まなければなりません。
あんな不浄な生き物について研究するなど、本来なら許されないことですが……。

いえ、最終的に社会を浄くするために必要なことなのですわ。
とはいえ……げ、現在の経済的な局面を鑑みますと……。何卒、時期のご検討のほどを……
あなた、反対ですの?
いえっ!
見過ごせませんわ。首相として、判事である私に反対意見を述べるということでよろしいのですね?
と、とんでもない!
子供たちの未来が、大事ではないのですか!?
私は法院で一定の支持を受け、その意志によって動いています。その私に反対するということは法院を敵に回すも同然。ひいては、国民と人類に対する罪となるのですよ。

あなた一人の主義主張で、みんなの未来への道を邪魔していいと思っているのですか!?
滅相もございません! わたくしは行政府の長として、法院の方針に反対するものでは決してございません。判事殿が法院の意志をとりまとめておられることも、よく存じております。
でしたら、早急に予算を通してください。あなたの代わりなどいくらでもいるのですよ。
はっ。
結構。私は帰りますわ。
おっと、もう一つ。


先日集めていただいた優秀者のうち上位の者たちを法院付きにします。

彼らには、既にいくつかの実験に協力してもらっています。「畜産改善局」が動き出したら、私の部下として連携させたいと思っておりますので。
はっ。手続きを進めさせていただきます。
ではごきげんよう。
……………………。
その頃、ピカールたち一行は廃墟の庭先で宿営していた。
ほい、干し肉とキャベツのスープ。
ん。


ずずー……。

ずずず……。

ずず……。


うん、肉の塩分がスープに溶けて、我ながら程よい味付けだ。キャベツも添えて栄養バランスもいい。


塩漬け肉はこうやって使うんですよ。

そーかよ。
……口に合わなかった?
いや、別に。


ずずー……。

ずずず……。
なんか雰囲気おかしいなあ。


こないだのことまだ根に持ってるのか?

そ、そういうわけじゃねえよー。


別にあんくらい気にせんよ。必要だったんだし。

そう?
(……そう、こいつに王になってもらうためには、能力ある方がいいんだ。必要なことだ)
(ジャンヌとやらに見せた駆け引きの能力、ああいうのは魔女の苦手な分野だ。だからこそ、そういう能力は持っててくれた方がいい。


あたしにはよく分かんねぇ。ジャンヌには了解できるやり取りだったようだが……)

なんかモヤモヤすんだよなあ……。
え?
何でもねえ。
ずずず……。
(……この間は、この男のおかげで姫様を無事に逃がせたけれども。でも、まだ認めるわけにはいかない)
(能力があっても、それだけでは姫様にふさわしくないかも……)
やっぱり雰囲気おかしくない?
まあ、気にすんな。


スープごちそうさま。

もういいのか。


じゃあ、片付けて屋内に入るとするか。

火は消しちゃっていいのか?
ああ。この廃墟もわりとしっかりしてるから、火を囲み続けるより屋内に籠った方が安全だろう。
では、荷物を運び込んでしまいましょう。
おれも運ぶよ。よいしょっと……
うむ、扉の蝶番はちゃんと付いてる。やはりしっかりした廃墟だ。
でも落書きがしてあるな。


……目がギザギザに光った顔の落書き。どっかで見た気がするな?

そりゃウチの紋章だべ。
うわっ!?
お、お前はジャンヌダルク! いつの間に……!?
いつの間にって、最初からここはウチの溜まり場よ。


ここらの廃墟はほとんど、あたしらファミリーの縄張りだ。地元でこの紋章知らない奴はいねえよ。

この光った目の紋章が?
目?
このギザギザのところ。鼻筋の縦線を挟んで、左右に2つ並んでる。
そりゃ目じゃなく、ユリの花だ。前から見たオニユリの花。鼻筋って言ってるのは、真ん中に描かれた剣のことか?
すると、口の位置にある横線は……。
剣のつばだな。中央に剣、左右にオニユリ、そして剣の切っ先にパリピのティアラ。


剣は「絆」、オニユリは「富と誇り」、ティアラは「祭り」を意味する。これをペンキでワイルドに描くのが、あたしらファミリーの紋章だ。

ま、あたしが考えたんだがな。
……てめぇ、またあたしらに難癖付けようってのか?
いやいや、別にそんなつもりはねぇよ。今日は一人だし、たまたま地下室で寝てただけ……
ってのは嘘で、お前たちの移動ルートを追いかけると、今晩はここに泊まるだろうと思ってな。待ってたんだよ。
なんで? おれ達に何か用事でも。
うむ、他でもねえ。


お前たち、あたしらファミリーの仲間にならないか?

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登場人物紹介

マチュラン・ピカール

種族:人間
魔女と人間が争うファンタジー世界で、拷問官としてブラック労働に従事している男。転職したいがそのアテはなく、毎日ルーチンワークで魔女を拷問している。

ルイズ

種族:魔女
強大なる魔女王の60番目の娘。2さい。権力が大好きで、次代の王妃となって世の中をほしいままにすることが夢。そのために婿を必要としている。

シニストラリ

種族:人間

ピカールの同僚の性魔学者。研究以外のことを一切気にしない変人。魔女の結婚式を自らの目で調査することが目標。

アニー・ボゲ

種族:人間
潔癖症の裁判官。みだらなコンテンツを徹底的に嫌い、あらゆる権限を行使して風紀の引き締めをはかる。しかし本人はやや露出狂ぎみ。

ジャンヌダルク

種族:人間
盗賊団の首領。部下にはベタベタに甘いが、収奪をはたらく相手に対しては残虐で血も涙もないハードヤンキー。部下からの人気は高い。

ドニエ

種族:ゴーレム
ルイズの乳母。魔法によって作られた魂なき土人形で、AIに従って冷徹かつ無感情に行動する。……はずである。

マシュー・ホプキンス

種族:人間

「魔女狩り部隊」随一の戦士にしてボゲ判事の部下。常にドクロの戦化粧を施している恐るべき男。

ミセリコルデ

種族:魔女

とくに王族とかではない魔女。亀甲縛り姿で荷馬車に囚われているところをルイズたちに見つかるが……。

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