十八、

文字数 1,181文字

十八、
 廊下にまで滲み出すほどの酒気。机の下には空の酒瓶が何本も転がっている。厳格とまでは言えないまでも、公私の分別に予断のない父が昼間から酒を呷るなど、少なくとも騎士団への復帰以後なかった事態だ。
 それまで胡乱だった彼の視線は、我々の姿を捉えるなり激昂の色を帯びた。やにわに立ち上がって肩を怒らせたかと思うと、今度は急に青くなって椅子へ座り込んだ。見ているだけで気の毒だ。私たちはそっと応接用の椅子へ腰を降ろした。
「いつからだ」
 第一声は質問だった。詰問とも言えた。叱咤や怒声でないだけ心臓には優しいが、やはり我々の罪悪感を刺激するには十分な切れ味を有していた。正式に付き合い始めたのは舞踏会の夜からだと伝えると、父は大きくため息を吐いた。きっと彼はこのような質問を口にしたくはないし、またそれに対する回答も耳にしたくないのだろう。
 次の言葉が紡がれるまで、少し時間がかかった。今度は「何故だ」という、大ざっぱながら非常に核心を突いた質問を投げかけて来た。素直に答えるならば、それは「私が私という人間だから」という禅問答めいた曖昧な答えが適切なように思われた。私が弟を、弟が私を愛してしまったのは、他ならぬ私と弟の生まれ持った性情故である。しかしそんな要領を得ぬ答えを父が望んでいないだろうことは百も承知していた。これは質問の体を成した愚痴に相違なかった。父は大きく嘆息を吐いて頭を掻き毟った。手にした酒瓶を大きく呷り、黙ったぎりでいる我々を睨めつけた。
「まあ今となってはどうだっていい。それよりお前らに伝える事がある」
 ぶっきらぼうにそう言って、一枚の紙を我々に提示した。恭しい物言いの文言が連なる上に、大きく辞令と書かれている。今月中に弟は東方へ離れた教会の方へ出向することになったようだ。元々教師の兄弟姉妹は同じ施設内に置かぬのが通例であるらしいから、これは問題を起こした二人への懲罰というより、これまでの慣例の踏襲という面が大きかった。もっとも、このまま我々二人を一所に置くことへの世間体と危険性を鑑みての配慮であることは疑うべくもなかった。
 我々はそれを聞いて特段驚きはしなかった。概ね妥当であると予期していた。ただやはりこうして実際に処置が下された時に心を刺し穿つような痛みが襲ってくるのはどうにも堪えがたかった。もう愛する人と一緒には居られないのだと思うと、胸が張り裂けそうな思いだった。
 弟が辞令を受け取り、「承りました」と簡便に言って父に頭を下げた。それを見た父は固く拳を握り締め、わなわなと身体を震わせた。すると父は立ち上がって腕を大きく振り上げた。すわ鉄拳かと思い私と弟は身構えた。しかしその拳は威力を発揮することなく、力なく父の脇で垂れ下がった。ため息と共に発せられる弱々しい「下がれ」という声に胸を軋ませながら、我々は部屋を後にした。
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