二十三、

文字数 655文字

二十三、
 気づけば私はあの塔の頂上で風を浴びていた。既に冷え切った体にはどんな寒風も堪えなかった。
 私の居場所はどこにもなくなっていた。友も仕事も戦いも、全てから拒絶された私は真に孤独だった。ただ一人の恋人だけは例外であったが、それも近い内に私から離れていくことを思い出していよいよ私は視界が黒ずむのを感じた。遥か下に見える石畳へ、身を放って投げ出してしまいたかった。
 後ろから階段を駆け上る音がして、弟の姿が見えた。かと思うとそれは縁に佇む私へ駆け寄り、力強く抱きすくめてきた。
「馬鹿なことは止めてくれ、姉さん」
 私は苦笑した。大方塔の頂上で物思いに耽る私を見て、身投げと勘違いしたのだろう。しかしそれもあながち的外れな推理でないから、やはり私のことを良く分かってくれていると嬉しくなった。
「約束してくれ。俺より先に死なないと。早まった真似は決してしないと」
 弟の必死の説得に、私は何も答えられなかった。周囲との関係に馴染めず、また自分を変えられない私はもはや死ぬ以外に方法がないように思われた。弟にだけは嘘偽りを持ちたくない私は、仮初の保証をすることさえできなかった。そうして黙ったままでいる私を、弟はさらに強く抱き締めた。氷のように凍てついた身体が泣きそうな熱で融かされていくのを感じた。
「姉さんが死ぬくらいなら、俺は……」
 弟は私の顔を正面から見据えた。私の好きな弟の瞳。私の好きな弟の目鼻立ち。私にだけ向けられる真摯な双眸に、燃えるような炎が灯っていた。
「姉さんを連れてどこかへ逃げることも厭わない」
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