九、
文字数 782文字
九、
生まれついてより、私と弟は周りの人間に比べて感情の起伏に乏しかった。全く無い、というわけではないが、他よりずっと静かで凪いだ感情の出し方しかしていなかった。双子共々泣きも笑いもしない、感情の欠落した子供だとよく陰口を叩かれた。父もお前らの涙や激情を見ないので親として心配だとよく愚痴を零していた。同様に姉である私も、彼の涙らしい涙を見た記憶は一切なかった。……たった一つの例外を除いて。
あれは二人の体つきがいくらか成長して、戦場に赴き始めた時分の話だ。私たちはまだ経験が浅かったが、父の教育と自分らの才能に慢心していた。敵の不意討ちを受け、私の部隊は壊滅まで追い込まれた。仲間の援護でどうにか単身森の中へ逃げおおせたが、雨の降りしきる数日間を火も焚かず隠れ過ごした私は手酷く衰弱した。やがて食料は尽き、怪我が元で熱を出す。帰り道も見失い、敵の影に怯え通した私はいよいよ死を悟った。冷たい雨に温度を奪いつくされた体が限界を迎え倒れ伏した時、それを抱きとめてくれた暖かみがあった。
弟は哀しいはずの時に哀しそうな表情をすることはあった。しかし涙というものは一滴も流したことはなかった。ただ黙って唇を噛んでいるばかりだった。そしてそれは双子の姉である私も同様だった。弟も私も、およそ人間らしい激しい心の震えといったものとはほとんど無縁だった。
その弟が、泥と血に塗れた私を抱きかかえて泣いていた。私は体を幾度となくうち付けた雨の冷たさを、幾つかだけ零れて来た彼の暖かい涙ですっかり忘れてしまっていた。そうして彼の温もりを心と体で感じた時、私はこれまで抱いたことのない熱が胸に生じたのを知った。気づけば、私も彼と同じように涙を流していた。朝霧で白く染まった森の中に、声を出さないまま泣く二つの影があった。その二つの灰色は互いの思いに染まって薄く色を付け始めていた。
生まれついてより、私と弟は周りの人間に比べて感情の起伏に乏しかった。全く無い、というわけではないが、他よりずっと静かで凪いだ感情の出し方しかしていなかった。双子共々泣きも笑いもしない、感情の欠落した子供だとよく陰口を叩かれた。父もお前らの涙や激情を見ないので親として心配だとよく愚痴を零していた。同様に姉である私も、彼の涙らしい涙を見た記憶は一切なかった。……たった一つの例外を除いて。
あれは二人の体つきがいくらか成長して、戦場に赴き始めた時分の話だ。私たちはまだ経験が浅かったが、父の教育と自分らの才能に慢心していた。敵の不意討ちを受け、私の部隊は壊滅まで追い込まれた。仲間の援護でどうにか単身森の中へ逃げおおせたが、雨の降りしきる数日間を火も焚かず隠れ過ごした私は手酷く衰弱した。やがて食料は尽き、怪我が元で熱を出す。帰り道も見失い、敵の影に怯え通した私はいよいよ死を悟った。冷たい雨に温度を奪いつくされた体が限界を迎え倒れ伏した時、それを抱きとめてくれた暖かみがあった。
弟は哀しいはずの時に哀しそうな表情をすることはあった。しかし涙というものは一滴も流したことはなかった。ただ黙って唇を噛んでいるばかりだった。そしてそれは双子の姉である私も同様だった。弟も私も、およそ人間らしい激しい心の震えといったものとはほとんど無縁だった。
その弟が、泥と血に塗れた私を抱きかかえて泣いていた。私は体を幾度となくうち付けた雨の冷たさを、幾つかだけ零れて来た彼の暖かい涙ですっかり忘れてしまっていた。そうして彼の温もりを心と体で感じた時、私はこれまで抱いたことのない熱が胸に生じたのを知った。気づけば、私も彼と同じように涙を流していた。朝霧で白く染まった森の中に、声を出さないまま泣く二つの影があった。その二つの灰色は互いの思いに染まって薄く色を付け始めていた。