二十一、

文字数 866文字

二十一、
 騎士として戦場に身を駆りだす機会の少なくない貴族諸侯には、ある程度の実戦経験が必要だった。その教員として、傭兵稼業を営んでいた我々一家は殊に重宝されていた。女の身でよくぞ、という評価もあったろうが特に細やかな手練に私は自信を持っていた。戦闘において他の女子が右に出ることはないだろうと自負していた。
 この日一対一の決闘を見せることとなった。私は希望者を募った。以前はそれなりに多かった希望者も、あれ以来少しく減ったように思われる。すると大きく声を張り上げて手を掲げる生徒が現れた。私はそんな気概のある者もまだ居るものだと気を良くして、それを指名した。そしてその選択を大いに後悔することとなった。
 生徒は猫のシルエットを象った真っ黒な髪飾りを身に着けていた。校則では華美な装飾は戒められているが、地味な色合いであれば大抵黙認されていた。彼女もそれを知っているから堂々と髪に挿していた。口紅は薄い目立たぬ色であった。
 剣を持つ手が震えた。いかな巨躯の豪傑であろうと恐れなかった私の心は、鋭い爪を立てられたかのようにきりきりと痛み出した。私は大きく息を吐いて呼吸を整えた。そうして相対した女生徒の目は、夜闇に身を溶かす黒豹の様に暗く深い色を湛えていた。
 動揺の中でも、私の体に染みついた戦いの記憶は毫も衰えなかった。感情に任せて振られる剣筋を捉え、その手元を叩く。あっけなく弾き飛ばされた剣に、女生徒は少なからず狼狽えている様子だった。私は剣を鞘に納めた。ぱらぱらと湧く拍手の中、私は肩を押さえつけていた重石を降ろすように大きく伸びをした。
 そうして首を巡らした時、私の心臓はどきりと跳ねた。観客の中に弟の姿があった。生徒に混じって拍手を送ってくれる姿に、私は大きな満足を覚えた。いつまでもそれと目を合わせて居たかった。しかし目の前にある女生徒との関係を思い出した私は、心臓に冷たいものが流れたのを感じて目線を戻した。その刹那――懐に忍ばせていた短刀を取り出した女生徒が、私の胴元を貫くためにその黒い爪をこちらに差し向けていた。
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