七、

文字数 656文字

七、
「――君には関係のないことだ」
「大いにあります。もしそうならいっそ止めを刺してくれた方が楽ですわ。どうして何も言って下さらないの」
「それがどうしても言えないんだ。悪いが分かってくれ」
 しばらく声が途絶えた。風の音がひとつ、ふたつと鳴る頃に、女生徒らしき若い声が響き渡った。
「納得できません」
 声と共に、石造の壁を靴でにじるような音がした。
「馬鹿な真似はよせ。脅しのつもりなんだろう」
「本気です。もし先生が黙ったぎりでいるなら、私はこのまま飛び降りて死にます。お願いだから言ってくださいまし」
 またも風の音に支配された。階下で息を潜めている私すらその空気に圧されていた。やがて押し殺すような男の声が耳に僅かに届いた。
「……できない。どうしても」
「あなたは目の前で人が死んでも、どうも思わないのですか」
「生憎、俺は人の死には慣れている。腕の中で仲間が息絶えていくのを目の当たりにしたこともある。あるいはこの手で命乞いをする姿を斬り捨てたこともある。だから人の生き死にで俺の心は変わらない。君が死のうと……俺はどうも思わない」
 私はこの時、そこへ割って入りたい気持ちに駆られた。男の性分を知っている私はそれに異議を唱えたかった。しかし臆病な私にはどうしてもそれができなかった。
 やがて「最低です、人として」という女の心底軽蔑したような声が聞こえて、床へ足を付ける音がした。私はすぐさま階を降りて物陰に隠れた。女生徒の履く踵の低い靴が階段を駆け下りる音がしたあとは静かになった。私はそろりと身を出して屋上へ向かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み