二十、

文字数 645文字

二十、
 いかに気が乗らないと言えど、与えられた職務は果たさなければならなかった。そうしている間は弟を忘れられるのではないかと淡い期待を寄せたが、結局それは無理な話であった。私は授業中にも度々手を止めて嘆息を吐きたい気分に駆られた。あるいは無意識の内にそうしていた。事情の知る生徒からは哀れむよりも、侮蔑の眼差しが寄越されているように感じた。私は以前まで持っていたこの仕事への熱を急激に冷ましていった。
 ある時教師で集まって会議を開いた。これから数週間、数か月に渡る教育科目についての予定を立てるのだが、私はそれに関心を抱けずにいた。将来の予定を立てるのに、今月中に居なくなる人間は必要がない。そのために欠員した隣の座席を見て私はひどく哀しくなった。そうして興のない顔でいた私は、突然意見を求められた。話半分で聞いていた私はそれに半端にしか答えられなかった。周囲の責めるような目線が突き刺さる。そうした中、「物憂げにしていられるなんて随分余裕ですこと」とはっきり悪態を吐いたものが居た。それはいつか私と教育方針で衝突した教師であった。私はまたもため息を吐きたくなった。どうにか堪えて「すみません」と謝ると、その教師は「……ついでにあなたも向こうへ送られれば良かったのに」と小さく呟いた。すぐに周りの者が窘めたが、他の教員はおおよそ黙ったぎりでいた。そうして睨め付ける視線は彼女より、私の方へ向けられるものの方が多く感ぜられた。父は何も言わず俯いていた。私は部屋を飛び出して寮に帰りたくなった。
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