十二、
文字数 1,153文字
十二、
「ごめんなさい」
幾度目か分からないその言葉を、私は弟の胸の中で繰り返し呟いた。弟は相も変わらず私の頭を撫で続けている。私の涙で胸元が濡れそぼるのを全く意に介さないようだった。
一般に見れば、私は姉にあるまじき人間であった。弟への過剰な執着と独占を心に根差した私は既に断罪されるべき咎人であった。あの女生徒が実は真に弟を愛していたのを邪魔立てした、身勝手な罪人であった。馬に蹴られ、風に煽られて死ぬべきはずの者だった。
しかしそれをとうに知っているはずの弟は、私を拒絶しようとしなかった。こうして涙共々受け止めて、慰めてくれている。私にはそれが喜ばしく、また同時に生殺しにされているようにも感じた。
「謝ることはないよ、姉さん」
弟の言葉は優しく、しかしどこか悲しげだった。私が泣き腫らした目で弟を見ると、彼も先ほどの涙の跡が拭いきれない顔をこちらへ向けた。
「俺もなんだよ。俺も姉さんに酷いことをしていたんだ」
そう言って弟はある隠し事を私に話してくれた。それは私にとって、極めて大きな衝撃をもって迎えられた。許されざる罪の告解を聞いた時のような、救いがたい罪悪感を胸に感じた。
弟も、私へ宛てられた恋文を秘密裏に始末していたのだという。私への恋文が弟と比べて異様に少ないのも、弟が自分に宛てられたものと偽って処分するなどしていたらしい。そしてそうなったのは突然の衝動ではない、ある一つの切っ掛けが元になっているとも言った。
弟はある男子生徒の名を挙げた。私はその生徒の名に聞き覚えがあった。以前私に何度か食事や街への散歩を誘ってきた御仁である。特段器量が悪いわけでもなく素行も好かったので、私も特段嫌な気分もしなかったのだが、ある時期を境にしてぱったりと会わなくなったのだ。その時は他に女でもできたか、単に私に飽きて魅力を感じなくなったのだろうとばかり思っていた。
聞けば彼は私を攻略するにあたり、まず弟と接触したんだそうだ。豪放で朗らかな性格もあり、一先ず弟と親交を深めるのには成功したようだが、弟の方も彼の目的が明らかになるにつれて心中穏やかでなくなったらしい。ある日弟は男に、真っ向勝負を挑んだ。姉を娶るにふさわしい男かどうか見極めたかったのだろう。彼に覚悟と愛の深さを訪ね、その資格を見定めた。ところが事の顛末は妙な方向へ舵を切り、殴り合いの喧嘩へと発展。男は私への接触を諦め、弟とも半ば絶交に近い措置を取った。
その発端となったものを聞いて、私は後頭部を得物で殴られたような心持ちがした。早鐘のように鳴る心臓と、止めどない汗がより一層私の動揺を増幅せしめた。
弟は先までの哀しげな表情を拭い切れぬままの様子で、私と相対した。薄青い月光が彼の相貌に宿った。
「俺、姉さんのことが……好きなんだ」
「ごめんなさい」
幾度目か分からないその言葉を、私は弟の胸の中で繰り返し呟いた。弟は相も変わらず私の頭を撫で続けている。私の涙で胸元が濡れそぼるのを全く意に介さないようだった。
一般に見れば、私は姉にあるまじき人間であった。弟への過剰な執着と独占を心に根差した私は既に断罪されるべき咎人であった。あの女生徒が実は真に弟を愛していたのを邪魔立てした、身勝手な罪人であった。馬に蹴られ、風に煽られて死ぬべきはずの者だった。
しかしそれをとうに知っているはずの弟は、私を拒絶しようとしなかった。こうして涙共々受け止めて、慰めてくれている。私にはそれが喜ばしく、また同時に生殺しにされているようにも感じた。
「謝ることはないよ、姉さん」
弟の言葉は優しく、しかしどこか悲しげだった。私が泣き腫らした目で弟を見ると、彼も先ほどの涙の跡が拭いきれない顔をこちらへ向けた。
「俺もなんだよ。俺も姉さんに酷いことをしていたんだ」
そう言って弟はある隠し事を私に話してくれた。それは私にとって、極めて大きな衝撃をもって迎えられた。許されざる罪の告解を聞いた時のような、救いがたい罪悪感を胸に感じた。
弟も、私へ宛てられた恋文を秘密裏に始末していたのだという。私への恋文が弟と比べて異様に少ないのも、弟が自分に宛てられたものと偽って処分するなどしていたらしい。そしてそうなったのは突然の衝動ではない、ある一つの切っ掛けが元になっているとも言った。
弟はある男子生徒の名を挙げた。私はその生徒の名に聞き覚えがあった。以前私に何度か食事や街への散歩を誘ってきた御仁である。特段器量が悪いわけでもなく素行も好かったので、私も特段嫌な気分もしなかったのだが、ある時期を境にしてぱったりと会わなくなったのだ。その時は他に女でもできたか、単に私に飽きて魅力を感じなくなったのだろうとばかり思っていた。
聞けば彼は私を攻略するにあたり、まず弟と接触したんだそうだ。豪放で朗らかな性格もあり、一先ず弟と親交を深めるのには成功したようだが、弟の方も彼の目的が明らかになるにつれて心中穏やかでなくなったらしい。ある日弟は男に、真っ向勝負を挑んだ。姉を娶るにふさわしい男かどうか見極めたかったのだろう。彼に覚悟と愛の深さを訪ね、その資格を見定めた。ところが事の顛末は妙な方向へ舵を切り、殴り合いの喧嘩へと発展。男は私への接触を諦め、弟とも半ば絶交に近い措置を取った。
その発端となったものを聞いて、私は後頭部を得物で殴られたような心持ちがした。早鐘のように鳴る心臓と、止めどない汗がより一層私の動揺を増幅せしめた。
弟は先までの哀しげな表情を拭い切れぬままの様子で、私と相対した。薄青い月光が彼の相貌に宿った。
「俺、姉さんのことが……好きなんだ」