三、

文字数 566文字

三、
 スキットルを傾ける。空になって水滴しか垂らさくなったそれを睨み、放り投げた。新しく汲みに行くことも頭をよぎったが、結局さっき注いだ酒を飲むことにした。水で潤っていた喉が焼け付くように一気に熱を帯びる。やがて微睡むようなじんわりした温度が体の奥から湧いて出て来た。それはアルコールから来るものばかりでないように思えた。
 野菜は好きじゃない。子供の頃から、どうしてあんな青臭いのを喰おうと思えるか不思議だった。それだからよく妻に小言を言われた。父親がそうだと子供に顔向けができないじゃありませんかと叱られたが、肉を喰おうとしない母さんも似たようなものじゃないかと言うと反論しなくなった。そうして二人で笑いあった。
 まあ、たまには養生のために喰うのも悪くないだろう。特に今日は随分飲んだからな。医者も青野菜を取れとうるさいから、その鼻を明かしてやれたら気分が良さそうだ。
 白い紙を机に出して、酒を舐めながらそれを眺めた。頭は冴えているのにどうしてか何も思いつかない。蝋燭の炎が揺らめく中、長い間そうして椅子に座っていた。やがて酒瓶も空き、とうとう目の前の事に集中するしかなくなった。俺は頭を掻いて、深いため息を吐いた。
「まったく、昔から文章を書くのは得意じゃねえんだ」
 誰にともつかない愚痴を零しながら、インク壺にペンを挿し込んだ。
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