十五、

文字数 660文字

十五、
 塔を出た二人はまるで素知らぬ他人のように黙ったぎりでいた。互いの顔を見るのが気恥ずかしくて、明後日の方向へと顔を向けたまま歩いた。やがてそんな初々しい空気に堪えられず、私は不意に弟の腕を抱き寄せてみた。固唾を飲む音が間近で聞こえ、全身の硬直が直に伝わる。女性という存在に免疫がほとんどないから、たとい姉であれ固まってしまうのだろう。そういった初心な反応もまた私の愛情を深める一因となった。
 弟に話しかけてみると普段からは想像もつかぬ程しどろもどろになるものだから、私はおかしくってつい笑ってしまった。「そこまで緊張することないじゃない、姉弟なんだから」と揶揄うと、「もう違うようなものじゃないか」と言われた。
 弟からすれば、やはり恋人として私と居たいのだろう。しかしそれではなんだか少し寂しいような気もした。私は女としてだけより、一人の人間として、たった一人の姉としても弟を愛したかった。これまでの姉弟のままで恋人になれたら、それは随分素敵なことじゃないか。人間として、姉弟として、そして恋人としても愛し合えればそれが最上じゃないか、と私は心の内を正直に弟へ打ち明けた。
 弟は少し驚いた風な顔を見せ、やがて心得顔で微笑んだ。私はそんな彼の顔を見て、声を上げて笑った。これほど心から清々しい笑いが出たのはいつ振りだろう。いや、おそらく一度だってないだろう。私はようやく自分の幸せを見つけたのだ。誰にも渡せぬ、誰にも明かせぬ仄暗い幸せ。人気と星のない夜空の下、この喜びを決して離すまいと、弟の腕を一層強く抱き締めた。
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