十四、
文字数 954文字
十四、
私はようやく、自分の感情と行動に一つの確信を抱いた。いつからだろうか。きっとずっとそうなのだろう。私は弟が好きだった。ただいつもそれを胸に抱えていて、いつも彼と一緒に居たからそれが恋慕であると気づかなかったのだろう。
弟の固い表情が僅かに綻ぶたび、私にだけ明かす心の内を聞くたび、彼の誰よりも深い優しさと愛情に遭遇するたび、それを誰にも明け渡してなるものかと強い独占の心を抱いていた。私はその感情を見て見ぬ振りをして、ただの姉馬鹿と決め込んで、溢れだす嫉妬を噛み殺していた。いつかは弟も私でない誰かと結ばれて、その傍らに私でない誰かを抱いて笑うのだろう。私も弟でない誰かと共に時を過ごし、弟でない誰かの子を産み育てるのだろう。それは当然のことだと、当たり前のことだと――そうあるべきなのだと、諦めていた。
けれども二人は自分を偽れなかった。私は女生徒の恋文を破いたその時から、弟は男子生徒と殴り合って絶交したその日から、己の半身と結ばれる未来という虚像を心に焼き付けてしまった。
女神の塔に誘われた弟が女生徒を振ったのは他でもない、私の存在があったからだ。姉に恋をした弟は他の女と愛を契ることができなかったのだ。それを理解した時、私は全身に伝わってくる暖かさがとても愛おしく、そして堪らなく哀しくなった。
「姉さん」
震える声でそう言った弟は再び私の瞳を覗き込んだ。その中に映る私もやはり震えていた。
「この塔の伝説を覚えているよな」
女神の塔の伝説……。この日、この場所で、男女が願いをかければ、天上の女神様に届いて必ずやそれを叶えさせてくれる。――それがどれだけ儚く、淡い想いだとしても。そんなものはただの絵空事だと知りながら、それに縋りたくなるほどに二人が胸に抱く慕情はか細かった。それを縒り合わせる苦悩と愛に憔悴しきっていた。二人は天から垂れる蜘蛛の糸にひしめく亡者のように、その願いへ思いの丈を預けた。
私は弟の手を取って握り、指を絡ませた。彼の銀色に輝く虹彩が、私のそれと互いに映しあった。今この瞬間だけは、二人は一つになっていた。
「女神様、どうか……」
「この手が一生、離れませんように」
絡み合った指から、そっと優しい温もりが伝った。昏い月明かりに見下ろされながら、二人は静かに唇を重ねた。
私はようやく、自分の感情と行動に一つの確信を抱いた。いつからだろうか。きっとずっとそうなのだろう。私は弟が好きだった。ただいつもそれを胸に抱えていて、いつも彼と一緒に居たからそれが恋慕であると気づかなかったのだろう。
弟の固い表情が僅かに綻ぶたび、私にだけ明かす心の内を聞くたび、彼の誰よりも深い優しさと愛情に遭遇するたび、それを誰にも明け渡してなるものかと強い独占の心を抱いていた。私はその感情を見て見ぬ振りをして、ただの姉馬鹿と決め込んで、溢れだす嫉妬を噛み殺していた。いつかは弟も私でない誰かと結ばれて、その傍らに私でない誰かを抱いて笑うのだろう。私も弟でない誰かと共に時を過ごし、弟でない誰かの子を産み育てるのだろう。それは当然のことだと、当たり前のことだと――そうあるべきなのだと、諦めていた。
けれども二人は自分を偽れなかった。私は女生徒の恋文を破いたその時から、弟は男子生徒と殴り合って絶交したその日から、己の半身と結ばれる未来という虚像を心に焼き付けてしまった。
女神の塔に誘われた弟が女生徒を振ったのは他でもない、私の存在があったからだ。姉に恋をした弟は他の女と愛を契ることができなかったのだ。それを理解した時、私は全身に伝わってくる暖かさがとても愛おしく、そして堪らなく哀しくなった。
「姉さん」
震える声でそう言った弟は再び私の瞳を覗き込んだ。その中に映る私もやはり震えていた。
「この塔の伝説を覚えているよな」
女神の塔の伝説……。この日、この場所で、男女が願いをかければ、天上の女神様に届いて必ずやそれを叶えさせてくれる。――それがどれだけ儚く、淡い想いだとしても。そんなものはただの絵空事だと知りながら、それに縋りたくなるほどに二人が胸に抱く慕情はか細かった。それを縒り合わせる苦悩と愛に憔悴しきっていた。二人は天から垂れる蜘蛛の糸にひしめく亡者のように、その願いへ思いの丈を預けた。
私は弟の手を取って握り、指を絡ませた。彼の銀色に輝く虹彩が、私のそれと互いに映しあった。今この瞬間だけは、二人は一つになっていた。
「女神様、どうか……」
「この手が一生、離れませんように」
絡み合った指から、そっと優しい温もりが伝った。昏い月明かりに見下ろされながら、二人は静かに唇を重ねた。