第25話
文字数 2,165文字
第4章 手術(その4)
志津江と話した結果、その日は沙理奈が山室の実家に行って家事をすることになった。
実家のある駅で降りた沙理奈は、キャリーバッグを転がし、あずさの手を引いて15分の道のりをゆっくりと歩きはじめた。
あずさが沙理奈を見上げて言った。
「ねえ、ママ。おばあちゃんはママとあずさのことを嫌いなのかな?」
「どうしてそんなふうに思うの?」
「だって、ママとあずさを見るときは怒ったような顔をしているし、あずさとも全然お話しないし……」
沙理奈は足を止めて、あずさの顔をのぞき込んだ。
「……、あのね、誰でもみんなと仲良くしたいと思ってるの。あずさもそうでしょう?」
「うん……」
「でもね、誰でも、『仲良くできないなあ』と思っちゃうときがあるんだよ。きっとおばあちゃんもそうなんだよ」
「ふーん」
あずさはちょっと考え込んでいたが、顔をあげて言った。
「あずさ、おばあちゃんに『仲良くしたい』と思ってもらいたいなあ……」
「ママもそう思ってるよ。だから、おばあちゃんが喜ぶことを一生懸命しようと思ってるんだよ」
「だったら、あずさもおばあちゃんが喜ぶことを一生懸命する」
母娘は笑顔で見つめあうと、元気よく歩きだした。
やがて山室の実家が見えてきた。沙理奈はみかげ石の門をくぐると、開けっ放しの玄関のところで声をかけた。
「ごめんください……。竹井ですが……」
茶の間に置かれたソファーからハナが身体を起こした。
「あんたたち、来てくれたのかい」
ハナは満面に笑みを浮かべた。
「はい。お義父 さんが良くなるまでこちらにやっかいになります」
玄関先で答えた沙理奈に向かって、ハナはさかんに手招きをした。
「そんなところにいないで早く上がりな」
沙理奈とあずさが茶の間に入ると、ハナはにこにこしながら二人を見つめた。
「あんたたちが来てくれて、あたしはうれしいよ……。あんたたちはほんとに可愛いもんなあ……。それで孝太郎はどんな様子だった?」
「痛みはないとおっしゃっていました。でも疲れているみたいで、すぐに目を閉じて眠ってしまいました」
ハナは、うん、うんとうなずきながら聞いていたが、話が終わると明るく言った。
「そうかい……。でもあたしが丈夫な体に産んだんだから必ず良くなるよ」
沙理奈も大きくうなずいたあと、「これから晩ごはんの支度をしますので、台所に入ります」と言って、台所に向かった。
志津江が病院泊まりのため、その日の夜は沙理奈、あずさ、ハナの三人の晩ごはんとなった。
出し巻き玉子に肉じゃが、豆腐の味噌汁、ご飯という献立だったが、ハナは、「あんたは若いのに料理が上手だな。味付けがとてもいいよ」と言って、出されたものをきれいに食べてくれた。
この日から、沙理奈の病院通いと家事の日々が始まった。
病院当番の日は、朝の5時に起きて朝ごはんの支度をした。
そして食事を終えると、自転車で駅に向かい、7時半の電車に乗った。病院に着くと、洗濯物を抱えて近くのコインランドリーに向かった。
1週間が過ぎると、病院での泊りも不要になって、沙理奈も志津江も家に帰れるようになった。
四人で一緒に朝ごはんを食べているときだった。志津江が唐突に言った。
「今日はわたしが駅まで車で送って行くから」
「……、ありがとうございます……」
突然のことに沙理奈はそう言うのがやっとだった。
5分足らずのドライブの間、沙理奈と志津江は会話を交わすことはなかったが、駅に着いたときに志津江が言った。
「帰りは5時に迎えに来るから」
「ありがとうございます」
沙理奈は思わず笑顔になった。
その朝、病院に向かう沙理奈は幸せだった。
笑顔で病室に入ってくる沙理奈を見て、孝太郎が思わず声をかけた。
「沙理奈、何かよいことがあったのか?」
沙理奈は満面の笑顔で孝太郎に報告した。
「今朝はお義母 さんに駅まで車で送ってもらったんです。そしてお義母 さんは、帰りも迎えに来るからと言ってくださったんです」
「そうか……。志津江がそんなことをしてくれたのか……。そうか……」
孝太郎は満足そうに何度もうなずいた。
その日は日曜日で、お昼前に美穂が顔を出した。
「先日はどうもありがとうございました」
礼を言う沙理奈に向かって、美穂は丁寧に頭をさげた。
「竹井さんにお父さんやおばあちゃんの面倒を見てもらってるんだもの、あたしの方がお礼を言わなくちゃならないわ」
あいさつが済んだあと、席をはずそうとした沙理奈に美穂が言った。
「ここにいて。お父さんの好物ののり巻きをつくってきたの。あなたの分もつくってきたのよ。一緒に食べましょうよ。わたし、ポットにお湯を入れてくるからね」
美穂が部屋を出ていったあと、孝太郎が笑いを噛み殺しながら言った。
「あいつ、お前が料理が上手なことを志津江から聞いたんだよ。それでわざわざのり巻きなんかつくってきたんだ。今まで一度だってそんなことはなかったんだよ」
そのあと沙理奈の顔を見ながら続けた。
「でも、あいつはさっぱりしていて裏表のない奴だから、つき合いやすいと思うんだよ。これから先、仲良くやっていってもらえればありがたいんだけどな……」
「お義父 さん、それはわたしからお願いしたいことです」
沙理奈がそう言ったとき、美穂がバタバタと部屋に戻ってくる足音が聞こえた。
志津江と話した結果、その日は沙理奈が山室の実家に行って家事をすることになった。
実家のある駅で降りた沙理奈は、キャリーバッグを転がし、あずさの手を引いて15分の道のりをゆっくりと歩きはじめた。
あずさが沙理奈を見上げて言った。
「ねえ、ママ。おばあちゃんはママとあずさのことを嫌いなのかな?」
「どうしてそんなふうに思うの?」
「だって、ママとあずさを見るときは怒ったような顔をしているし、あずさとも全然お話しないし……」
沙理奈は足を止めて、あずさの顔をのぞき込んだ。
「……、あのね、誰でもみんなと仲良くしたいと思ってるの。あずさもそうでしょう?」
「うん……」
「でもね、誰でも、『仲良くできないなあ』と思っちゃうときがあるんだよ。きっとおばあちゃんもそうなんだよ」
「ふーん」
あずさはちょっと考え込んでいたが、顔をあげて言った。
「あずさ、おばあちゃんに『仲良くしたい』と思ってもらいたいなあ……」
「ママもそう思ってるよ。だから、おばあちゃんが喜ぶことを一生懸命しようと思ってるんだよ」
「だったら、あずさもおばあちゃんが喜ぶことを一生懸命する」
母娘は笑顔で見つめあうと、元気よく歩きだした。
やがて山室の実家が見えてきた。沙理奈はみかげ石の門をくぐると、開けっ放しの玄関のところで声をかけた。
「ごめんください……。竹井ですが……」
茶の間に置かれたソファーからハナが身体を起こした。
「あんたたち、来てくれたのかい」
ハナは満面に笑みを浮かべた。
「はい。お
玄関先で答えた沙理奈に向かって、ハナはさかんに手招きをした。
「そんなところにいないで早く上がりな」
沙理奈とあずさが茶の間に入ると、ハナはにこにこしながら二人を見つめた。
「あんたたちが来てくれて、あたしはうれしいよ……。あんたたちはほんとに可愛いもんなあ……。それで孝太郎はどんな様子だった?」
「痛みはないとおっしゃっていました。でも疲れているみたいで、すぐに目を閉じて眠ってしまいました」
ハナは、うん、うんとうなずきながら聞いていたが、話が終わると明るく言った。
「そうかい……。でもあたしが丈夫な体に産んだんだから必ず良くなるよ」
沙理奈も大きくうなずいたあと、「これから晩ごはんの支度をしますので、台所に入ります」と言って、台所に向かった。
志津江が病院泊まりのため、その日の夜は沙理奈、あずさ、ハナの三人の晩ごはんとなった。
出し巻き玉子に肉じゃが、豆腐の味噌汁、ご飯という献立だったが、ハナは、「あんたは若いのに料理が上手だな。味付けがとてもいいよ」と言って、出されたものをきれいに食べてくれた。
この日から、沙理奈の病院通いと家事の日々が始まった。
病院当番の日は、朝の5時に起きて朝ごはんの支度をした。
そして食事を終えると、自転車で駅に向かい、7時半の電車に乗った。病院に着くと、洗濯物を抱えて近くのコインランドリーに向かった。
1週間が過ぎると、病院での泊りも不要になって、沙理奈も志津江も家に帰れるようになった。
四人で一緒に朝ごはんを食べているときだった。志津江が唐突に言った。
「今日はわたしが駅まで車で送って行くから」
「……、ありがとうございます……」
突然のことに沙理奈はそう言うのがやっとだった。
5分足らずのドライブの間、沙理奈と志津江は会話を交わすことはなかったが、駅に着いたときに志津江が言った。
「帰りは5時に迎えに来るから」
「ありがとうございます」
沙理奈は思わず笑顔になった。
その朝、病院に向かう沙理奈は幸せだった。
笑顔で病室に入ってくる沙理奈を見て、孝太郎が思わず声をかけた。
「沙理奈、何かよいことがあったのか?」
沙理奈は満面の笑顔で孝太郎に報告した。
「今朝はお
「そうか……。志津江がそんなことをしてくれたのか……。そうか……」
孝太郎は満足そうに何度もうなずいた。
その日は日曜日で、お昼前に美穂が顔を出した。
「先日はどうもありがとうございました」
礼を言う沙理奈に向かって、美穂は丁寧に頭をさげた。
「竹井さんにお父さんやおばあちゃんの面倒を見てもらってるんだもの、あたしの方がお礼を言わなくちゃならないわ」
あいさつが済んだあと、席をはずそうとした沙理奈に美穂が言った。
「ここにいて。お父さんの好物ののり巻きをつくってきたの。あなたの分もつくってきたのよ。一緒に食べましょうよ。わたし、ポットにお湯を入れてくるからね」
美穂が部屋を出ていったあと、孝太郎が笑いを噛み殺しながら言った。
「あいつ、お前が料理が上手なことを志津江から聞いたんだよ。それでわざわざのり巻きなんかつくってきたんだ。今まで一度だってそんなことはなかったんだよ」
そのあと沙理奈の顔を見ながら続けた。
「でも、あいつはさっぱりしていて裏表のない奴だから、つき合いやすいと思うんだよ。これから先、仲良くやっていってもらえればありがたいんだけどな……」
「お
沙理奈がそう言ったとき、美穂がバタバタと部屋に戻ってくる足音が聞こえた。